場面は転じて
♭♭♭
『見逃して』
「見逃さない」
アンブッシュを追い掛けるオルナを更にヴァルフレアが追い掛けようとする。その構図を断ち切るために半ば強引に接近を試みたんだけど、やはりプレイヤーの心理として後方からの攻撃をシャロンも嫌うらしく、私の接近をすぐに感知して、翻るとともにそんな馬鹿げたことを口にした。
どうあれ、ヴァルフレアの動きは一旦であっても止まった。これでスズはバイオと横槍の入らない直接対決ができるはずだ。
『なにも持っていないクセに』
「そうね、“狂眼”みたいなのは無い。でも、一応はこのゲームを遊んでいるプレイヤーだから。ほら、強い人と当たると、負けるのが分かっていても興奮するでしょう? 一矢だけでも報いたい、って」
『一度負けた相手にどうしてまた挑むの? どうして、挑めるの? 見た目も良い、頭も良い、運動もそこそこ出来る。でも、マヌケってこと?』
「さぁ、分かんない。自分で自分がマヌケなのかなんて、分かんない」
いつもの私なら、この喧嘩腰の態度に、同じく喧嘩腰の態度で臨んでいた。でも、今は目的を持って対峙している。目的も皆無だった卓球勝負に比べたら、責任の重さが違う。
ヴァルフレアをオルナの元に行かせない。それが今の私がやるべきこと、すべきこと、成すべきことだ。
怒りたい気持ちはあるし、この挑発に頭を沸騰させて全速力でヴァルフレアにぶつかりに行きたい気持ちもある。だけど、シャロンはそれを狙っているのが見え見えだから、乗りたくない。思い通りに動きたくない。
“次点認識力”? “狂眼”のことはちっとも分からない。でも、私の次の動きを見ることができているのなら、私がここですぐに退いたりしないことぐらいは分かっているはずだ。
『あなたは邪魔。物凄い邪魔。大した腕も無いクセに。私に挑むなんて馬鹿げてる。また負けたいの? 強いって分かっているなら、挑まないのが普通でしょ?』
「借りを返さなきゃならないから。勝てるかどうかなんて知ったことじゃないわ。それよりもまず、あなたに一発でもお見舞いしたいと思ってるだけ」
パールに長刀を構えさせる。
「現に右腕を切断できたし、撃墜したいって欲も出て来た」
『あなたのこと、言い当てようか? 一言で表すなら、ゲームで作り上げた虚栄心の塊。自分じゃ出来ないことを出来てしまう人に対して、常にコンプレックスを抱いている。たとえば、スズに対してはいつも敵わないと思っている。それがいつもいつもトゲのように自分の心に刺さっている。いつもいつも気にしている。現実のあなたは、なにもかもスズに勝っている。なのにどうして、ゲームでは勝ることができないのか。苛々している。常に苛立ちに満ちている。もう、友情ごっこなんてさっさとやめてしまいたいとすら思って思って仕方が無い』
「あ、……はははは。あはははっ! すっごい! 大当たり!」
『“狂眼”を欲しがっているなら、さっさと“愚者”になってしまえば良いのに。不必要な物を捨て去って、この世界だけを求めれば、手に入るのに手に入れようとしない臆病者』
「……一つ訊きたいんだけど、あなたは誰を相手にして、そうハキハキと喋っているのかしら?」
『誰って、あなたを相手に、よ』
「じゃぁ分かるでしょう、私の反論がなんなのかぐらい」
スラスターを操作して、全速力でヴァルフレアに突っ込む。
「私は! スズと違って、私自身を否定しない!!」
なにも無いのならそれを受け入れる。無いのなら諦めるしかない。
“狂眼”が欲しい? 当り前だ。そんなに便利であるのなら、誰だって欲するに決まっている。
けれど、有るとか無いとか、そんなレベルで物事に優劣を付けてしまうような性格になるくらいなら、いらない。
“愚者”になれば手に入る? それってつまり、あなたに教わったことで貰えるものってことになる。そんな施しは、求めてない。
今の私が――ティアが求めているのは力だ。私自身が備えている、きっとこの先も伸びるはずの、本来持っている素質や資質。
プレイヤースキルの上昇。それが私の欲しいもの。
『私に真正面から挑む?』
ヴァルフレアが長刀を避けて、すぐさま向きを変えて迫る。
『分からない。そんな無謀なことをしたところで、なんにもできない。あなたを倒して、すぐに兄さんを助けに行く』
「私を同ランクのプレイヤーと一緒にしない方が良いわ。少なくとも、ランク8相当じゃないから」
『またそんなホラを吹く。強くない人ほど、よく吠える』
それはこっちの台詞だ。長刀をかわしたんなら、即座に左手に持っているショットガンを放てば良い。なのに、わざわざそのチャンスを逃すかのようにパールから離れた。
ショットガンを二発撃った直後にヴァルフレアの左腕を斬られたから、嫌なイメージが付いている。払拭される前に攻め落としたいところだけど、きっとそんな上手い話はない。
だって私はまだ長刀のクリティカル距離を推し測れていない。まだシャロンがそれに気付いていないから、嫌なイメージと合わせて危機感を持って退いただけ。私がクリティカル距離を分かっていること前提の突貫だと思い込んでの回避行動だ。
片腕を切り落としても、ヴァルフレアは撃墜できなかった。あれだけ加速に特化した装甲の薄い機体なら、長刀のクリティカル距離でほぼ一撃。或いは二撃、三撃で終わる。だけど、さっきのヴァルフレアの動きを見る限りじゃ、まだ随分と余裕がある。“掠められても良いだろう”ぐらいに動きを措いてきた。
私がこの長刀をどこまで扱えているかを調べているかのようだ。ようだ、じゃなくて確実にそうなんだろう。
バレているか、いないか。まだ数回しか振っていないから見破られてはいない。でも、次の一回できっとバレる。シャロンの操縦技術だって、並みのプレイヤーのものじゃない。
さぁ、どうするか。
純朴に、ただ真正面から斬り掛かるのは、気が退ける。というか怖い。スズは真正面から行きそうだけど、それは中身が男だからできる突撃だ。私は現実じゃ、価値観が少しズレているけど、そのような度胸は持ち合わせていない女の子なのだ。多分、スズはそういう女の子っぽいところを私に期待してくれてはいないけど。
「私の先が見えるのよね?」
『……当然』
なんで少し間を空けたんだろ。そこは即答しても良いことだ。現に卓球勝負じゃ「一つ先を見ている」と豪語したぐらいだ。ここでも私に絶望感を味わわせるためには格好の一言じゃないか。
なにか履き違えている? “次点認識力”は正しいけれど、なにかが、私たちの思っていることと違う部分があるのかも。
こちらの動向を探るように、ヴァルフレアが突撃してこないのも気に掛かる。バイオを気にして、攻勢に出られないのかな。また、あの急加速と急停止による突撃を仕掛けては来るだろうけど、それならそれで早く実行に移してもらいたい。
「ショットガン、怖くて使えない? 左腕も切り落としたら、ただの鉄の塊になっちゃうから」
『私には、空中機雷もレインボムもある。両腕を壊されても、体当たりで削りに行くことだってできる。それよりも、自分を心配したら? エネルギーライフルを投げたあとのことも考えていなかったんでしょ。こうやって距離を取っても、二挺目を取り出さないってことは……一挺しか備えてなかったってことか』
「さぁ、どうだろ?」
見抜かれた。
威勢良く言ったところで、遠距離においてエネルギーライフルや実銃を構えない時点で、彼女の予想は当たっていることをそのまま伝える形になってしまった。




