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「改めてご結婚おめでとうございます。急に決まったお話だったらしいので、あなたを慕っていた男がみな残念がっていたのを覚えています」
「あらお上手ですわねフランシス様。私の事もイヴェットと呼んでください」
フランシスの言うような男性の存在など、存在するはずもないとイヴェットは思った。
社交の場にはほとんど出ていないし、たまに出席した時も壁の花だったのだ。
(なんとなくだけれど、この人がパーティーから逃げてきた理由が分かった気がするわ)
「それにしても、あなたのような方でもこんな所にいらっしゃるとは不思議な心地です。今夜の花がいなければ皆さん残念がるでしょう」
「……っ」
耐え切れず少しだけ笑ってしまった。
「イヴェット様?」
「ごめんなさい。無礼を働いてしまいました。許して頂けるかしら」
「それはもちろん。しかしどうされたのです」
「あなたがあまりにも社交的だからですわ。その調子で皆様に気を遣われているのではないでしょうか。それはとても素晴らしいことですが、今日は若い方が中心に集まっていますもの。女性から熱心に迫られてここへいらしたのではなくて?」
「……参ったな。初対面でそれを当てられたのはあなたが初めてですよ」
「たまには逃げても良いと私は思いますよ。そうでなければ心が削れて無くなってしまいますから。……逃げる事すら気取られてはいけない立場というのは辛いものですわね」
イヴェット自身が常々思っている事だった。彼に共感し、知らず本音をこぼしてしまった。
その時雲間から月が完全に顔を出し、フランシスの容貌が確認できた。
(あら。これはまた)
そこにいたのは整った美丈夫であった。
年の頃はイヴェットよりも年上だろうか。
困ったように笑っているのが愛嬌を感じさせた。
紺碧の深い青の瞳が長い睫毛に縁どられている。
右目の涙ほくろもあり色っぽい雰囲気もあるのだが、さらりとした短い黒髪が良い感じに爽やかになっていた。
清潔感のある白いシャツはそれだけで宝石にも勝る麗しさを演出しているかのようだ。
騎士というだけあって鍛えられているであろう適度に厚みのある身体にコートが良く似合っていた。
フランシスは隙の無い美形であった。
そしてコルボーン家の三男であり近衛騎士。
先ほどの話会話となれば。
(人気にもなるでしょうねえ……)
フランシスの方も月明りでイヴェットの顔を確認したのか、しばしお互い無言でじっと見つめあってしまった。
そして同時はっと我に返る。
「失礼。あまりにも美しく天の遣いと会話をしていたのかと思ってしまいました」
イヴェットはまた耐え切れなくなってしまった。
「ぐふっ。……いえ、こちらこそ不躾でしたわ。それと、ふふっ、私にはそのような麗句は必要ありませんわ。ごめんなさい、私も言われ慣れてなくて、くすぐったくて笑ってしまうの」
「言われ慣れていないのはご冗談でしょう」
そして同時笑いだしてしまった。
「普段はこんな事ないのに、つられて笑ってしまいましたよ。本心でしたが、どうも友人の影響を受けて気を持たせるような意味合いになってるのかもしれない」
「まあ、ご友人に。その方もきっと人気なのでしょうね」
「確かにそうですね。自分の事となると分かりませんでしたが、友を想像してみるとなるほど反省すべき点もあると思いました」
「反省なんて。ご令嬢方は喜んでいると思いますよ」
「あなたは? 」
「私は結婚していますもの。それに、ふふっ、やっぱり慣れませんわ」
フランシスは結婚を迫る女性たちから逃げてきた為なのか、既婚者であるイヴェットに気を許しているように思えた。
イヴェットも久しぶりに気の置けない会話を楽しんだ。
ここから見える植物の名前をいくつ言えるか、これから流行りそうな商品や国内の魔獣の出現率など、子供のような会話も混じっていたが社交界でよくある貴族のプライベート以外の話を思い切り出来たのは良い息抜きだった。




