事実に事実で返答する
『今のは狙ってできた連携? 私には、そうは思えないけど』
ヴァルフレアが半回転して元の体勢に戻った。それに続いて、シャロンの通信が入る。
最初の動き方からして連携や協力を放棄していたのは丸分かりだっただろうから、見透かされるのは当然である。
「どうだろうね」
けれど、ここで嘘をつく。“もしも”を頭の中に植え付ける。可能性が邪魔をして、これでヴァルフレアの機動に僅かでも変化が表面化してくれれば御の字だ。
『連携なんて、あなたはできそうにないから、きっと偶然ね。そういう人だから、あなたは』
「私の――僕のことなんて、少しも知らないクセに、よく言えるね」
『知っているから。あなたは一匹狼を装う、ただの独りぼっち。上級生を毛嫌いし、同級生には煙たがられ、下級生には表向きだけ慕われる。誰にも内面を理解されず、誰にも思っていることを口にできず、ただ漠然と日々を意味無く費やす孤独な人。傍観者を気取って、人間関係についてもこれで良いかと勝手に諦めている馬鹿な人。あなたは立ち止まったまま歩まない。痛いから、傷付くからと、進まない。茨の生い茂った道を、たったの一歩も踏み出せない。茨まみれの人生という名の道に、足跡を残せない、残そうとしない大馬鹿者』
僅かな暇があると判断したのか、シャロンは僕のメンタルを削りに来た。
「人を貶すのは気持ちが良いかい? 悪いけど、僕にその手の言葉は無意味なんだ。これっぽっちも響かない。君の言葉は、ただ“事実”を言っているだけで、怖ろしくならない」
『……どういうこと?』
「そんな“事実”は他人に言われなくても、自分が一番分かっている。僕はね、長所よりも短所ばかりを並べ立てられるような人種なんだよ。大概の人が取り繕って、必死に自身の長所を作り上げようと努力する中で、短所だけを見つめ続けているクセに改善しようとも思わず、君の言うように無意味に日々を費やす、路傍に捨て去られるべきゴミのような人間だ。だから、だからさぁ……誰よりも、“事実”を述べられることに強いんだ」
事実を並べ立てられれば誰だって激怒する。誰にだって弱い部分はあり、それを口にされれば頭に血が昇る。血が昇って耐えられなくなる。逃げ出したくなる。だから言葉でまくし立てて、口先でどうにか目の前で敵意を剥き出しにしている人間を跪かせたくなる。
でも、僕は、怒ることができない。自身の“事実”を客観的に見ている。どれだけ自分で罵倒しただろうか。どれだけ自分で自分自身に罵声を浴びせただろうか。
自分で自分が憎くてたまらない。自分で自分に、怒り続けることに疲れた。だってどれだけ怒っても直らないから。ティアやルーティのおかげで捻じ曲がった部分を無理やりに立て直そうとしているけれど、それ以外の部分はもう折れ曲がって直せそうにないから。
『分からない……自分の弱いところを突かれて、どうして冷静で居られるの? バイト先で兄さんに言われたときだって、なんでそんな……冷静なの』
「冷静なんじゃないよ。臆病者なだけだ」
『あなたのことが、分からない』
「僕は君のことが分かるよ、シャロン。まぁ、これも独りぼっちな人間の独りよがりな独り言だと思って聞き流してくれて構わないけど」
シャロンの注意を引けば、同時にヴァルフレアの動きが止まる。そうすればバイオのアンブッシュもどこからか姿を現すかも知れない。マップジャミングが働いている以上は、こうして時間稼ぎをするのも有効だ。
「君は兄のことを高く評価している。兄は優秀な人間だ。それなのに、どうして高校で、まともな評価を得られなかったのか。態度が悪かったからか、その目付きの悪さからか、人を威圧するような顔立ちのせいか、ともかくも、“評価を得られるべきはずの人間が社会の汚泥によって、その成長するべき根を腐らされた”。そう思ってやまない、ただ純真無垢な異父兄を慕う異父妹」
『……黙って』
「だからこそ君は、誰よりも優秀そうに振る舞いたい。きっと、テストでも良い点数を叩き出して、周囲からは頭が良いと言われ、一目置かれる存在になるに違いない。だって、それは君が自らを追い込んだ結果だからだ。本当は未熟者で在りたい。良い評価なんてもらいたくない。けれど、兄が評価されないのなら、妹である自分が頑張るべきだと考えている思い込みの激しい人間。兄の根を腐らせた汚泥の中で、自分だけは芽を生やし、そして花を咲かせなければと常々に考えている大馬鹿者だ」
『それの……なにが……っ!』
ヴァルフレアのスカートが大きく広がり、急加速をして上空へと飛翔した。
『それのなにが、悪いって! 言うのよ!!』
『スカートが広がって、それで上空へ……? スズ、スカートに内蔵されている武装は空中機雷だけじゃない、レインボムもある!』
「了解」
榴弾を上空からばら撒く武装がレインボム。榴弾は着弾後に爆発するが、このレインボムは一定時間経てば自動で起爆する。ヴァルフレアの加速力で上空からばら撒かれれば、それは空中機雷以上のダメージソースになる。
「ねぇ、シャロン? 避けながらで返答させてもらうよ。良いか悪いかで言わせてもらえば、悪いね。君のやっていることは大いに悪い」
オルナを右に走らせて、レインボムが降り注ぐ範囲から逃れ出る。直後の爆発で機体が大きく震撼し、コクピットも予想以上に揺さぶられた。
「君は兄として産まれた人間の重責を知らない。しかも君の場合は異父兄だ」
バイオが彼女をぞんざいに扱うのも、きっとそんな苦しみから来ている。“痛み”を知るべき人間は、バイオだけじゃなくシャロンもまた同じくなのだ。
母親の離婚と結婚に対し反感を買っていた頃に、妹が産まれたとなれば、バイオは「強制的に兄にさせられた」という捻じ曲がった感覚を覚えたに違いない。
母親を憎んでいる人が、そう都合良く、妹を認められるものじゃない。バイオがまだ幼かったならば、幼かったなりに折り合いを付けることもできただろう。兄として妹に尽くそうと決意することだってできただろう。でも、そんな時期は過ぎてしまっていたのだ。
だとしても、バイオの対応は間違っている。そして、そんな兄に対して怯えているシャロンの対応も間違っている。この二人の関係性は、『家族』という形で正さなければならない。
『私が、こんなに! 兄さんを兄さんと呼んで! そして兄さんのために! 頑張っているのに!! なにを知らないって、言うのよ!!』
レインボムでの襲撃を終えたヴァルフレアがすぐさま急加速して、すぐ近場に居たパールを無視して僕の方――オルナへと飛ぶ。
感情的になって、有効的な動きができていない。が、それ以上に感情的にさせすぎたせいで、異常な軌道で動き回るヴァルフレアを捉えることが難しくなって来た。なにせ速過ぎる。あんな速度の機体を“狂眼”で追い掛けたくない。ヴァルフレアとの距離感は把握できても、それ以外はさっぱり分からなくなってしまう。
挑発しすぎただろうか?
理沙に気を付けろ気を付けろと言われ続けていたけど、やってしまった。
ありのままのことを口にして、それに耐えられる人はほとんど居ないんだった。僕は無意識の内に言葉の刃を彼女に振るってしまっていたのだろう。
ヴァルフレアがショットガンを構える。近付かれることを阻止できない。一発をまたパージで防いでも、次はそれを読んで二発目も撃って来るだろう。
オルナにソードを抜かせ、近接戦闘に移る。近付かれることが阻止できないなら、詰められるだけ距離を詰めてやる。それこそショットガンの銃口が向けられないほどの近距離に入り込むしかない。
『あなたに私たちの、なにが、分かるの!』
よくある陳腐な台詞だ。それに対して「分かるよ」と答えても、「分からないよ」と答えても、どっちにしたって陳腐な返答になってしまう。
とてもとても、陳腐な話になってしまう。そうじゃないのだ。今まさにここで、シャロンは叫んで苦しみを吐露している。
その叫びに応じて、彼女を撃墜させようなんて思っちゃいない。感情的ではあれど、撃墜させられるかも定かじゃない。そんな自信は、全く無い。
「じゃぁ訊くけど」
ショットガンを構えるより先に、その伸びた腕の奥の奥まで機体を詰めることにどうにか成功する。
「君に“兄”の、なにが分かるの?」
反応はやはり早い。オルナにショットガンを撃てない距離まで詰められたと分かった途端に、ヴァルフレアはバックダッシュで離れた。そして離れ際に、撃って来た。しかし、狙いが正確じゃなかった。ばら撒かれた弾はどれもこれも、オルナの右脇腹付近の装甲を抉って行ったが、直撃しなかった分、耐久力の減少は控えめだった。
『兄さん、の?』
「違う。兄の、だよ」
『言っている意味が、分からない』
「……そう。だったら、君にはまだ分からないんだ」
出来の悪い兄が、出来の良い妹を持つときの気持ちを、知らないのか。
出来の良い妹は誇りだ。出来の良い妹は居る方が良い。
けれど、その境地に達するまでの、劣等感は半端じゃない。
オルナでヴァルフレアを追跡しようとも思うが、あの加速力に追随はできないだろう。ここはもう大きく距離を取られてしまった以上は、無理して攻めるべきじゃない。
『右!』
ティアの通信で即座にオルナを右に回す。アラート音も鳴っているが、もう遅い。オルナはアンブッシュの電磁ネットに捕らわれて、三度目の電流が僕の体を襲う。
脳が焼ける。そんな大げさなイメージでしか、この痛みは表現できない。実際の電流はこんなものでは済まないだろう。リアルじゃ絶対に電気系統には気を付けよう。
ともかく、そういうことを考えられるんだから、痛覚はしっかりと鈍くされているんだろう。




