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大好きな婚約者◆ギフトボックス版◆  作者: ナユタ
◆メリッサとアルバート◆

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*7* これは……どっちなの?



 閉ざした目蓋を優しく刺激する朝日の気配を感じて、わたくしはまだ重い目蓋を持ち上げる。そうしていつも真っ先に視界に飛び込んでくる物はと言えば、同じ天井、同じ壁紙、同じカーテン、一人で眠るには広過ぎる寝台。


 “もしも朝、微睡みながら目を覚ました瞬間に真っ先に見るものを決められるのなら、それは安らいだアルバート様の寝顔が良い”


 ――そう思ったことは多々あるけれど、今までだって一度もそんなことは起こり得なかったのだから、今この目の前にあるどこかあどけない寝顔も、きっとわたくしの作り出した夢だわ。


 でも、せっかくの良い夢見なのだからと、柔らかな金色の髪に指を絡めて優しく梳くいてみる。すると僅かにその目蓋が震えた。まだ覚醒しきらない夢見心地のまま、わたくしはその頬へと指を滑らせて微笑む。


 すると、その目蓋が開いて、潤んだ双眸がわたくしを映してフッと微笑みの形に細められる。寝ぼけているのか、甘く微笑んだアルバート様に抱き寄せられ、優しく髪を梳きながら旋毛の辺りに口付けられた。


 夢の出来事だというのに、あまりに髪を梳くその指遣いが現実味を感じさせる物だから、ついつい甘えてみたくなってその胸元にすり寄ったのだけれど……再び睡魔に囚われてしまったのか、髪を梳く動きが止まってしまう。


 それを残念に思いはしたものの、わたくしもまた再び訪れた微睡みの世界に落ちようと目蓋を閉ざしかけ――ふとベッドの感触やアルバート様の着ている服の肌触りに違和感を感じて目蓋を持ち上げた。


 シルクの肌触りとは違いややごわついたシーツに、身動ぎすればすぐ後ろでベッドの端が終わっている。アルバート様の夜着もくつろいだ形ではなく、街歩きをするようなしっかりとした木綿の生地で出来て……え?


 そこでわたくしは初めて自分の姿を確認するに至り――……自分が身に纏っているものが柔らかだけれど、布面積が少ない夜着ではないことに気付いた。


 多少着崩れている自身の服の胸元に視線をやれば、赤い虫さされのような跡が幾つか残っていて、痒みがないことに少しだけ疑問を感じたけれど、それよりもここがどこであるかをはっきりさせることが先決ですわね。


 そこで何とか首を動かせる範囲で周囲を確認してみれば、ここが城の内部にある自宅ではなく、アルバート様の“秘密基地”であることに目を疑う。


 けれどそれらの事柄に気付いたところで、抱き寄せられて密着した体勢では身動きも取れず……わたくしは目覚めたアルバート様が慌ててわたくしを解放して下さるまで、その腕の中に捕らわれ続けたままで。


 大慌てで城に戻ったわたくし達を待ち受けていたのは、女性ですら見劣ってしまいそうな美貌を持つクリス様の「おや、仲良く朝帰りとは大変結構ですね? しかし次からは事前にご相談頂けると、他の方々への無断外泊の言い訳に困らないのですが」から始まる、絶対零度のお小言でしたわ……。



***



 そんな幸せだけれど、わたくし達二人の間に“何があったのか”いいえ、それとも“何もなかったのか”が気になる出来事があってから数日後。


 最近ではすでに定例会になりつつある、アリスさんとイザベラさんと一緒に開くお茶会の席。今回はわたくしの部屋でお茶を用意してもらい、話す内容が内容なので人払いをさせてもらう。


 侍女達がしずしずと退室したのを確認して、わたくしはこの件でのお二人の見解を訊いてみることにした。


 するとイザベラさんは「先を越されましたわ……」と肩を落としたのに対し、わたくし達の師であるアリスさんは、彼女にしては難しい表情になる。


「いやいや、今のメリッサ様のお悩み相談の内容から察するに……その件ではまだ“白”だと思うな。致していない方に一票」


「あら、状況証拠だけでは充分“黒”を疑えるものだと思いますけれど。何故“白”だと思うのか、私達にお聞かせ頂けるかしらアリス?」


 イザベラさんのかなり真剣な問いかけに、アリスさんも神妙な面持ちで頷く。アリスさんはこちらに向き直ると「メリッサ様、まず始めに簡単なことを質問しても良い?」と念を押してくるので、わたくしはそれに素直に頷いて先を促す。


「まず第一に、二人とも服は着てた? 特に下着類。答えるのは恥ずかしいと思うけど、ここ重要だからね~」


 いきなりの核心を突く問いに、喉の奥で上手く飲み下せなかった唾液と空気がおかしなところで引っかかりそうになるのを我慢しながら、何とか「え、えぇ、少しだけ乱れていましたけれど……着ていましたわ。上も、下も」と答える。


 そんなわたくしとアリスさんのやり取りを、間に座るイザベラさんが交互に見やりながらコクコクと頷く姿に勇気をもらう。その頬がまるで質問を受けたわたくしのように赤く色づくものだから、何だか少しだけ微笑ましい。


「ふむ。では第二に、起きたときに身体に痛いとか、ダルいとか、そういう感覚はあった?」


 ――あら、アリスさんたら、今度は随分急に問の難易度を下げて来られましたわね? 若干訝しみながら、けれど二問連続でさっきのような問をされたらどうしようかと思っていたわたくしは、二人に気付かれないようにホッと息を吐く。この問なら胸を張って答えられますわ。


「いいえ、アルバート様はご自分の上掛けまでわたくしにかけて下さっていたので、体調はどこも悪くありませんでしたわ」


「あぁ~、うん。そういうことじゃないんだけど……まぁ良いや。これ以上質問しても結果は変わらなさそう」


 けれどわたくしの自信に満ちた答えに、アリスさんは唇を震わせながら「アルバート様も大変だねぇ」と笑いを含んだ声で言う。何のことを指しているのか分からずイザベラさんの方を向くけれど、イザベラさんもわたくしと同じく小首を傾げている。


 鏡合わせのように小首を傾げるわたくしとイザベラさんに向かい、困った年少組を見る年長者のような微笑みを浮かべたアリスさんは、一つ大きく咳払いをすると「あー……二人にはまだ言ってなかったんだけどさ、いや、普通報告するような内容でもないけど」と前置きをしてから――。



      「わたしさ、つい二日前に達成したんだよね」



 幸せそうに、それから少しだけ恥ずかしそうに、衝撃的な告白をされてしまいましたわ。


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