間隔を見出す
「趣味が悪いですね」
『それこそテメェの価値観だな。悪癖という言葉はあっても良癖という言葉は無い。悪趣味という言葉はあっても、良趣味という言葉はない』
「だから悪趣味という言葉は間違いだ、なんてことは言いませんよね?」
こういった話はつまらない。結論が出ないから話したところで、議論にすらならない。
『俺が“痛み”を知らなきゃならないと言ったな、テメェ』
言いながらアンブッシュが近付いてくる。ルールとして、フレンドリーファイアは無しだから空中機雷の探知範囲に入っても、それが原因で爆発することもない。バイオにしてみれば、オルナは格好の的ということだ。
『その前に、テメェも痛みを知れよ』
アンブッシュの右手と一つになっている、一際大きな銃口がオルナに向く。ライフルやランチャーとは違う形式で、それも手と一つになる武装は限られて来るが、この形状の物はすぐに判別できる。
「シュートネット……?」
『察しが良いじゃねぇか。だったら、これがどういう意味でテメェに“痛み”を伝えるか、それを察することもできるよなぁ』
アンブッシュの右腕から電磁ネットが放たれる。空中機雷を気にして、避けることができない。そしてシュートネット自体は放出直後から網が大きく広がるために、そもそも避けることも難しい仕様となっている。
なにより厄介なのは、このシュートネットという武装は機体の身動きを一時的に封じるものであり、直接的な耐久力への影響が“皆無”という点だ。これで少しでも機体の耐久力を削る仕様であったなら、僕の“直感”は働いただろう。ここで動きを封じられながらダメージを受けることを選ぶか、それとも空中機雷群の一方向に突っ込んで、ダメージは喰らうものの取り囲まれた状態から脱出することを選ぶか。そういった判断が行われていたはずだ。
でも、“ダメージを受けない”。この一点のせいで、僕の“直感”は、ここで動きを拘束されることを選んでしまった。それがどういったことをもたらすかまでは、本能も考えちゃいない。
電磁で形成された網に捕らわれたオルナに電流が走る。そしてこれは、コクピット内にまで通るほどの電力が備わっている。つまり、通常であればただの拘束系統の武装。けれど、プレイヤーにとっては地獄以外のなにものでもない。
全身を電気が走る。電気マッサージだとか、そんな生易しいものではなく、脳を焼き切るのではないかと思うほどの激痛だ。大げさな表現だけど、僕は打撲や打ち身による鈍痛とは異なる痛みには弱いんだ。野良でも何度か電磁ネットに捕らえられたことはあるけれど、やっぱり嫌いだ。痛覚は鈍くされているはずなのに、ガリガリとメンタルを削られる。
逆に言えば、痛覚遮断がされていなければこれ以上の痛みを体は訴え掛けて来るということだ。そんなこと、想像したくもない。
思わず声が漏れる。痛みに堪えられずに悲鳴を上げてしまった。オルナも煙を噴き出している。
そうして、十数秒に渡ってオルナを拘束していた電磁ネットはそのエネルギーの供給源を失い、自壊する。その瞬間に、僕の体を通っていた電流も抜け出て行く。
これで機体そのものはノーダメージなんて、やっていられない。早急に空中機雷をどうにかしなければ、こうしてバイオは僕を痛め続ける気に違いない。
「…………これは、予想外……だった、かな」
『二回目、喰らうか?』
「……喰らいたくは、ありませんけど」
この後に及んで、まだ女性という嘘を貫き通そうとしている僕は、とことんまでネカマに慣れてしまったらしい。
『まぁ、ここはゲームの中だ。脳が溶けようが、どうなろうがリアルじゃ、死にはしねぇよ。多分、なぁ』
下卑た声だ。
人間は本能的に優位に立ちたがる。これは昔から人間のDNAに刻み込まれているものだ。そもそも古代から争い続けているのだから、当然の代物だ。サディスティック、サディストという言葉があるように、人は潜在的に誰かを傷付ける衝動を秘めている。それらを抑えるのはモラルや常識、そして環境だ。けれど、バイオにはその抑えてくれるべきモラルも常識も、環境も無い。
相手が異性であれば尚のこと、上に立ちたがる。男性だろうと女性だろうと、それは一切変わらない。痛め付け、虐げ、そして侮蔑することが一つの充足感なのだ。
だからこそ、バイオは躊躇わずにオルナに二発目の電磁ネットを浴びせて来た。再びコクピットに電流が走り、僕にまで駆け抜ける。体の内部を焼かれて行く。この世界のキャラクターに内臓関連があるのかどうかも疑わしいのに、体は確実に内臓の異常を訴え掛けて来るのだから、たまったものじゃない。
炎は外から焼いていく。けれど電流は中も外も構わず、焼いていく。感覚が鈍っていく。意識が朦朧とする。
けれど、その電流が駆け抜けた直後に僕は自身の頭を操縦桿に叩き付けて、混濁した意識をともかくもハッキリとさせる。
「これは、思い出すからやりたくない、って言っている場合じゃない、かな」
“あいつ”を、今ここで拒否してもどうにもならない。意味も無く、僕の精神力や体力を削る電磁ネットを浴び続けたくはない。
「今だけは、認めてやるよ……。お前の言っていたことは、ゲームの戦略面においてだけは、正しい」
エネルギーランチャーを起こして、アンブッシュ目掛けて照準を定める。
『撃つのかよ!? 撃てるものなら、撃ってみろ!』
「そう急かさずとも、撃ってあげますよ」
躊躇わない。起こしたエネルギーランチャーではなく、エネルギーライフルの方でアンブッシュを撃つ。ランチャーを起こしたのはバイオの意識をそちらに向かせるためだ。そして、僕が撃つと言えば、この状況なら確実に引き下がる。フレンドリーファイアで爆風に呑まれたところで耐久力は削られないと分かっていても、本能的に機体を逃がす。
だって、分かっていても爆発を間近で浴びるのは、“怖いから”。
アンブッシュがかわしたことでビームはただ空を突き抜けていくが、空中機雷の探知範囲から外れているらしく、爆発の兆候は見られない。
そこを穴とは思わない。ビームなら抜けられても、機体そのものは抜けられない。すぐさま転回を続け、設置上限15個によって成される空中機雷群の中、その綻びを探す。
「探す、探す探す……探す!」
捉えるべきは、バイオでは無い。空中機雷だ。一つ一つを捉え、距離感を掴み、そして把握して行く。
「この場所、この範囲は僕が支配した」
『なにをやったってテメェは、そこから動けねぇよ』
『待って! オルナから離れて!』
シャロンはどうやら、僕の変化を感知したらしい。バイオは舌打ちをしたのち、アンブッシュを霧の中へと下がらせた。
「ずっと、あんな苦痛に悶えるわけにも行きませんので」
呟きつつ、穴を見出す。右斜め上。空中機雷の個数が全周囲のそれと平均して、やや少なく感じられた。だからこそ、オルナの向きを合わせて、その方向へとブーストを最大限にして駆け抜ける。
右肩が空中機雷の探知範囲に触れたらしく、すぐ近くで浮遊していたそれが爆発を始める。耐久力が削られた。けれど、誘爆には誤差が生じる。そして穴を見つけてしまえば、抜け出すことは難しくない。
ただ前方へと機体を飛ばす。後ろから爆発が迫るが、構わない。耐久力がコンスタントに削られていくが、構わない。そして一定の範囲から抜け出たところで、耐久力の数字は連続的な減少状態から停止した。
『スズ! また無茶をしたんじゃないでしょうね!?』
「無茶なんかなんにもしてないよ。ただ、そっちにシャロンが向かってる。注意して」
言いながら、オルナを反転させてアンブッシュの姿を僕は探す。




