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王都の行き止まりカフェ『隠れ家』~うっかり魔法使いになった私の店に筆頭文官様がくつろぎに来ます~【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨
第三章 伝説の魔法使い

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107 おばあちゃんとの会話とカルロッタさんの手紙

 興奮して「やっと話ができる」と喜んでいたおばあちゃんが、戸惑った声を出した。

 

『マイ、ご老人がお仏壇の前で椅子に座っているのだけど、この方はもしかして』

「あっ! 何を出すのか決める前に伝文魔法を使っちゃった! それは多分グリド先生です」

『グリドさん? そこにいらっしゃるの? リヨルです! 生きていらしたのね!』

「生きていたとも。リヨル、サラもここにいるぞ」

「リヨル! 私よ! サラよ! 私もいるわ!」


 そこからサラさんは泣いてしまったけれど、涙を拭き拭き「桃を見ると、毎年リヨルを思い出すのよ」と言う。それを聞いておばあちゃんが涙声になった。


「サラさんがこっそり食べさせてくれた桃の味は、今でも忘れられません。苦しいだけの子供時代でしたが、桃は数少ない楽しい思い出です」


 そう言えばおばあちゃんは桃が大好きだった。桃を見れば必ず一個か二個買って、私と半分こして大切そうに食べていた。あの桃に、そんな思い出があったんだ……。


 グリド先生が泣いているサラさんの手を握りながら話を進めた。おばあちゃんは「私はこちらでとても幸せな人生を生きてきた」と何度も繰り返している。それを聞いて、グリド先生とサラさんが互いに手を握ってうなずいている。二人ともすごく泣いている。


「昨日、手紙を見つけたんだ。リヨルが消えてから付け足した壁の間に、三枚とも閉じ込められていたよ。元気なんだろう? 長生きしてよかったよ。こうして君の無事を知れたこと、心から神に感謝しているよ。マイは素晴らしい魔法使いに成長しているぞ。安心してくれ」

『私は元気ですよ。マイがグリドさんのお世話になるなんてねえ。なんて不思議なご縁でしょうか。グリドさん、マイは優しくてよく働く、真面目な子です。私の自慢の孫です』


 それを聞いたら、おばあちゃんと二人で生きてきた十五年間のことがブワァッと思い出されて、今度は私が口をへの字にして泣いてしまった。ヘンリーさんが私の背中をさすってくれている。


「リヨル、実験に失敗してすまなかった。許してくれとは言わない。ただひたすら心から謝罪する」

『いいえ。変換魔法を放っている最中に、私は魔法のない世界に生まれたかったと願いました。おそらく私の願いの強さが、魔法に影響を与えたのです。グリドさんのせいじゃありません』


 そこからしばらく、先生とサラさんとおばあちゃんの会話が続いたけれど、途中で先生がヘンリーさんを見た。 


「リヨル、マイの婚約者もここにいるんだ」

『あら!』

「リヨさん、初めまして。ヘンリー・ハウラーと申します。いつもマイさんからリヨさんの話を聞いています」

『初めまして、ヘンリーさん。マイは情の深い誠実な子です。きっとヘンリーさんを大切にします。どうぞマイをよろしくお願いします』


 私も涙を拭って会話に参加した。みんなでどれだけ会話したろうか。

 おばあちゃんが『マイ、今日はここまでにしようね。マイの魔力が底をつかないか心配だよ。次を楽しみにしているよ』と言う。


「わかった。今日はこれで終わりにするね。次はヘンリーさんの姿を見せるね。私のドレス姿も見せたい。おばあちゃん、声を聞けて話ができて、最高に嬉しかった!」

『私もだよ。マイ、生きていることを楽しんでね』

「うん。そうする。おばあちゃん、体に気をつけてね」


 幸福感と寂しさの両方を抱えて『隠れ家』に帰った。

 それからは頻繁におばあちゃんと会話をするようになった。もう二度と会えない、声も聞けないと思っていたから、(こんな贅沢ができるなんて)と思う幸せな日々を過ごした。


 

 穏やかな日々が二ヶ月ほど過ぎただろうか。ランチを食べに来たヘンリーさんがなにか言いたそうな顔をしている。


「なにかありましたか?」

「母の居場所がわかりました」

「もう?」

「ええ。あちらに赴任している文官に手紙で『知り合いがカルロッタという名の猫型獣人を探している。十四歳のときの失敗を謝りたいと言っている』と依頼していたのです。彼は忙しい身なので、現地の人に捜してもらいました。母はアルセテウス王国の王都に住んでいました」

「それで?」

「文官からの報告書では、母は子連れの男性と暮らしていました。同じ猫型獣人だそうです。『二人の子供に懐かれて、幸せそうに暮らしていると報告を受けた』と書いてありました」

「カルロッタさんが再婚……。息子としては複雑ですか?」


 ヘンリーさんが苦笑して首を振った。


「まさか。思春期の少年じゃないんですから。母が幸せなら俺は満足です。実は、母からの手紙も受け取っているんです。マイさんも読んでいいですよ」

 

 差し出された封筒を開けると一枚の手紙。そこには『私を捜している人に伝えてほしい。十四歳の時のことは、全く恨んでいません。あなたの幸せを願っています。もうあのことは気にしないでください。私たちは互いに子供だっただけです』と書いてあった。

 

「これって……」


 バーバラ様は往復二ヶ月の船旅をしてでも謝りたいのだろうが、手紙から伝わってくるのは、カルロッタさんが再会を望んでいないことだ。

 

「俺から夫人にこの手紙を届けます」

「うん。私も同行します」

 

 翌日、二人でバーバラ様に会いに行った。

 ヘンリーさんが手紙を渡すと、それを読んだバーバラ様は目を伏せて黙り込んだ。私は形ばかりの慰めを言いたくないから黙っていた。ヘンリーさんも同じ気持ちらしい。

 二人で黙って返事を待っていると、バーバラ様はようやく「そうよね……」と言った。


「私ね、あなたたちに頼んでから、ずっと考えていたの。許すか許さないかは、カルロッタが決めること。私がはるばる船旅をして謝罪に行けば、カルロッタは言葉の上では許すしかなくなってしまう。そんなことは私の本意じゃないと気づいたの」

 

 バーバラ様が気弱そうな笑みを浮かべている。


「彼女の中に私と連絡を取りたいという気持ちが生まれれば、いつか手紙がくるかもしれない。来ないかもしれない。私は許しを待つことも含めて謝罪だと思ったの。ヘンリーとあちらの文官さんには手間をかけさせたのに申し訳ないけど、あの国まで出かけるのはやめます」


 私たちは「わかりました」とだけ告げてリッチモンド伯爵家を後にした。

 カルロッタさんがバーバラ様の少女時代の失敗をどう思っているのか、私にはわからない。ただ、カルロッタさんのご両親はいきなり解雇され、その日から苦労をしたのは間違いない。その苦労は、経験していない私やバーバラ様にはわからない。


 ヘンリーさんが黙りこくっている私の顔を覗き込んだ。


「母のことであなたが悩まなくていいんですよ?」

「カルロッタさんの今の気持ちが少しだけわかるんです。昔ね、両親が事故で亡くなったときに、私は加害者に会う気になれなかった。おばあちゃんは会って謝罪を聞いていたけれど、私は絶対に会いたくないと言って加害者に会わなかったの」

「そう……」

「常連のお客さんがそれを知って、『相手だって事故を起こしてやろうと思ってやったんじゃない。相手を許してあげることでマイちゃんとリヨさんは前を向いて生きられるんだよ』みたいなことを言ったの。その頃はまだ子供だったから反論する言葉を持っていなかったけど、一人になってから頭が爆発するかと思うほど腹を立てたんですよ。私が癇癪を起すのは珍しかったから、おばあちゃんが慌てていました」


 続きを言い淀んでいると、ヘンリーさんが黙って待ってくれる。


「今ならちゃんと説明できるんです。両親を失った私が加害者を許して受け入れるかどうかは、私が時間をかけて本音と向き合って決めることなのに、無関係な他人が口を出したことへの怒りでした」


 ヘンリーさんが心配そうな顔で私を見ている。私は話を続けた。

 

「カルロッタさんのご両親は突然解雇され、お屋敷を追い出されてさぞかし苦労したでしょう。カルロッタさんは自分が獣人の姿を見せたこと、すごく悔やんだと思います。そんなカルロッタさんが本音を隠して、『もう怒っていませんよ』と社交辞令を言う必要はないし、バーバラ様もそう思ったんじゃないかな。バーバラ様とは三回しか会ったことないけど、そんな気がします」


 カルロッタさんとバーバラ様の心の痛みを、時間が癒してくれることを願う。私にできるのはそれだけ。

 ヘンリーさんが妙に優しい表情で私を見ている。


「母が幸せだと知って、俺はとても満たされています。母にはこの先ずっと幸せでいてほしい。それだけです」

「私も。カルロッタさんが今幸せなのが、とても嬉しい」

「母の苦しみをマイさんが思いやってくれて、母の幸せをマイさんが一緒に願ってくれる。俺は今、それがとても嬉しいです」

 

 ヘンリーさんはそう言って、私の肩を抱いてくれた。


 

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