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大好きな婚約者◆ギフトボックス版◆  作者: ナユタ
◆レイチェルとクリス◆

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23/33

*1* お菓子よりも甘い言葉。



 学園を卒業してからも年中お忙しいクリス様のこと。やっぱりいきなり訪ねたところで来客があるようだったので、ご迷惑をかけないようにプレゼントのお礼のクッキーを届けるだけで済ませようと思っていたのに……。


 けれど屋敷の使用人が「せめてお茶だけでも」と言ってくれたので、その言葉に甘える形でクリス様の執務室の前まで訪ねて行けば、室内から聞き馴染んだ声がしたので思わずドアをノックする代わりに「ハロルド様?」と声をかける。


 するとその途端に目の前で勢い良く開かれたドアの向こうから、浅黒い肌に真っ黒の髪をした男性……クリス様のご友人で、昔からわたくしを妹のように構って下さるハロルド様が飛び出して来られた。


 淑女の礼を取ろうとしてスカートの裾を摘まんだ瞬間「よせよせ、そんな堅苦しい真似は! 久し振りだなレイチェル、元気にしてたか?」と片腕で軽々と抱き上げられてしまう。


 急に身長が高くなったような感覚に思わず「きゃ、ご、ご機嫌ようハロルド様!」と小さく悲鳴を上げながらも、何とか落ちないようにしがみついての挨拶を成功させましたわ。ええと“親しき仲にも礼儀有り”ですものね。


 わたくしの挨拶に柔らかく目を細めたハロルド様は、昔と少しも変わらない優しいお兄様のようで、ついつい淑女らしくない格好であることも忘れて微笑み返してしまう。


 けれどまだドアの向こうから姿を現さないクリス様の「ハロルド、いい加減にしなさい」という呆れた声が聞こえた瞬間、咄嗟にふくらはぎまで捲れ上がったスカートの裾を直して、ハロルド様の頭を抱えていた姿勢を立て直しましたわ。


 でもそんな姿を見ていたハロルド様はクツクツと笑うものだから、わたくしはその耳許に小さく「今のは内緒にして下さいませね?」と囁きかける。そうでないとハロルド様は悪気なく全部クリス様に教えてしまわれるもの。


 わたくしのお願いに「おう、任せろ」と笑うハロルド様に頷き返した直後に、執務室から現れたクリス様が「そのような格好で、何をやっているのですか?」とその眉間に早速皺を刻まれる。困ったわ……先に降ろして下さるようにお願いすべきでしたのね。


 今更そんな当前のことに気付いてうなだれているわたくしに、クリス様は「ああ、失敬。レイチェルではありませんよ。このすぐに小さいものを抱き上げる体力馬鹿に言っているんです」とハロルド様を指してそう仰られた。


 口ではそう仰るクリス様が、ハロルド様のそういうところを好ましく思われているのは知っている。だからわたくしも顔を上げ、クリス様に微笑むことが出来た。


 そんなわたくしに気付いたクリス様が、ほんの少しだけ眉間の皺を和らげて微笑み返して下さる。はわわ、贈り物のお礼を伝えに来たのに、さらに贈り物をされた気分です……。


「何にしても、ちょうど良いところに訪ねて来てくれましたねレイチェル。この家族自慢馬鹿を追い出すのを手伝って下さい」


 そう胸の前で腕を組んで、困った風に苦笑する姿さえ美術品のように美しいクリス様に魂を抜かれたように頷くわたくしに、ハロルド様は「二対一になっちまったな」と笑った。幼い頃から馴染んだその笑みを見ていると、つい安心してしまう。


「いや、聞いてくれよレイチェル。うちの双子のチビ共も二歳半になったんだが、息子のジェイドの方が顔はオレ似のくせに性格が親父似で歳の割に妙に達観してるだろ? 無口なわけじゃねぇんだが、顔も中身もアリス似な娘のシンシアにやられっぱなしなのがな。この間も……」


 安心している間に一層笑みを深めて話を始めてしまったハロルド様の声に、慌てて真剣に耳を傾けようとしていると、クリス様が組んでいた腕を解いてハロルド様の目の前に翳された。


「ハロルド、君の家族の話はもう充分ですからお黙りなさい。いつまでここで油を売っているつもりなんです。それに取り敢えず、その抱き上げたままになっているレイチェルを降ろしなさい。もう彼女も小さな子供ではないのですよ?」


 どうやら“待て”というポーズだったらしいクリス様の手を、ハロルド様が煩わしそうに払う。片腕がわたくしでふさがっているのに、全く身体が上下にブレないだなんて流石はハロルド様ですけれど――……。


「おいおい何だよ、確かにオマエには話したけどレイチェルにはまだだろ。大体オマエがまともに聞いてくれねぇんだ。後はオマエの婚約者のレイチェルにその責任を取って聞いてもらうからよ、仕事に戻っても良いんだぜ?」


「おや……君こそ今のボクの発言を聞いていましたか? いつまでここで油を売っているんだ、と。そう言いましたよね。であれば、君も仕事に戻るべきではありませんか?」


「はぁ~あ……これだからまだ家庭がない奴は気楽だってんだよなぁ」


「自分でさっさと子供を作っておいてから何を言っているんですか。どこかでアリス嬢の耳に入っても知りませんよ?」


 目の前で繰り広げら始めた言葉の応酬にアワアワとしていたら、背後から

お茶の用意を調えてワゴンで運んで来てくれた執事に「お嬢様が怯えておられますよ」と窘められ、ようやく二人とも言葉を収めて下さいました。


 ようやくクリス様の執務室に通して頂けたわたくしは、ハロルド様から降ろして頂いてすぐに助けてくれた執事に「ありがとう」と告げる。けれど彼は静かに笑ってお茶のサーブをしてくれると、優雅な一礼を残して退室してしまった。


 本来ならメイドの仕事であるお茶の用意を彼が運んで来てくれたのは、わたくしがダングドール家の婚約者に相応しいかどうかを見定める試験だったのでしょうか? ああ……だとしたら大失態です。この次はきっとわたくしが仲裁出来るようにして見せますわ。


 そう胸の前で小さく握り拳を作って誓いを立てていると、クリス様と目が合ってしまう。


 慌てて握り拳を背後に隠せば、ニッコリと微笑んだクリス様が「握り拳が淑女らしくないのが分かっているのであれば結構です。さあ、レイチェルこちらに。せっかくのお茶が冷めてしまいますよ」としっかりと釘を刺されてしまいました……。


 最近だと幼い頃と違い、年々クリス様の隣に腰を下ろすことに緊張するようになってきたので、二人掛けのソファーに座る時もつい端っこによってしまう。けれどクリス様はそんなことを気にせず「淑女はそんなに端に座らないものです」と、ご自身のすぐ隣をポンと叩いた。


 緊張したながらも言われるままそうっと隣に腰を下ろせば、すぐに目の前に腰を下ろされたハロルド様の方へと向き直ってしまわれる。


 その女性よりお綺麗な横顔を眺めて、いつになればわたくしにもこの方をドキドキさせることが出来るのかしらと思っていたら、向かいに座られたハロルド様にまた笑われてしまいましたわ。


 お茶と一緒に運ばれてきたお菓子は、わたくしが作って持参した歪な形のクッキーと、このお屋敷の料理人が作ったと思われる綺麗な形のクッキーが一つのボウルに盛りつけられていた。


 ううん……やっぱりこうして並べられてしまうと、いくら焼けた中では綺麗な物を見繕っていても、わたくしが焼いたクッキーは手を伸ばしにくい仕上がりだと分かりますわねぇ。


 何となくお二人に召し上がって頂くのも申し訳ない気分になって、お礼は後日きちんと購入した物を贈ることにしようと思い、自分で焼いた歪な方のクッキーに手を伸ばす。


 ――けれど、


「おや、それはレイチェルがボクに持ってきてくれた方でしょう。食べるならこちらをどうぞ。レイチェルの好きな紅茶のクッキーですよ」


 そう子供をあやすように仰られたクリス様の手が、わたくしが伸ばした手の方向をスッと変えてしまわれる。そしてご自身はそのまま歪なクッキーを摘まんで口に運ぶ。


 息を飲んでにその口許を見つめていたら、直後にゴリッという堅い音がして、明らかに焼き上がった時より水分量が減っているクッキーの硬度に血の気が引いた。ボリッ、ガリッ、と咀嚼されていくその音に、思わず耳を塞ぎたくなる。


 するとそれを見ていたはずのハロルド様まで、その石のようなクッキー……まさにロッククッキーと呼ぶに相応しい物を口に放り込んでしまわれた。


 しばらくの間室内にはお二人がクッキーを噛み砕く音だけが響いて、わたくしはあまりの居たたまれなさに蒼白になる。正気を保つために紅茶に口を付けたけれど、正直味が分かりません……。


 そうしてほぼ同時に飲み込んだお二人が、紅茶で一息ついてから口を開くのを緊張しながら見つめる。


「堅さはともかく、味は前回より上達していますよ」


「そうか? オマエの鍛えられてない細い顎には、これくらいがちょうど良いぞ。それに味の方は文句なしだ。上手くなったなレイチェル」


 お二人からのそんな嬉しいけれど、明らかなお世辞に困惑して眉根を寄せれば、隣に座られているクリス様がわたくしの顎を上向けて「ご褒美です」と僅かに微笑み、雛鳥に餌を与える親鳥のように紅茶のクッキーを摘まんで口に運んで下さる。


 気恥ずかしい気持ちと、嬉しい気持ちがゴチャゴチャになったわたくしを前に、ハロルド様が「それじゃ、オレはお邪魔みてぇだから帰るわ」と腰を上げる姿にブンブンと首を横に振った。


 視線で必死に“今置いて行かれたら死んでしまいます!”と訴えるわたくしを見てニヤリと笑ったハロルド様は、もう一つ歪なクッキーを咥えて「頑張れよ」と言い残して本当に帰ってしまう。


 二人きりで残されたわたくしが、恥ずかしさで顔を上げられずにモグモグと口の中にあるクッキーを咀嚼している耳許に、クリス様がソッと顔を近付けて「贈り物は気に入りましたか?」と面白がるような響きのこもった声で訊ねて下さるけれど――。


 どれだけ嬉しかったか伝えようにも、この距離があまりに恥ずかしくて。わたくしは顔を上げることも声を出すことも出来ずに、ただコクコクと頷くことしか出来ませんでしたの。


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