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大好きな婚約者◆ギフトボックス版◆  作者: ナユタ
◆メリッサとアルバート◆

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20/33

*∞* 計画とは違いましたけれど。

アルバートとメリッサのお話はこれにてメデタシ(*´ω`*)ノ

ここまでお付き合いありがとうございました!



 美しい透かし彫りを施したワイングラス、アルバート様が好んで召し上がる渋みの少ない赤ワイン、室内にはリラックス効果のあるアロマを少し。フカフカの羽毛ではちきれんばかりに膨らんだ枕に、光沢のある真白い絹のシーツ。ベッドメイクも完璧に整えてもらい、シーツには皺の一つない。


 わたくしもバラの浮かんだバスタブにしっかりと浸かって身体と髪に香りを移し、まだ随分日の高い時間帯から仲の良いメイド達と厳選した夜着に身を包んでアルバート様が現れるのを待っている。


 最近ではお仕事が忙しいにも関わらず、少しでも時間が取れれば昼間のうちに顔をお見せになって下さるものだから、以前よりもずっと身近に感じられることがこの上なく嬉しいですわ。


 今夜のことは、世間一般でいうところの妻の行いとして、決して褒められた行為ではないのでしょうけれど……それでも親友と呼べる友人達と密やかに交わす手紙や情報はわたくしの心を高揚させ、同時にたった一人の人間に愛されることの特別さに胸を躍らせることが出来る。


 それ以外の何もかもが色を失うほどの、そんな感覚をこの身で味わえる日が来るだなんて、結婚をする前までは考えられませんでしたもの。


 きっと白い結婚と揶揄されるような、そんな、わたくしだけがアルバート様を雁字搦めに出来ると仄暗いことを思っていた日々が、いざ蓋を開けてみればこんなにも幸せなことが未だに信じられませんわ……。


 今夜の準備はアルバート様に気付かれないように、一週間前からアリスさんの手を借りて水面下で整えて来たものだし、なかなか王都まで頻繁に講習を受けに来られないイザベラさんの為にも、先陣を切ってこの作戦の有用性を証明して差し上げなければ。


「でも女性の方がこんな行為に行動的だなんて、アルバート様に呆れられてしまうかしら……?」


 そう不安になって思わず口から零れ落ちた言葉に、ほんの少しだけ恐怖を感じた。もしもこの作戦を企てたことがアルバート様に知られてしまえば、幻滅されてしまうかも知れない。そんなことになれば、きっとアリスさんやイザベラさんにも迷惑をかけてしまう。


 ――けれど――……。


「わたくしは、アルバート様のお飾りの妻になりたくはありませんわ」


 言葉にしてしまえばそれはとても当たり前なことなのに、学園に在学中だった頃のわたくしからは考えられないほど欲張りな気がして。でもそんな自分が嫌ではないと思える強さを手に入れましたわ。


 ベッドの枕にもたれかかり、なかなか開かれることのないドアを見やりながら枕の下に手を滑り込ませる。指先に触れた堅い手触りに少しだけ緊張感が緩み、その触れた物をソッと抜き出した。


 赤い自然石を加工して作られたバラの首飾りは、これまで与えられてきたどんな贈り物よりも素晴らしい宝物ですわ。ああ……でも、薬指に光る銀色の所有印は同等の価値がありますわね。


 この銀色の輪が夫婦の証だなんてなんだか不思議ですけれど、これをはめてもらった時の満たされた感覚が未だに忘れられなくて、わたくしはその儚い輝きに口付けを落とす。きっとあの感覚はこの先一生忘れないのだわ。


 今夜のこの騙し討ちのような行いも、いつかアルバート様とそんな風に語り合うことが出来れば素敵なのだけれど――……と、ドアの方から足音が聞こえてくる。その足音に息を飲んで首飾りを元の枕の下に潜り込ませて、出迎えのためにベッドから立ち上がった。


 その直後に開かれたドアの向こうから待ち人が姿を現したことが喜ばしいような、今からなそうとすることへの後ろめたさのようなものが、ピンと伸ばした背筋を滑り落ちる。


 ですがどちらにしても、もう逃げられませんわ。ここから先はアリスさんに教わったように覚悟を決めて、迅速に行動あるのみ。


「お帰りなさいませ、アルバート様」


 わたくしはアルバート様に歩み寄り、はしたないとは思いつつも、早くその体温を感じたくて手を伸ばした。けれど頬に伸ばした手は、あっと言う間もなくアルバート様の大きな手に握り込まれてしまう。


 いつもであればそんなことはなさらずに、わたくしの夜着姿から目を逸らしてしまわれるはずなのに……嬉しいけれど、反面、初めての反応を返されて戸惑ってしまいますわ。


「ああ、ただいまメリッサ。今夜は早く帰ると言っておいたのに、結局いつも通りの時間になってしまってすまなかった。俺の留守中に何か困りごとはなかったか?」


「え、あの……いいえ、本日も皆が良くしてくれたお陰で、何も困りごとなどありませんでしたわ。それよりも“わたくしはアルバート様のお体の方が心配です。毎日ご公務でお疲れでしょう? ですからわたくし今夜は――”」


 優しい気遣いに溢れたアルバート様の問いかけに答える傍ら、イザベラさんとアリスさんと三人で考えた台詞を織り交ぜて会話を続けようとしたその瞬間、アルバート様は首を横に振って微笑まれた。


 困りましたわね……今夜だけでも初めての反応その二ですわ。こういう時の応用はわたくしあまり得意ではありませんのに……。


「いいや、そんなことはない。一日の仕事を終えて家に戻って、こうして愛しい妻の顔を見れば疲れなど簡単に消え失せるものだ。この部屋の香りもだが、疲れを癒すのにこれほど適した場所はないな」


 戸惑うわたくしに気付かないのか、そう楽しそうに微笑んで下さるお顔がとても魅力的で、その表情を見ているとあれだけ考えて練習しておいたはずの台詞が全く出てこなくなる。


 早く台詞の続きを、早くお酒の話をと思うのに、このあとにどんなことを言ってわたくしを喜ばせて下さるのか、もっと聞きたくなってしまう。


「そうだメリッサ。まだ眠くないようなら二人で少し話でもしないか。今日の仕事相手から香りの良い紅茶をもらったのだ。きっと気に入る」


「え、ええ、それはとても嬉しいですわ。でも今夜は――」


「それとも――今夜はもう眠いのか? 待たせてしまったのは俺だからな。残念だが仕方ない、明日の夜に回すことにして今夜はもう休むか」


 思ってもいなかった会話のお誘いに気を惹かれつつも、今夜の悲願を優先しようとした矢先に、アルバート様があっさりと引き下がる姿勢を取られる。第一この“休むか”はいつもと同じ、おやすみの口付けをされて別室で眠られる流れに入ってしまう。そうなってしまっては悲願の達成どころか本末転倒ですわ。


 焦っては駄目。考えるのよメリッサ。もしもアリスさんの場合ならと想定したら、ここは一度紅茶で雰囲気を整えてから……が、正解のはず。そう手探りの答え合わせをした後「いいえ、ご一緒に紅茶を頂きますわ」と表面上は穏やかに返す。


 わたくしの答えを聞いたアルバート様は嬉しそうに「そうか」と頷かれると、呼び鈴を使ってメイドを呼び出し、紅茶の用意とわたくしが風邪をひかないように夜着の上から羽織らせるガウンを用意させて下さる。


 紅茶のセットをを載せたワゴンとフカフカのガウンを用意して来てくれた顔馴染みのメイドは、ドアから退出する時にこちらを向いて、励ますように一度深く頷いてくれた。


 その声なき鼓舞に対してわたくしも答えるように深く頷き返す。勿論そう簡単に諦めたりしませんわ。それに紅茶を飲んだ後にでも好機は訪れるかもしれませんものね?



***

 


 ――……と、思っておりましたのに……。


 紅茶は美味しくて、いつも日中はお仕事で忙しくなされているアルバート様との会話は楽しいですわ。けれどそれも夜が永遠に続けばのお話ですものね?


 会話を始めてから段々と時計を気にするようになっている自分に嫌気がさしつつ、それでも明日の夜になれば今夜の決意が揺らいでしまいそうな気がしてならないのですから仕方がありませんわ。


 ベッドに並んで腰掛けたまま紅茶を口に運び、サイドテーブルに用意されたまま一口も飲まれない薬入りの赤ワインを見やって、もう何度目になるか分からない溜息を噛み殺す。


 空になった紅茶のカップをその手から「お代わりをお注ぎしますわ」と白々しい微笑みで受け取り、自分の分もワゴンの天板に置く。すると思いのほか大きな音を立てて天板の上で踊ったティーカップが欠けていないか、焦って確認する。


 そうしてそんなわたくしの苛立ちを隠した状態に、いつから勘付いておられたのか、アルバート様は不意に穏やかに微笑んでいた表情を引き締めてこう仰った。


「――メリッサ、実を言うと俺は今夜の君の計画を知っているのだ」


 アルバート様の口から秘め事のように紡がれた言葉に、瞬間呼吸を忘れる。その視線が正しく赤ワインに向けられていることで、頬に熱が集中して羞恥から視界が滲んだ。


 誰から計画が漏れたのだろうということよりも、もしや誰かに探らせたのだろうかという恐怖が背筋を冷たくさせる。恥ずかしくて部屋から逃げ出したいたい気持ちに襲われたけれど、今さらこんな格好でそんなことが出来るはずもない。


 咄嗟に出来た抵抗といえば、アルバート様にそんなみっともない顔を見られたくなくて背中を向ける程度で。すると今度はせっかく選んだ夜着までもが浅ましく思え、必死で隠すためにガウンの前をしっかりと掻き合わせた。


 強く引き結んだ唇の間から嗚咽が零れないように俯いていた背中に「違うんだ、メリッサ。誤解をしないで最後まで聞いてくれ」と狼狽えるアルバート様の声がかけられて、直後に背後から抱きすくめられる。


 そんな風に優しく扱われれば扱われるほど、恥ずかしくて逃げ出したくなるというものなのに……考えてみればアルバート様を酷い人だと、心の中であろうと初めて罵りましたわ。


 怒りとも違う。


 悲しみとも違う。


 恥ずかしさが一番近いけれど、それですらもしっくりと来ない感情に、ついに涙が零れて絹のシーツの上にポツリと丸い跡をつけた。


「メリッサ、すまない。君に恥をかかせるつもりはなかったんだ。殴ってくれても構わないから頼む。こちらを向いて、俺の言葉を聞いてくれ」


 “狡い人。そんな風に懇願されては断れないと知っているくせに”と心の中で罵りながら、それでもその声が、体温が愛おしくて振り返ってしまう。


 思わずすぐに振り返りそうになるところを出来るだけゆっくりと振り返れば、苦しげに眉根を寄せたアルバート様が、睫毛が触れ合いそうな距離でわたくしを見つめていた。


 まるで幼い頃のように必死な瞳で。


 まるで知らない大人の男性の顔で。


 見つめられて、見つめ返して。少しの間、この世界の全ての時間が止まった気がしましたわ。


「わたくしに……何を、聞けと、仰るつもりですか?」


 唇が震えるせいで切れ切れな言葉は、ともすれば拒絶の意味を含んでいると取られそうな可愛げのない印象で、これでは今夜といわずこの先もずっと一夜を共にすることなどないように思えて、また涙が溢れそうになる。


 けれどそんなわたくしの顔を見つめていたアルバート様は、酷く嬉しそうな微笑みを浮かべたかと思うと、わたくしの目の縁に溜まっていた涙が零れる前に口付けで奪ってしまった。急なその行動に驚いて目を瞬かせると、今度は唇に口付けられて、硬直してしまう。


「本当はこの距離で、ちゃんと口説いてから“そういうこと”をしようと思ったのだ。今までいつも逃げてばかりの腰抜けの俺に呆れずに、毎夜慣れない色仕掛けをしかけてくれた愛しい“妻”に」


 そう間近で照れたように微笑むアルバート様は、都合の良い夢のような言葉を並べ立ててわたくしの頬を撫でる。


「――そんな、言葉、今まで、何人の女性に仰ったの?」


 確かこういうときアリスさんの教えでは、浮気性の男性にはすぐに頷き返して許してはいけないと教わりましたわ。


 焦らして、困らせて、反省を引き出して――……それから、それから……。


「ああ、だから二度と言わない。これからは、メリッサ以外の誰にも」


 言葉にすれば何て易い。ええと、アリスさん的な言葉では確か“証文も残さないで乗り切るモテる男性の常套手段”……だったかしら? ええ、でも本当に吹けば飛ぶような口約束に過ぎませんのに。


「今の言葉……絶対に、一生の約束でしてよ? わたくしの、」


 目の前にある“夫”の瞳がうっとりとした表情のわたくしを映すものだから、仕方がありませんわね。


「わたしだけの……アル」


 か細く震える囁きを漏らした唇に口付けた唇の隙間から「勿論だ」と吹き込まれる。何度も交わされる「メリッサだけだ」と吹き込む口付けに、当初予定されていたお酒の魔法はほんの欠片も必要なかったみたいで……。


 ソッと探った枕の下の首飾りだけが、ヒヤリと肌に冷たく触れた。


次回は幕間を一話挟んでクリスとレイチェルのお話です。

またお付き合い頂けると嬉しいな~!

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