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 社交界に顔を出した事に関して、ダーリーンは水を得た魚のように口を出してきた。


(日頃付き合いの大切さを説いて好き勝手しているのはどこの誰よ)


 とは思っても口に出さない。

 ダーリーンの中ではダーリーンとヘクターの行う事だけが価値があり、イヴェットの行う事には塵一つ程の価値もないと思っているのだ。

 最初は意味が分からず馬鹿正直に説明を求めたりしていたのだが、論理破綻を指摘されてもダーリーンの中では「正しい」事だった。

 だから理屈で説明できないダーリーンは最終的にイヴェットの人格批判や容姿非難を行う。


 今まで聞いた事もないような言葉に枕を濡らした。

 意味のない言葉だとは分かってはいても、傷ついてしまうのだ。

 本当は否定したいのに、言われた言葉に対して知らず心がその通りだと同調してしまう。

 

 自分が馬鹿だから言われても仕方がない。

 自分が不器量だからヘクターも家庭を省みない。

 

 それらの言葉を拒絶しようとすると「ではなぜこんな状況にいるのか」と疲れ果ててしまう。

 だから、おそらく防衛反応なのだろうとイヴェットはぼんやり考えていた。

 人は殴られた時に背を丸め頭を守る。

 それと同じように、自分を守るために罵倒を受け入れてしまっている。


(だったら最初からなるべく言わせないようにするしかないのだけれど)


 ダーリーンに反抗しなければしないでより下に見てくるようで、讒謗は日ごとにひどくなっていった。


(どうしたらいいのかしら)


 ヘクターは相変わらずだった。

 イヴェットがダーリーンになじられていても、君は妻なのだから我慢するべきだと言っていた時はまだ良い方で最近は無視してお茶を呑気に飲んでいる。

 母親がヒンズリー達のような良くない界隈ともつるんで相変わらず乱痴気騒ぎをしているのが、息子として気にならないのだろうか。

 

 使用人たちも働きづらそうだった。

 ダーリーンのせいで仕事が増え、環境も悪化しているのだから当然だ。

 彼らを守れるのは自分だけだというのに何もできない自分が情けなかった。


(お父様……)

 

 イヴェットは父が使っていた部屋で一人泣く事が多くなった。

 父が生きていた頃は常に暖かく本の香りがした部屋だったが、今や冷たい空気と少し埃の匂いがする部屋である。

 それでも目を閉じれば思い出がイヴェットを慰めた。


(あの頃に戻りたい。結婚する前に)


 その為には離婚しかないが、神への誓いを取り消すのは難しい事だ。

 特に発言権がない女性では証拠があったとしても力が弱く、もし離縁に失敗したらどうなるのか、考えるだけで足がすくむ。


 不貞の証拠自体は集めるまでもなく手に入ったが、教会も神査官は男性であり、同性の不義に関しては判断が甘くなりがちだという。

 ヘクターの不義を知った時は正直離婚するかどうか悩んでいた。

 イヴェット自身も社会的な傷物になり無傷ではいられないからだ。

 しかしもうそんな事は言っていられない。


(何かもっと強力なカードが必要なんだわ)


 泣いている場合ではないとイヴェットは心を奮い立たせ涙をぬぐった。

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