*0* 淑女の心得。
大変長らくお待たせしております;
レイチェルの年齢をどうするか悩んでしまって;;
ともあれ最終章のクリスとレイチェルの章が始まります~♪
今回はレイチェル視点です\(´ω`*)
メリッサの時と同様に次もレイチェル視点でお送りします。
窓辺に寄せた揺り椅子に座って刺繍を刺していたわたくしの頬を、サラリとした初秋の風が撫でていく。まだ夏の香りが残っている中に、少しだけ秋の土の匂いが混じるこの季節が一番好き。
「ん~……良いお天気ですわぁ」
手にしていた刺繍枠を膝の上に置いて大きく伸びをすると、ずっと同じ姿勢でいたせいか背中と肩がキシキシと痛む。それに伸びをするとどうしても欠伸までついてきてしまうから、周囲に誰もいないのを良いことに大きな口を開けて「ふわぁ」と間の抜けた声を上げてしまう。
「……ふふふ、こんな姿をクリス様に見られたら、また子女らしくないと怒られてしまうかしら」
風で乱れた髪を耳にかけ直して再び刺繍枠を手に取ると、ドア越しに『お嬢様、少しよろしいですか?』と聞き慣れた声がしたので、刺繍の再開を中断して「良いわよぉ」と返事をする。
返事の後すぐに開かれたドアから刺繍針で下絵を刺すよりも、指を刺す方が多い不器用なわたくしの部屋へ、仲の良いメイドのリンダが大きな箱を抱えて現れた。
「あら、また刺繍の練習をなさっていたのですか? お嬢様は本当にこうと決めたら熱心でいらっしゃいますね。息を吸うように努力するその姿勢は、とても素晴らしいですわ」
四歳の頃にお母様を亡くしたせいで、七つ年上の彼女を姉のように慕っている。深みのある緑色の瞳に明るい栗色の髪は、光の入り方次第では金色にも見えるから、濃い蜂蜜色の髪に深い青の瞳をしたわたくしと並べば本当の姉妹のようだとお父様も仰って下さる。
玉に瑕なのはこうしてすぐにわたくしを甘やかして、溢れるほどの褒め言葉をくれるところかしら。
「もう、リンダったら褒め過ぎだわ。そんなに褒めてくれなくても、わたくし全然上達しないからといって刺繍の練習を投げ出したりしないもの」
箱を床に置いてこちらをニコニコしながらそう言うリンダに、頬を膨らませてそう怒ったふりをして見せれば、リンダはくすりと大人の笑みを浮かべて抱えていた箱の蓋をコツンと叩いた。
「まあこれは申し訳ありません。頑張り屋さんのお嬢様を見ていたら、つい。ですがこれを見ても膨れたままでおられるかどうか……。そもそもお嬢様は今日が何の日かご存じですか?」
少し垂れ目気味の優しげなリンダの視線が、わたくしの机の上に置かれた卓上カレンダーの上でピタリと止まる。
そこで初めて突然届いた大きな贈り物の意味を理解して「あらぁ」と声を上げれば、そんなわたくしを見たリンダが苦笑しながら「そうですわ。クリス様から素敵な贈り物が届いておりますよ」と種明かしをしてくれた。
卓上カレンダーの今日の日付には、リンダが付けてくれた小さなバラの刻印。今日は婚約者のクリス様が学園を卒業されてから、今年で四度目になるわたくしの誕生日だったのね。
わたくしに気付いたリンダが「お嬢様はそのままで。のんびりと大らかなままでよろしいのですよ。さあ、贈り物をご覧になって笑顔になって下さいませ」と言ってくれる。その柔らかい眼差しに頷き返して、箱の蓋を少しずつずらしていく。
八歳の誕生日には大人びた香水を。
九歳の誕生日には大人びた扇を。
十歳の誕生日には大人びた髪飾りを。
十一歳の誕生日には大人びた靴を。
十二歳の今年は――……。
「わあ、可愛いぬいぐるみと……これは菫の花の砂糖漬け?」
箱の中から現れたのは一抱えもありそうな大きなクマのぬいぐるみと、その首にかけられた懐中時計型の小物入れを開いて中を確認したわたくしは、幸せな気分に包まれる。
だけどいつもなら『レイチェルはまだまだ“リトル・レディ”ですねぇ』と仰るのに、今年はこんなに可愛らしい物を贈って下さるなんてどうされたのかしら。
早速一つだけ取り出して口に入れると、あっという間に舌の上で溶けてしまった。本当はもう一つ口にしたかったけれど、それだとすぐになくなってしまうし……。
名残惜しいけれど懐中時計型のケースを閉じて視線を上げれば「お嬢様のお好きなお花とお菓子の両方を用意して下さるなんて、よろしかったですね?」と微笑むリンダの優しい目。
「あの……ね、リンダ」
「はい、お嬢様」
「刺繍の練習を途中で投げ出すのは、淑女としては失格かしら……?」
刺しかけの刺繍とクマのぬいぐるみを交互に見やって、小さくそう訊ねれば、リンダは姉のような眼差しのままゆっくりと首を横に振ってくれる。
「いいえ、お嬢様。贈り物のお礼をしたいと思うお気持ちは、淑女としてご立派な心がけでございますわ。キッチンの準備は整えておりますので、いつでもお使い頂けますよ。料理長が今日はクルミが入ったのでクッキーにしてはどうかと申しておりましたわ」
全てお見通しのリンダと料理長の提案に、わたくしはサイドテーブルの上に刺繍を置いて“刺繍よりはマシ”なお菓子作りをしようと思い、クリス様から頂いたばかりのクマのぬいぐるみを一度ギュウッと抱きしめて、キッチンへと向かうことにしましたの。




