変わりゆく君《後編》(ジェラルド視点)
後編です。
よろしくお願いいたします。
――あの日も王宮内でグウェン殿下と共に仕事をしていた。
朝から慌ただしく、少し遅めの休憩を取ることになり、俺たちは食事をしに二人で部屋を出た。
廊下を歩きながら、午後の予定を話していた時だった。
「この香りは……まさか……!」
唐突にそう発すると、殿下は急に歩みを速め、どこかへと消えていってしまった。
それからしばらくして戻ってきた殿下は……驚くほどに浮かれていた。
急にニヤニヤしたり、机をバンバン叩いたり、明らかに異常で、ちょっとこいつ大丈夫か? と正直思った。
その時の俺は、殿下が居ないと言われたはずの番いに出会っているとは思いもせず……。
ただ、変になってしまった殿下を心配していた。
その後、国王陛下に謁見を申し込んだ殿下は、陛下の侍従に連れられて出て行った。
一刻ほどして陛下の私室から戻ってきた殿下のテンションは、おかしいなんて生半可な言葉では言い表せないものだった。
「ジェラルド! 私に女性の口説き方を教えてくれないか!」
部屋に戻ってきて早々、殿下は俺の肩をがっしり掴んで、問い詰めるように訊いてきた。
その勢いと普段殿下からは絶対に聞かない『女性の口説き方』という単語に、驚きのあまり一瞬呆然としてしまう。
「……は? 殿下大丈夫です? どっかで頭でも打ちました?」
「何の話だ。私は至って正常だ。兄上にも色々教わったのだが、兄上の話はなんだか私には当てはまらない気がして……」
――この殿下は何を言っているんだ……?
正直頭がついていかない。
いや違うな、ついていきたくない。なんだか嫌な予感がする……。
殿下がチラチラこちらを見ながら話をするので、本当は聞きたくないけれど、聞くしか選択肢がない。
「えっと、あんまり聞きたくはないんですけど、一体陛下から何を伺ったんです?」
「だから、女性の口説き方だ。兄上の場合、自分が好かれていることが大前提だから、私にはどうも当てはまらないと思うんだ。その点ジェラルド、お前は経験豊富だろ?」
至極真面目にそう言いながら、期待に満ちた瞳でこちらを見る。
「いやいやいやいや! いきなりどうしたんです!? 女性の口説き方って……殿下、今まで女性になんてまったく興味なかったじゃないですか!?」
俺がそう問いかけると、今まで見たこともないような嬉しそうな表情をして遠くを見つめる。
そして、まるで宝物を見つけたようにうっとりとした表情で、番いであるキリア・アーヴァイン嬢との出会いを熱く語り始めた。
「ジェラルドと廊下を歩いていた時に甘い香りに惹かれて、その先に向かわなければいけない衝動に駆られたんだ……」
「甘い香り? 俺は全く感じませんでしたけど……」
「それはそうだ。獣人とその番のみが感じる発情香だからな」
「発情香……ですか」
「ああ。まあ、そんなことはどうでもいい!」
いや、俺の中ではどうでもよくないんだが……。もうこの人、聞いちゃいないな。
「とにかく、渡り廊下の先に居たんだ! 私の運命が! 夢にまで見た私の番いが……!」
「は!? 番い? どういうことだ!? いやでも、グウェンの番いはこの世には居ないはずじゃ……」
驚きのあまり思わず友としての自分が顔を出す。
恍惚とした表情で語る彼に、半信半疑でツッコミを入れるものの、彼の様子は明らかにそれが事実なのだと訴えかけている。
「キリア・アーヴァイン嬢……私は彼女に出会うために生まれてきたんだ……」
「しかもよりによって、アーヴァインの妖精姫!?」
「妖精姫? そーいえば、兄上もそのようなことを言っていたな。だがその名の通り、実に美しく儚げな令嬢だった……ああ、早くまた会いたい……」
まさかグウェンの番いが、あのアーヴァイン公爵家の至宝、キリア嬢だとは……厄介な未来しか想像できない。
それにしても、キリア嬢を思い返しているのか、蒸気した頬とうっとりとした瞳で空を見つめる彼はなんとも艶かしい。
二十年近く側にいるが、まさかこんなグウェンを見られる日が来るとは思わなかった。
「それで口説き方というのは……」
「ああ、そうだった。ジェラルド、私に好きな女性を口説く方法を教えて欲しい! 女性に事欠かないお前なら、兄上の話よりは参考になると思うんだが、どうだろう? 友として教えてはくれないか?」
女性に事欠かない……実際にそうではあるが、改ってそう言われると、なんだか嫌な言葉に聞こえてならない。
「グウェン……いやまあ、間違ってはいないが……」
「では、問題ないな。教えてくれ!」
たじろぐ俺に向かって、グウェンは真剣な眼差しを向ける。
その目がより一層俺の心を躊躇わせる。
「あ、いやそれが……」
「どうした? なぜそんなに勿体ぶるんだ?」
「いや、勿体ぶっている訳ではなくて……その、残念ながら、俺は本命をちゃんと口説いたことがなくてだな……」
「それはどういう意味だ?」
「俺、女の子と遊ぶことはあっても、本命の前だと何でか上手くいかなくて……」
殿下の呆れた視線が突き刺さる。
「いやだって、変なことをして嫌われたくないじゃないか……」
「いや、お前……遊んでる時点で嫌われるかもと、なぜ思わないんだ?」
「へ?」
キョトンとする俺を見て、グウェンはため息を吐きながら俺の肩に手を置いた。
どうやら同情されてしまったらしい。
「ちなみに婚約者にはどう接しているのだ? その辺りを詳しく教えろ。たぶんそれが正しい気がする」
野生の本能か何かなのか、グウェンはそう言って満足げに微笑むと、俺と婚約者との馴れ初めや贈り物の話、挙句は婚約お披露目の舞踏会の話などをなかなかの圧でもって訊き始めた。
十五歳の頃に婚約してからかれこれ十年。
俺はどれだけ忙しい時も毎日彼女に手紙と一輪の花を送り続けている。
他にも毎年の誕生日や新年などイベント事の贈り物は欠かしたことがない。
そんな話を聞いたグウェンは、ふと不思議そうに俺を見て質問を投げた。
「十年も婚約していて、なぜまだ結婚していないのだ?」
当然の質問だろう。けれど、この理由を彼に伝えるわけにはいかない。
二十代で早逝すると言われたグウェンに寄り添うためなのだから……。
「彼女とは歳が七つ離れているし、今は魔法学院に通っているんだ」
「なるほど。あちらは寮生活というわけか……」
彼女が魔法学校へ進学した理由は俺が結婚を先延ばしにしたからだ。
けれど、彼女はこの理由を理解してくれている。
会いたいとは思っているものの、三年前彼女が寮生活になってからより会えなくなった。
その気持ちを誤魔化すように、誘われるままに遊ぶようになっていた。
俺の話を一通り訊いて満足したのか、「助かった。もう帰って良いぞ」と笑顔で手を振られ、部屋を追い出された。
ひたすら恥ずかしい時間を過ごした俺は、帰りながらグウェンの言葉を思い出す。
――遊んでる時点で嫌われるかもとなぜ思わないんだ?
確かにその通りだ。
待たせているのは俺なのに、この三年、浮気を問い詰められたり、怒られたことは一度もない。
もしかしたらもう愛想を尽かされているかもしれない。
そう考えただけで胸が苦しくなる。
俺もグウェンを見習ってもう少し素直になった方がいいのかもしれないな……。
それから三日後、グウェン殿下はキメキメの正装でアーヴァイン公爵邸へと出掛けて行った。
出掛ける前は、緊張し過ぎて心臓が飛び出しそうだとか、キリア嬢に嫌われたらどうしようとか、散々面倒なことを繰り返し、大騒ぎしていたのだが。
どうやら上手くいったようで、無理矢理呼び戻されたにもかかわらず、今まで見たことがないような穏やかな笑顔で「幸せだ」と語っていた。
その話を聞いて思わず友として、目頭が熱くなった。
俺は果たして少しは役に立てたのだろうか……。
グウェン殿下がキリア嬢に毎日一輪の花と手紙を贈ったという話を俺が聞くのは、まだもう少し先の話である――。
お読みいただきありがとうございます。
最初からジェラルド視点は書きたいと思っていたのですが、ようやく書けました。
ジェイシス視点のお話もなるべく早めに書き上げたいと思っております。
本編完結後、多くのいいねや☆評価をいただき、本当にありがとうございます!
ブックマークもありがとうございます!
期待にお応えすべく、ジェイシス視点の執筆頑張ります!
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。




