狂気を砕く
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モニター上部にヴァルフレアを撃墜した旨の情報と、合わせてパールが撃墜された情報が数秒間ほど表示されてスライドアウトする。
『あははっ、相討ちになっちゃった。先に撃墜はしたんだけど、そのあとに空中機雷の爆発に巻き込まれちゃった』
「……怪我は?」
『気にしてたら、負けるでしょ。私のことは良いから、早くそっちも終わらせて。撃墜されてから、俯瞰で戦闘を見るのってつまらないから』
僕のことを心配してではなく、ただ単に自分がつまらないからという理由だけで早く対決を終わらせろと言ってくる辺りが、なんだかんぁと思う。
ヴァルフレアが撃墜されたことはバイオにも通達され、アンブッシュが急停止した。攻撃のあとに鳴るアラート音も静まり、僅かな休息をもたらす。攻勢に出たいところだけど、僕もティアの通信で集中力が途切れた。さながら小休止と言ったところだろう。
「そういや、ティアって笑うんだ?」
『え、なにが?』
「いや、笑ったところを見たことがないし、笑い声も聞いたことがなかったから」
リアルじゃいつも不機嫌そう、或いは神妙な面持ちで、どこか気を張っていて近寄りがたい。微かな笑みはあっても、「あははっ」と声を出して笑うことは滅多に無い。それほど、このゲームを楽しんでいる証拠だ。
『逆にスズは笑わないことの方が多すぎ。楽しいときはちゃんと笑えば良いのに』
いや、ティアもほとんど笑ってくれないじゃんか。
僕が笑おうとすると、大抵は無理をしていることが多い。心の底から笑うときは、まぁ理沙や倉敷さんをどことなく貶めることができたときというか、いつも虐げられている分、口論で勝ったときぐらいだ。
苦笑や作り笑いをしすぎて、本気で笑うことは滅多に無い。
そんな気がする。僕はティアよりも圧倒的に笑い足りていない。
『妹が負けた? “死に近い人”のクセになにも持っていない、ただの女にか?』
「それは……分かりませんけど」
『信じらんねぇな。妹が、口だけ女に負けたなんて、信じらんねぇなぁ!』
「なんだ、妹のために怒ることができるんですね」
『テメェらみたいな幸福を享受している人間が! 計画の邪魔をするんじゃねぇ!! ずっと黙って黙って、いつか実行してやろうって思っていたってのに! テメェらみたいな幸福な人間に、ここで負けて頓挫させられてたまるかよ!』
「計画?」
『俺は、親父を不幸に陥れた連中に復讐する。けどリアルじゃ人を傷付ける練習なんてできねぇからな。だからゲームだ。幾ら傷付けても、幾ら殺してもなんの罪にも問われねぇ。最高じゃないかこの世界は!!』
……待て、なにを言っているんだこの人は。
「復讐は風体を気にしないなら別に構わないんですけど、人を傷付ける練習ってなんですか? このゲームで遊んでいるのは、少しでも妹との壁を無くすためじゃないんですか?」
そう思っていた。というか、そう願っていた。だってリアルじゃバイオはシャロンを手酷く扱っていた。でも、このゲームじゃ対人戦とはいえチームで協力していた。連携は見事なもので、僕みたいなワンマンプレイヤーを罠に掛けて絶望すらさせた。だからティアの助言の元、こうして一対一の構図を取るようにしたのだ。
『妹が雑魚に油断してやられたってんなら、使えねぇよなぁ、ほんと。使えねぇ“もの”だよなぁ』
「兄妹……なんじゃ、無いんですか?」
『はっ! なんにも分かってねぇ!』
アンブッシュが短刀を振り乱しながら左右に機体を揺らして飛び掛かって来る。
『親父が単身赴任して、一人で仕事に勤しんでいる間に、“ババァ”が親父の親友と不倫して孕んだのがあいつだ。仕事熱心な親父は“ババァ”もその親友も許した。ああ、たった一人の親父なんだから許すよなぁ、普通。なのに、“ババァ”は親父を捨てて、不倫した親友と一年で再婚だ! そして、あいつが産まれた。あの“ババァ”は俺を育てている最中に、親父の親友に汚い股を開いていたってことじゃねぇか!! あり得ねぇ!!』
「でも……家族、でしょう?」
『親父は仕事に取り組み、今もまだ“ババァ”以外の女とは関係を持たずに孤独に生きてんだよ!! なんの罪もねぇのに責任を背負わされて、生きてんだよ! 会うたびに会うたびに痩せこけていく親父は、それでも俺とあんな“ババァ”のことを心配してくれている!』
感情が暴れている。アラート音を伴わない攻撃が右から左からと押し寄せるものの、さっきまでと比べれば圧倒的に捌きやすい。瓦解した感情の波に流されるままに振り回される短刀は、単調になっている。
『なのにどうして!? どうして“ババァ”と、親父の親友は楽しそうに生きてんだよ!? どうしてあいつは俺のことを兄として慕うんだよ!? なんで俺は反発すれば怒鳴られて、なんで“ババァ”と“あの男”は俺に一言も謝ろうともしねぇんだ?! 俺は絶対に許さない!! 必ず、必ず復讐してやる!!』
それでゲームで人を傷付ける練習、だって?
「ふざけ、ないで」
単調に振られるそれを弾いて、アンブッシュの懐にオルナを滑り込ませる。
「そんな……そんな理由で! この世界を……私の好きな世界を、穢さないで!」
区別している。リアルとゲームの区別はできている。けれど、間違った方向で区別しているからこそ、許せない。
『テメェはこの俺を裁ける権利があるのかよ?! 復讐することを悪いと即決する善人みてぇなことが言えんのかよ!? 俺に喧嘩を売ったのは、テメェの知り合いが俺に痛め付けられたその復讐心からじゃねぇか!!』
その通りだ。そこはなにも言い返せない。
僕は復讐することを悪いことではないと思っている。善人じゃなく、どちらかといえば悪人寄りの人間だ。将来、悪いことをして人生を失敗するタイプ。それも殺人とか強盗とかじゃなく、小さな軽いことで捕まって、なにもかもを駄目にしそうな人間だ。
けれど、それは全てリアルの話であって、ゲームでのことじゃない。
「あなたはゲームに没入して殻に閉じこもって! 有るものを見ようとしない! 受け入れようとしていない!」
『ゲームをしているテメェが言えたことかよ?!』
似てはいても、僕とバイオは同類じゃない。
けれど似ているからこそ、バイオを否定すれば同時に自分自身の一部を否定しているような思いに心が悲鳴を上げる。
アンブッシュの右肩からガスが噴出され、煙が視界を遮る。攻撃に備えて、集中するけれどバイオの言葉が頭から離れない。
ゲームに没入して逃げているのは、僕も同じ。リアルから逃げているのも同じ。ただ責任を他人に擦り付けているかいないかの違い。
有るものを見ようとしていない。受け入れようとしていない。
不幸だ、と。
自分を理解してくれる人が数えるほどしかいないと、ただただ嘆く。バイオはその嘆きで同情を誘い、僕は嘆き続けて疲れ果てる。
そうして、この世界は正しいのだと思い込む。自分の主義主張は間違っていないのだと捻くれる。
バイオなんかの不幸と比べたら、自分の抱いているものなんてとてもちっぽけで、そんなものを口にしたって、この人はきっと馬鹿にするだけだろうと確信していて、とてももどかしい。
辛いことは一緒なのに。苦しいことは、同じなのに。前提が違うだけで全く違う意思に振り回される。
「兄さんと慕われるなら、良いじゃないですか。あなたと兄妹でありたいと願っているから、慕っているんじゃないんですか?」
煙幕を切り払ってアンブッシュが斜め後方から攻め寄せる。直感的に機体を回し、ソードで受け止めて弾き飛ばす。
『不倫した“ババァ”のムスメを、妹としてなんか見れねぇよ!』
じゃぁどうして、この世界は“妹”と呼ぶんだよ!
それが本心なんだろ。いい加減にしてくれよ。他人の私怨に付き合わされるこっちの身にもなれよ。こっちはただ復讐したいだけなのに、理沙を傷付けたあんたを許せないだけなのに、あんたが“事実”を語れば語るほどに、その復讐心以外のものであんたを改心させたいと思って仕方が無くなってしまう。
「この世界ではどうして二人で一緒に居るんですか?」
『あいつが使えるからだよ!!』
アンブッシュの左肩に起こされたランチャーがビームを放つ。機体を右に逸らすものの、僅かに脚部を掠めた。装甲をパージした脚部は損傷ゲージの減少が凄まじく速いので、もうこの戦闘では壊されることを前提に動くべきだ。この戦いで使えるパージは右腕の一回だけ。
この一回で、決まる。決めなきゃならない。
「あなたはシャロンと本当の家族になりたいはず」
『そんなことは望んでねぇ!!』
エネルギーランチャーを起こして、カウンターとしてビームを放つが、視界も悪く、マップで位置も掴めないレティクル頼りの射撃じゃ限界がある。当たるどころか、掠めることさえできなかった。
「あなたの母親が、あなたを、あなたの父親を裏切るようなことをした。それは覆らない真実ですけど。でも、あなたには分かり合うための時間がある。今の父親と仲良くしろなんて私には言えない。でも!」
空中を暴れるように飛行するアンブッシュに向かってソードを投げ付ける。
「あなたを産んだ母親を、ババァだなんて呼ばないで!!」
ソードはアンブッシュの右肩に突き刺さり、火花を散らす。これで煙幕は張れなくなった。僕はオルナに二本目のソードを抜かせる。
『俺のことを愛してねぇのに、母親だなんて思えるかよ!』
「息子を、娘を! たとえ過去に陰湿なものがあったとしても、愛することを放棄する母親なんて居ない! 絶対に!」
シュートネットから放たれた電磁の網がオルナに絡み付く。全身を焼くような痛みが走る。でも歯を喰い縛り、耐える。
『はっ! なら、あの“ババァ”が人類初だろうな! それとも、子を捨てる親をテメェは知らねぇとか嘯いたりはしねぇよな!』
「そう、そんな人たちは母親じゃない。母親になれなかったクズ同然の人たちだ。でも、あなたの母親は、あなたをその歳になるまで育て上げた。決して捨てなかった。あなたは愛情表現の仕方が分からない。あなたの母親だって、あなたをどう愛せば良いのか分からない。それでも決して交わらない意思を感じながらも、あなたを母親は捨てたりはしなかった。だったら、息子のあなたが歩み寄って愛してもらうべきなんじゃないんですか?」
『どうして!? なんで俺が歩み寄らなきゃならねぇんだよ!』
エネルギーランチャーから放たれたビームがオルナの両足を抉り取った。衝撃で全身を打ち付けるけれど、バーニアでバランスを整えてアンブッシュに詰め寄る。
「子供は、親を愛するように産まれるから!」
一人の姉と一人の妹。その真ん中に居るのが僕。母さんは女の子が愛しくて愛しくてたまらないようで、今でも二人を溺愛している。姉さんの一人暮らしには反対したくせに、僕の一人暮らしには賛成するようなとんでもない親だ。
けれど、そこまでないがしろにされていても僕は母さんを愛しく思う。なんだかんだで話には乗ってくれるし、僕が帰って泊まった次の日の朝には、僕の大好きな生姜焼きを作ってくれた。なのに「ウチは週に一回は生姜焼きよ」なんて嘯いて、その愛情に泣きそうになって、そんな僕を見て「まだまだ子供なんだから」と呆れながらも笑ってくれる。
そして、ゲームにのめり込み過ぎておかしくなった僕を、今もまだ息子として見てくれていて、なにより信じてくれている。
だから、僕は母親を“ババァ”と呼ぶバイオを許せない。母さんはいつまでだって母さんなのだ。その暴言がどれほどの鋭さで母さんの心を抉っているのか分かっていないんだ。
理沙を傷付けたことよりも、僕はもうそっちの怒りの方が強くなっていた。
『そんな屁理屈で、復讐を諦めろって言うのかよ!?』
オルナの右腕で握ったソードを振るい、短刀の斬撃を捌き、一撃二撃とアンブッシュに剣戟を浴びせて行く。バックダッシュで距離を置いたアンブッシュが霧に紛れて消えた。オルナを停止させて周囲に気を張る。
「来い、来いよ。僕はもう、逃さない」
呟き、霧に消えたアンブッシュの位置を感覚だけで掴み、その距離を把握する。
そろそろか。
「力でしか自分を主張できないあなたに、たった一つだけ私は要求する!」
左からの射撃によるビームをバーニアの姿勢制御だけでかわし、続いて左斜め上から投げ付けられた短刀を左腕で受け止める。これで左腕を破壊されてしまうが、致命的な耐久力の減少を防ぐ。真上から落下する電磁ネットをブーストダッシュで避け、前方に回り込んだアンブッシュのエネルギーランチャーのビームを、右腕を突き出し、パージで弾きつつ横に逸れることで無傷で済ます。
『こいつ……っ! 直感だけで、どこから来るか分かんねぇ俺の攻撃を全部っ!』
「もっとちゃんと、話し合って、分かっていることを全て白状して、怒りも悲しみも憎しみも吐き出して! それから考えてください。考えた結果、復讐をしたいのなら好きにすれば良い。私はそんなこと知らないし、それはあなただけの私怨であって、他人から頑張れと応援されるべきことなんかじゃないから。でも、話し合っただけで揺らぐような復讐心なら、さっさと諦めて、今後の身の振り方を考えて生きてください。勿論、その先の結末についても私はこれっぽっちも関係がありませんけど!」
ソードを突き刺し、次に貫かせ、最後に引き抜く。剛鎗の時は落下ダメージだったけれど、本来の僕が得意とする三連続ダメージはこの方法だ。でも、やっぱり剛鎗のように長くないし、エンチャントも掛かっていないので、大きなダメージは期待できなかった。
けれど、それより前に剣戟を浴びせていたおかげで、アンブッシュにとってはこの三連続ダメージがトドメになった。
『負、けた……?』
「リアルは複雑で逃げ出したくなります。それでも私たちはあの世界で生きるしかないんです。この世界に居場所があっても、リアルに居場所を作らなきゃ、色々なものを……無くして、しまいますから。だから……彼女のことを、ちゃんと……その想いを、受け止めてあげてください」
密着していたオルナを離れさせる。アンブッシュはその機体の表面にも電流を奔らせ、爆散する。
モニターに『A Win Of Your Team!』と表示され、ゆっくりと景色が薄暗く消えて行く様を見て、僕は大きく息を吐き出してコクピットのシートに体を預けた。
『勝った?』
「勝ったって出てるんだから、勝ったんだよ。っていうか、見てただろ」
『さっすが、スズ。この廃人プレイヤー』
「貶してるの?」
『褒めてるんだけど』
全然、褒められているような気分にならない。
「……理沙にあとで謝んなきゃ。結局、理沙のために……よりも、自分の家族のために、みたいな感じで戦っちゃったよ」
『それだけじゃ、よく分かんないけど……話の内容によっては、そっちの方が桜井さんは喜ぶんじゃない?』
そうかも知れない。ティアに言われてそう思い、二度目の安堵の息をついた。




