第二章 仮誓約の弊害 ③国王の思惑(グウェン視点)
引き続きグウェン視点です。
◆グウェン視点◆
ジェイシスに知恵を借り、なんとか持ち直したジェラルドが仕分け終えた書類に目を通していると、不可思議な書類が目についた。
「これは……本当に私の仕事か?」
書類を見るなり、思わず疑問の声を上げてしまう。
明らかに公爵や王弟の仕事ではない、国政に関する書類が多い。
それも国家予算の最終可決書など、国王陛下の持つ国璽が必要な重要書類まである。
そんな中、ジェラルドは国璽が必要な書類のみ分けていた。
最初は間違って入ったのだろうと分けたようだが、仕分け終えてみると間違いの量では無いと気づき、一番手前に置いて、私の判断を仰いだようだ。
「すみません。あまりの量でしたので、ご判断頂こうと思い……」
「監査役のサイが居ないから、陛下も羽を伸ばそうとされてるんですかねぇ〜」
申し訳なさそうなジェラルドとは反対に、ジェイシスはなぜか楽しそうだ。
「とりあえず、陛下に謁見を。すぐに取り付けてくれ」
「承知しました」
一礼してジェラルドが部屋を出ようとした、その時だった。
扉からコンコンと少しゆったり目なノック音がした。
「殿下、失礼いたします」
その声と共に、陛下の侍従長が姿を見せた。
「侍従長……兄上、いや、陛下に何かあったのか?」
部屋の中に妙な緊張感が走る。
「いえ。何があったという訳ではないのですが、陛下がお呼びです。謁見室までいらしていただけますでしょうか?」
「あ、ああ。ちょうど陛下にお会いしたいと思っていたところだ」
「そうでしたか。では、ご一緒に。筆頭宮廷魔導士殿にもお越しいただけますでしょうか」
急に呼ばれたジェイシスが、不思議そうに侍従長を見る。
「俺も?」
「はい。お呼びですので」
「嫌な予感しかしないなあ……」
こうして、渋るジェイシスを伴い、私は謁見室へと向かった。
◇
謁見室に入ると、なぜか陛下が中央の玉座にいない。
思わずジェイシスと二人で辺りを見回す。
すると、玉座の数段下にある王族用の椅子に座り、隣に座る王妃とチェスに勤しむ陛下の姿があった。
声をかけようとした矢先、チェス盤から顔を上げ、私を見つけた陛下が満面の笑みを浮かべながらこちらに向かって手を振る。
「おお〜来たか来たか。待っていたぞ」
「……陛下! 何を遊んでいるんです! いえ、それよりお呼び出しとは何事でしょうか。それはもしかして、私の書類の中に、陛下の仕事が大量に紛れていたことと何か関係が……?」
楽しそうにチェスをしている陛下を前に、思わず小言が先に出てしまう。
――そんな遊んでいる暇があるのなら、あの山積みの書類を私に回す必要などないではないか……!
「あ、ああ。あの書類か。そ、そうだな。関係があるといえば、関係ある」
不機嫌そうな私に、少し引き気味になりながらも陛下が答える。
「関係がある……? それは一体どういうことでしょうか?」
「実はな……これをお前に渡したいと思ってなあ……」
陛下がそう告げると、さきほどの侍従長が何やら丁重な面持ちで、台座に載った手のひらサイズくらいの宝石箱のようなものを持ってくる。
そして、それを私の前にゆっくりと置いた。
「これは……」
「国璽だ」
陛下がそう言った瞬間、侍従長がベルベットでできた宝石箱を慎重な面持ちで開ける。
中には金で作られているのか、煌びやかな装飾が施された国璽がキラキラと輝いていた。
「は!?」
思わず場所も忘れて、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「これを渡したいって、何言ってるんですか!?」
「ああ、だから、国王の位をグウェン、お前に譲りたいと思ってね」
「いやいやいやいやいや、何無茶苦茶なことをおっしゃってるんですか!」
「だってもう、番いを得て獣人として覚醒までしたお前のほうが、私よりも他国に影響があるし、お前が国王になったほうが国民も喜ぶと思うんだよ」
さも嬉しそうに「な、ほら、良い提案だろ?」と告げる陛下に、私は頭を抱える。
――兄上は一体何を考えているんだ。頭が痛い……。
「いえ。私は国王になる気などさらさらありません。国王は兄上です」
真剣に私がそう告げると、陛下は表情を変え、兄としての顔になり、私の側まで下りてくると、ゆっくりと私の手を取った。
慌てる私を尻目に、兄上はそのまま優しい表情で語り始める。
「グウェン。私は元々、お前が獣人で生まれてきた段階で、お前が国王になるべきだと常々思ってきた。けれど、お前が二十代までしか生きられないと言われ、ならば自由に生きさせてやりたいと玉座に就いた」
「兄上……」
「だが、もうお前は番いを得て、獣人として天寿を全うすることができる。であれば、私が玉座に居る必要はない。どちらが王になるほうが国にとって幸いか、お前ならわかるだろう?」
確かに、私が国王になるほうが、他国とのやり取りはやりやすいかもしれない。
それに国民にとっても強い国王のほうが安心できるだろう。
けれど……国王はそれだけではないのだ。
「……私は、国王になれる器ではありません」
「そんなことは……」
「確かに私は、獣人で、兄上よりも強い。他国への牽制にもなるでしょう」
否定しようとする兄上の言葉を遮るように、私は言葉を続ける。
「だろう? ではなぜ……」
何も問題ないではないかと不思議そうな兄上。
けれど、私は一番大事なことを伝えなければいけない。
「国王とは、国のことを第一に考えられる人でなければなりません。私にはそれが無理なのです。私にとって何よりも最優先すべきは『番い』。国よりも『番い』を大事に思ってしまう私ではダメなのです」
「……なるほど。だが、私にだって家族は居る。妻はもちろん、お前も大事な家族だ。そういうものとは違うのかい?」
「獣人にとって『番い』は、何ものにも代えがたい存在なのです。家族以上の、自分以上の存在なのです。ですから、国を一番に思っている兄上が国王であるべきなのです」
「そうか……う~ん……」
私の言葉に兄上はガックリと肩を落とし何か考え事をしながら、トボトボと元居た席へ戻っていった。
その時だった。
兄上が席に着くかどうかの間際に、チカチカと私の目の前が光り出す。
その光がどんどん強くなり、大きく光る魔法陣が目の前に展開された。
全員の視線が一斉に魔法陣に向かう。
「この魔法陣は……!」
ジェイシスと私が同時にそう反応した時だった。
目の前に、ネグリジェ姿のキリアがぐったりとした様子で突然現れる。
「キリア!!!!」
私は思わず手を伸ばし、キリアを腕の中へと引き寄せ、抱きかかえる。
顔面蒼白な彼女は、苦しそうに唸りながらもゆっくりと目を開けようとするが、なかなか焦点が合わない。
どうやらかなり鬼気迫った状態のようだ。
――キリアに一体何があったのだ!?
だが、今はそんなことを考えている余裕はない。
一刻も早く、キリアの状態を回復させなければ。
「兄上、緊急事態ですので、下がらせていただいてもよろしいでしょうか」
様子を見守っていた兄上も、ハッとした表情になる。
「もちろんだ」
「では、失礼いたします」
そうして私は、キリアを抱えたまま、王宮内の自室へと駆け込んだ。
お読みいただきありがとうございます。
一気にグウェン視点をお届けしました。
次からはキリア視点に戻ります。
次回もお楽しみいただけますと幸いです。
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