012 魂を焼く思い出(※)
【!】リベリオスの過去回想です。残酷描写があります。苦手な方はあとがきまでだだーっとスクロールしてください。あとがきに要約を入れています。(※)
本日朝晩二話更新となります。夕方~夜にもう一話投稿いたしますので、どうぞよろしくお願いします。
メルルとファリーダが呑気なやり取りをしている間、リベリオスは向かいに座る彼女に気付いたきっかけを思い出していた。
無理矢理引っ張り出す類の思い出ではない。
ふとした時に自然に浮かんできて、そのたびに胸がいっぱいになり、涙が出そうになる思い出だ。
五年前、リベリオスが十五歳の頃。
学園に入学した当時、彼には明確な目標があった。
同年代の魔力の強い高位貴族や奇跡のような魔力を持った平民と共に、魔王討伐に向けて訓練を積むという目標だ。
そもそも、これは国の中枢が立てた計画でもある。
国の意向として決定されたものであると同時に、その計画の中で重要なのは身分ではなく自分の能力だけ、という感覚がリベリオスに強く刺さった。
今までの生活で平民と貴族の違いを肌で感じ、多少の反発を覚え始めた思春期の少年にとって、やりがいのある計画であり任務だった。人類の目標でもある、魔王を倒す、というのもいい。
そして、それを成し遂げられるという自負もあった。
メンバーはレイラード、ロゼリア、リベリオスに加え、現在近衛騎士で王の護衛についているザック、宮廷魔導士として公務の護衛につくヘラルド。
あとは、高い魔力を持ちこの計画のために隣国から身分を隠して留学してきていた王子フィネガン。
さらに、平民ながら奇跡のような魔力を発現させた少女、リリー。
これだけの人数、歴代でも魔力が高く属性への適応が高く、さらにはリリーには特殊な『星属性』という特性まであった。
全員が15歳から16歳で意思疎通や連携のしやすさもあり、パーティーとしての訓練を充分に積んで魔王討伐に……、というシナリオは自然と出来上がった。
いっそ、何かの思し召しかと思う程だ。
まずは一年、基礎的な戦闘訓練や野外実習を行い実力を高める。レベル測定の魔法や魔導具を使い、目に見える形で実力が上がっていくのを実感した。
ある程度のレベルになり、魔物とも戦い慣れた十六歳になったばかりの頃。
このころのパーティーの平均レベルは40。
魔王領との境にあるダンジョンで野外実習をすることになった。安全の担保された狩場では、そろそろ伸び悩んできていたこともある。
いずれは魔王領の最深部まで向かうのだ。これまでの訓練の成果も悪くない。
一年の準備も彼らを支えていた。しっかりと装備を整えた上で、彼らはダンジョンに挑んだ。
――そこで、全滅した。
落とし穴の罠にはまり、想定していなかった深い場所まで運ばれたのだ。
最初に落ちたのはリリーで、分断よりは良いと全員が同じ落とし穴に自ら落ちた。
落下中に転移させられ、気付けば最下層に近い場所にいた。
そこで遭遇した魔物の強さは想定以上で、リベリオスたちの攻撃も通らない。
目指していたニ十階層の主部屋にいるはずのミノタウロスがその辺をうろうろしている。
身の丈三メートルを超える、牛頭の魔物だ。巨大な斧を武器として使うが、体当たりや魔法も駆使してくる。
これまで積み上げてきたものがなにも通用しない。
気付いた時には、目の前に地獄があった。
リリーの脚が形を保っていない。意識は無いように見える。
ザックの身体の下に赤黒い染みが広がっている。それが血液だと気付いた時、背筋が凍った。
その近くにいるフィネガンは、傷が無い場所を探す方が大変な有様だ。
レイラードは壁にぶつかってから動かなくなった。遠くて、呼吸をしているかも分からない。
ロゼリアは気を失っている。顔半分に涙の痕があり、もう半分は遠くからでも火傷していると分かった。火傷というよりも、もはや焼けただれて、と言った方がいいだろう。
同じく後方にいたヘラルドは、レイラードと反対側の壁の近くで倒れている。壁に何かが……それがヘラルドだったと認識はしても認めたくなかったが……ぶつかってできた、大きな亀裂の跡がある。ミノタウロスに吹き飛ばされたのだ。
最後方で魔法攻撃と支援を担っていたリベリオスは、魔力切れで動けない。
意識はあるのに動けず、地に伏している。いっそ意識も失うか、自分も重症であれば「助けられない」ことに絶望せずに済んだだろう。
なんとか首を動かして状況を把握したが、その状況を作ったミノタウロスが、武器を構えて佇んでいる。
(あ……)
――ここで終わる。
これからも、魔王領からの侵攻は続く。
期待を受けて、その期待に応えられると自負していただけに、自分たちの実力がこんなにも届かないことがより絶望の色を濃くした。
(くそっ……! くそ、くそくそくそ! こんなところで、死ぬわけには……!)
自分の心を自分でいくら叱り飛ばしても、汚い言葉で何もかもを呪っても、指先一つ動かせない。
そのくせ、目だけは状況を追えてしまう。
ミノタウロスが、一番近くにいたリリーに向かって戦斧を振り下ろす。その動きがはっきり、鮮明に見えてしまい。
「や、め……っ」
やめろ、と叫びたかった。叫んだところでどうにもならないと分かっていても、全身から言葉が溢れた。なのに、口からは弱々しい掠れた声が洩れただけだ。
リベリオスの目の前で凶刃がリリーに届くと思った、その時である。
絶望で一層暗いダンジョンの中に、光が割り込んできたのは。
「……!」
リリーを庇うように身体を滑り込ませ、魔物の刃を受けたのは眩く輝く炎をまとった剣。
剣だけではない。その剣を構えた人そのものが、緑と金の混ざった色の炎を身にまとっている。
「間に合ったぁ、みんな生きてる……よしよし、命があればOK、回復できる!」
『全力でいくー?』
「もちろん、ここで死なせるわけにはいかないからね」
なにか奇跡が、現われたのだ。
最初に思ったのは、誰?
そして何故? どうやって? 何をしに? 助かる?
疑問は文章の形を成さず、単語の形をかろうじて保っただけのもの。
「ファルちゃん、お願いね」
『まっかせてー!』
彼女の声と、それに応える別の何かの声。
周囲に緑色の宝石が次々と現われ、宝石は彼女の意のままに動き、敵へ向かう間に炎となった。
ミノタウロスの分厚い皮膚を焼き、焼けた場所を彼女の剣が切り裂く。抵抗して斧を振るミノタウロスを誘導し、離れた場所まで連れて行く。
眩い金と緑を溶かした光がリベリオスの目の中に舞った。
その美しい炎は彼女の髪だ。燃える炎が、彼女の髪を覆っている。
手には剣を握り、装いはよく見えない。全身が炎を纏っていて、炎は衣服や鎧のように彼女を彩っている。
(綺麗だ……)
見入っていたリベリオスの鼓膜を、ミノタウロスの威嚇の咆哮が叩く。
根源的な恐怖を呼び起こす声だが、緑の炎を纏った彼女は一切気にしていないようだった。
堂々とリベリオスたちとミノタウロスの間に立ち、剣を構えている。
「よくも私のベルを……大事な人達をこんな目に……許さん」
『やっちゃえメルルー! 近くにおっきいの二体、もう少し遠くに群れてる五体、いるからね!』
「了解」
リベリオスが意識を保っていられたのはそこまでだった。奇跡の彼女が自分の愛称を呼んだ気がしたが、こんな知り合いがいたら忘れられるはずがない。そんなことを思いながら意識を手放した。
彼女は眩い炎と剣で敵を打ち払ったあと、リベリオス達をどうやってか回復させ、近くに必要な回復薬などを置いていったようだった。
しかも、その後の帰り道では魔物と遭遇することがなかった。罠には分かりやすい目印(石やインクで)つけられており、避けるのも容易だ。
何かの声が行っていた「メルル」という名前。
それが同じクラスの『魔力無し』の女性だと気付いたのはすぐ後だ。
(なつかしいな……、今でも、鮮明に覚えている。心を焼く思い出だ)
馬車の中に意識を戻したリベリオスは、意識を目の前のメルルへと移す。
今は野暮ったいドレスを身にまとい、何事か考えているのか目を軽く伏せて姿勢よく座っている。
学園で姿を目で追うようになってから気付いた。
彼女は卑屈にならない。いつだって凛としていた。
あの日、ダンジョンで助けられたことはレイラードにだけ詳細を話した。
当時のあの記憶は全員に苦い思い出となり、その分必死さが増した。必死になればなるほど、魔物を倒すことが安易になっていった。
その傍ら、メルルのことをレイラードに毎日のように話した。
レイラード曰く「おまえ、それは恋だよ」らしい。
言われてリベリオスは、その言葉が腑に落ちた。
瞼に焼き付いた美しい奇跡。炎を纏っていなくとも、凛と立つ女性。
彼女を支えているものは何だろうか。その一つに、自分もなれないだろうか。
まずは魔王を討伐することに専念し、それを成した。誇らしさは無かったが、成せた、という達成感と安堵、そしてあの奇跡への一層の感謝と焦がれが募った。
想いを告げる間もなく、国の中枢が腐っていてどうにもならない事に気付いた。
せめてなんとかできるだけの地盤を整えるまではと、彼女に想いを伝えるのを延期した。
そしてようやくだ。
ようやく、彼女に想いを伝えた。
そして成ったのだ。婚約が。
(ただ、その……婚約者として巻き込むならば、ある程度事情も話しておかねばならない……彼女が有能なのは本当だし……だからつい、口から部下などと出てしまった)
部下として、というのは半分本気、半分照れ隠しである。
それでも深く反省している。今現状、人手の足りなさでもう三日眠れていない。
社交の場に付き添ってくれるとか、あまりリベリオスが得意ではない人の心に入り込むだとか、そういったことを少し手伝って貰えれば……大いに助かるのも事実。
その分、全霊をかけて愛を捧げ、大事にする。
もう逃がす気はない。
あの日、リベリオスの魂を捕えた彼女を、どこにも、誰にも渡すつもりはない。
(……私の言い方が悪かったせいで、契約ということを念押しされたが……、いずれ分かってくれるだろう)
まずは明日、自分の屋敷へと招くのだ。
今庭に咲いている、一番綺麗な花だけを寄せた花束を持って迎えに行こう。
きっと彼女には、どんな花であろうと似合うだろうから。
ブクマや星、リアクションで応援してくださると大変嬉しいです!
【この回の要約】
リベリオスは魔王討伐に向けて仲間たちとレベル上げ中、うっかりヤバい敵に遭遇してパーティーは全滅!
かろうじて意識があったリベリオスの前に、不思議な炎を纏ったメルルが現れ、ファリーダと共に一行を救う。
それ以来、リベリオスはメルルのことが気になって仕方なくなり、友人レイラードから「それは恋だ」と指摘されてようやく自覚。
政治的な問題をなんとか片付け、満を持してメルルに告白!
言い方はちょっとまずかったかもしれないけど……。
まぁいいか。
これから溺愛して分かってもらえばいいし、もう逃がす気もないからね!
という内容です。




