151 レオンさんとロイ君
私がすでに犬型獣人に名前を知られているとわかったのは、どこの家の料理を食べにお邪魔しても愛想よく迎え入れられたからだ。
「魔法使い様のお口に合いますかどうか。隠れ家の評判は知っていましたが、なかなかお店に行く勇気が出ずにいました。ですがこうしてお顔を拝見しましたので、近いうちにお邪魔いたします」
「どうぞ私のことはマイと呼んでください。丁寧な話し方もしないでくださいね。お店に来てくださる日を楽しみにしています」
「こんなにお若い方とは思いませんでした。ささ、うちは豚の骨付き肉を焼いてきました。妻の自慢料理です」
スペアリブが箱にみっちり詰められている。照り照りのスペアリブはオレンジの香りがして、濃厚なのに後味がさっぱりしている。
「美味しいですねえ! 今度私もお店で真似してもいいですか?」
「どうぞどうぞ。ちょっとお待ちください。マイさんに材料を書いてお渡ししますね」
「おい! こちらは料理の専門家だぞ? 材料なんて書かなくても」
「あら、メモがあった方が親切よ。あんたは料理しないからわからないのよ」
スピッツそっくりだったご夫婦が言い合っているけど、私はありがたくメモを頂いた。
「メニューに載せるときはお名前を付けて書きますね。ええと……」
「妻はローナ・ディラックと申します。私はテッド・ディラックです」
「ではメニューにはローナさんの骨付き豚肉煮込み、と書きますね」
「まっ!」
ローナさんが両手の指先を口に当てて赤くなった。ご夫婦ともに嬉しそう。頂いたレシピに名前をつけるのは、いい考えじゃない? そう思って立ち上がったところで、「マイさん!」と声を掛けられた。ハウラーこども園の職員、ケヴィン君だ。ケヴィン君はさっき、グレートデンにそっくりな犬になっていた。絹のような光沢があるこげ茶色のグレートデンで、とてもかっこよかったっけ。人間の時も大柄だけど、犬の時も大きくて目立っていた。
ケヴィン君のご両親らしい二人が、私を見てにこにこしている。
「こんにちは。マイ・ハウラーです。ケヴィン君にはお世話になっています」
「とんでもない! うちのほうこそです。息子が無職になるところだったのを救っていただいて、感謝しております」
そう返してくれたお母さんは白黒まだらの白が多めのグレートデンで、お父さんは黒が多めのまだらだった。
「お給料がいい上にお貴族様の経営する仕事場だなんて、本当にありがたいです。ねっ? ケヴィン」
「お母さん、もうその辺にして。僕はもう子供じゃないんだから」
するとお父さんが母と息子の会話に参加した。
「何を言っている。お前はまだ社会人としては子犬みたいなもんだ。マイさん、私からもお礼を言わせてください。うちの息子は優しいんですが、体ばかり大きくて少々気が弱いんです。なので子供が相手の仕事と聞いて、実はほっとしています。どうぞケヴィンをよろしくお願いします」
「父さん、もうやめてよ」
ケヴィン君は落ち着いた若者だけど、ご両親にしたら今もよちよち歩きの子犬みたいに思えるんだね。愛されてるねえ、ケヴィン君。こういう親子のやり取りを聞くの、大好きだわ。ケヴィン君は愛情がどんなものかたっぷり浴びて育って知っているから、子供たちにも優しいのかもね。
ほっこりした気持ちでケヴィン君一家の敷物から立ち上がり、次の参加者のところへ移ろうと歩き出した時だ。
「ハウラー夫人、少しお話をよろしいでしょうか」
灰色のゆるいウエーブのある髪を伸ばして真ん中分けにした男性が近づいてきた。この人はアフガンハウンドだった人だ! わぁ、犬の時も貴族っぽくて美しかったけど、人間の姿でもめっちゃ優雅で素敵だ。年齢は四十少し手前くらいか。ざっくりした丸首のニットを着ている。
「はじめまして。私はレオンといいます。絵描きです。ケヴィンから聞いたのですが、あなたが『ハウラーこども園』の経営者だそうですね」
「はい、そうです」
「うちには息子が一人いるんですが、ハウラーこども園に通わせることはできますか?」
「ええ、もちろんです」
笑顔で答えると、レオンさんが「ちょっとこちらへ」と言う。広場の端っこに青い敷物が敷かれていて、茶色の髪をマッシュルームカットにしたソフィアちゃんと同じ歳くらいの男の子が座っていた。目がクリクリしていて、これはまた可愛い子だ。私は敷物の手前でしゃがんで「こんにちは。マイと言います。坊やのお名前は?」と聞いた。
「ボク、ロイ。四歳!」
四歳と言いながら指を二本出している。レオンさんが「まだ指を四本立てるのが難しいらしくて」と笑いながら教えてくれた。くう。それもまた可愛いじゃないか!
「四歳になってから目が離せなくて、絵を描くことに集中できないんです。それで、こども園に預けたいのですが、大丈夫でしょうか」
「ええ、大丈夫ですよ。今、子供園には四歳の女の子が二人いますが、二人とも気立てのいい優しい子なのでご安心ください」
できるだけ早くロイ君を預けたいということなので、こども園まで来てもらって詳しい説明をすることにした。私たちが話をしている間、ロイ君にはこども園で遊んでもらえばいい。こども園の場所は知っているというので、あちらに集合の約束をしてレオンさん親子と別れた。
犬型獣人の集会が終わり、帰りもヴィクトルさんちの荷馬車に乗せてもらった。ソフィアちゃんはずっと文句を言っていた。
「フィーちゃんもウオーンしたかった!」
「それはダメっていっただろう?」
「とうたんウオーンしてた!」
「父さんは大人だからな。ソフィアも大きくなったら犬の姿で遠吠えしていいぞ」
「いつ?」
食い気味に質問されて、ディオンさんが答えに詰まっている。カリーンさんがすかさず「十二歳になったら犬に変身していいわよ」と救いの手を差し伸べたが、「それ、あした?」と聞かれて苦笑している。ソフィアちゃんは可愛いなあ。
途中で荷馬車から降り、家に着いた。今日はヘンリーさんが留守番しつつ新居にいた。
「ただいま帰りました」
「おかえりなさい、マイさん。楽しかったようですね」
「ええ、いろんなワンコを見られて楽しかったです! 持ち寄りの食べ物も、どれも美味しかったの!」
「それはよかった」
そう言いながらヘンリーさんが私を抱きしめてクンクンしている。
「知らない匂いがいっぱいする」
「うん。いろんなお宅の敷物に座って、いろんな犬種の方々とおしゃべりしてきたの。もうすぐ犬型獣人のお父さんと息子さんがここに来るわ。こども園に息子さんを預けたいんだって」
「そうなんだ? 楽しみだな」
ほどなくして、レオンさんとロイ君が小柄な馬に乗ってこども園に来た。施設を案内する前に、ロイ君が滑り台とジャングルジムを見て駆けていく。レオンさんは「ロイ!」と言ってロイ君に走り寄り、なにか話している。
「ヘンリーさん、ロイ君はこども園を気に入ったみたいね」
「うん……。それよりマイさん、あの子、一般人ですよね?」
「え?」
「サンドル君やキアーラさんを毎日見ているうちに、俺も獣人かそうでないかがなんとなくわかるようになったんですよ。あの子は一般人だと思う」
慌てて感知魔法を放った。レオンさんは青く光ってるけど、ロイ君は白く光っている。しかも、キンッ! と魔力が鋭くね返ってくるじゃないか!
ロイ君は一般人で魔力持ちだ。それもかなりの高魔力保有者だ。なんで人間の子供が犬型獣人に育てられてるんだろう。
私たちのほうにレオンさんが歩いてくる。ロイ君がそれに気づいて「おとうさん!」と駆け寄ってきた。






