考えるだけでは答えは出ない
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次の日の金曜日。今日の午後五時。それが望月の提示した時間だった。デートの取り決めや、告白の時間指定ではない。単純に、彼女の兄が示した『Armor Knight』内における対戦の時間だ。
それを告げに来たとき、人目の少ない中庭の隅っこで、昼食を摂り、午後からのテストに備えていた僕をよくもまぁ見つけたものだと関心したけれど、教室から出たところからずっと話をするタイミングを窺っていたと考えれば、不思議な話でもない。
「一つ先を見ている」と望月は倉敷さんと卓球で勝負した際に言っていた。打球を読み、そして打ち返したところからそれは証明された。
恐らく、本当に一つ先を見ているのだとしても、リアルでは一人が限度に違いない。僕の“狂眼”と言われる、直感がもたらすものがリアルでは制限されるように、彼女もまたリアルでは制限されている。
ならば、ゲーム内ではその制限も無いってことになってしまう。
「未来予知……じゃないな。筋肉の動きを見ている“観察力”、あとは造語になっちゃうけど、“次点認識力”程度、かな」
狩りゲーでよくあるプレイヤーのキーやパッド入力に反応して到達点を割り出し、未来予知のように狙って当てて来る、僕らが偏差射撃をするように、あの手のモンスターもプレイヤーの行き先を計算するようにプログラムされている。望月はそれに近いことができるのだと推察している。
それにどう逆らえば良いのか、どう歯向かえば良いのか、対策はあるのか。それを嫌々ながらも模索した。
結果、無理だと結論付けた。僕の“次点”を垣間見ることができるのであれば、それに抗うのは酷く難しい。コントローラーによる操作じゃ簡単にプレイヤーキャラを切り返して回避できる。それは僕らの目が、敵に分かりやすいモーションを与えてくれたゲーム側の配慮で対応できているからに過ぎない。強力な攻撃であるほどノーモーションではない。だから、避けられる。
でも、望月は違う。彼女が機体を動かすとき、そんな分かりやすいモーションは挟まないだろう。だって、そんなことをしてしまえば負けるから。だから、きっとノーモーション、ノーアクション、ワンアクションで到達点に攻め入ってくる。
撃墜されるかされないか。パージは必要か不必要か。喰らえば致命的か致命的じゃないか。撃墜されないと脳が判断すれば、僕の“直感”は撃墜されない程度の損傷に機体を留める。
だからこそ対等じゃない。“次点を認識できること”と“直感的に危ないと思うこと”は、前者に大きく分があるのだ。
「まぁ、元から直感に頼り切る気は無いけど」
ボヤきながら僕はおにぎりを食べ終えて、テストのある教室へと戻る。
リョウのときは、“愚者”になり掛けるまではパージを使わずにプレイしていた。それでも充分に戦えていた。だから、直感に頼ったプレイングに慣れてしまってはいないはずだ。
『雷神』は用心深く、狂わなかった。だから『雷神』は居なくなった。『スリークラウン』に居てはならないと分かったからだ。
僕は、あれで良いと一時であれ、思っていた。あの狂った、グシャグシャになった自分自身が、心地良いと感じていた。
でも、VRゲームの世界に入り込んで、リアルを放り出してしまおうとしたあの感覚は、間違っていると今となっては言うことができる。
望月には望月の、そして異父兄の大河内さんには大河内さんの事情がある。二人のそれはきっと、誰にも話すことのできない矛盾や理不尽さだろう。
どうしてこうなったんだ、と常々に世界に怒りをぶつける恨み節。そして、どうしようもない、と果てに思い至った諦め。その二つで織り成される、似ているけれど似て非なる二つの怨嗟と怠惰だ。
「さて、と……お昼からは、英語か」
僕は中庭から教室に戻り、筆記用具を揃えてその時を待つ。
頑張ってはいるけれど、英語は正直なところ、苦手だ。
そんな苦手意識を抱いたままテストを受け、そして終えて、僕は教室を出る。今日はもうこれで終わりなので、このまま真っ直ぐ帰ることができる。
「なぁ、立花?」
階段を降り切ったところで、いつもゲームの話題のときだけ、或いは時々、友好的に話し掛けて来る、あのリア充グループの一人の声がした。
「……なにか?」
「お前、望月と付き合ってんの?」
「……は、ぁ?」
首を横に傾げる。
「そんな噂、流れて、るの?」
「さっきの昼休みもお前を望月が追い掛けていただろ。だから、なんかあんのかなーって」
「なんにもない。誓って言うけれど、なんにも、ない」
僕にはなんにもない。
「僕はゲームしか取り柄がないのに、なんで?」
彼は僕の問いにやや伏し目がちになる。
「なんで、って……気になるから、なんだけど」
これはもしかして、彼は望月のことが好きなのだろうか。それだとあらぬ誤解を与えてしまったことを詫びなければならないのか……?
「望月とはなんにもない、から。なにか勘違いさせたんなら、御免」
「は……? ち、げぇんだけど? というか、なんでお前、謝って、っておい!」
御免、急いでいるから。
そんな簡単な言葉すら僕は口にしなかった。
僕はここで止まってはいられない。あんまり長居したくない。彼だって、僕と話している場面をそう多くの生徒に見られたくないだろう。それでクラスメイトに嘲笑のネタにされたら僕もたまらなく苦しい。
制止を無理やり振り切って、僕は校舎を出て、いつもより早足気味に通学路を歩き、帰宅する。
すぐさま『NeST』を接続しHMDを被りたいところだったが、諸々の用意がある。主に夕食の事前準備と、あとは生理的欲求が限界じゃないかどうか。そんなことで勝負中におあずけをバイオに喰らわせたら、全てが台無しだ。失笑されるだろう。
夕食の下ごしらえを済ませ、そして小腹が空いていないかやトイレに行きたくないか、このあとに重大な用事を入れていないかどうかを再確認して僕はパソコンを立ち上げ、HMDと『NeST』に接続。全神経を、すぐ傍にある機械に委ねた。
時刻は午後四時半。約束の時間まであと三十分。これほど早くにログインしたところで、なんにもやることはない。それでも、衝動に駆られるかのように僕はこの世界に入っていた。落ち着きがない。とことんまで落ち着きがない。
「そういや、一対二、か。どうやって戦おう……かな」
「ふざけんな。2vs2に決まってるでしょ」
僕の独り言に、さも当然のように声が返ってきたので、さすがに息を呑んでしまう。振り返ってもそこには誰も居ない。気のせいかと前を向くと、すぐ近くにティアの顔があった。
「え、なんでログインしたって分かって……」
「フレンド登録してるでしょ、忘れたの?」
「……いや、登録はしてるけどログアウトしてるかログインしているかは設定で非公開にしているんだけど」
「それ、『NeST』での設定でしょ」
ティアは勝ち誇ったかのように言い放つ。
「私があなたの家に行ったのが、ただバイオについての意見交換のためだと思った?」
迂闊だった。
そうだ。僕の下宿先に、彼女は来訪していた。
『ちょっと、調べたいことがあるから借りて良い?』
そのときのことを思い出す。テスト勉強を一つ年上の彼女に少しだけお願いした。ほんの少しだけ、だ。そのときパソコンは起動させていたけど、自分のそれを他人に扱わせることはなんだか嫌だったので、パソコンか『NeST』かの二択で僕は迷わず、倉敷さんに『NeST』を貸したのだ。
そのとき僕は、彼女がどうしてスマホで調べ物をしないんだろうかと疑問に感じたものの、ネットに転がっている資料によってはタブレット型端末の方が画面サイズも相まって、見やすいことがある。だから、きっと細かい文献でも暇潰しに読むのだろうと自己完結してしまった。
横目で見た限りには、普通にネットで文献を漁っていただけだった。けれど、僅かに目線を逸らしたそのときを、彼女は狙っていたのだろう。
僕が『NeST』の存在を忘れて、勉強に夢中になる瞬間だ。
その隙に、倉敷さんは『Armor Knight』のアプリを起動させてフレンド設定を弄ったのだ。『NeST』にはパスロックを掛けている。指紋認証も掛けている。しかし、貸したのだから、その両方を解いたのは僕自身だ。彼女の操作に弊害は生まれない。
特に僕は面倒臭がりで、自分以外に滅多に触らせることも無いだろうと、パスロックと指紋認証後の『Armor Knight』に関するアプリやその他諸々のログインは全て、アプリの立ち上げ時に自動ログイン承認にしている。
倉敷さんはフレンド設定にある『フレンドに対してゲームにログインしているかを知らせるか?』という項目を『はい』に変更したのだ。
だから彼女は、僕がなにも今日のことについて話していないのに、ここにこうしてティアとしてほぼ同時にログインすることができたのだ。
「最低だ」
「最低でも結構。どうせ、一人でなにかするだろうなと思って、出し抜いてやっただけだもの」
ティアは軽く僕の足を蹴る。
「また怪我をしたらどうするんだ」
ゲームに熱中すれば熱中するほど、現実に怪我を引きずりかねない。だから一人で済ませようと思っていたのだ。
「良いわよ、別に」
「シャロンにまた馬鹿にされるかも知れないのに」
「それは癪に障るけど、だからって見過ごすわけにも行かない」
「……なんでそんなにお節介なんだ」
「それはあなたが、そういう人だからでしょ。私がお節介なら、あなたはお人好しよ、お人好し」
「そういう風に言われるのは、嫌いだ」
「嫌いで結構」
「またそうやって、僕を追い詰める」
「追い詰めなきゃ納得してくれないじゃない。残念でした、私はルーティみたいに甘くないわよ。私自身がやらなきゃならないと思ったことを、あなたに要求するの。私を参加させて。相手は二人。だったらこっちも二人でしょ?」
「一人で良いよ」
つっけんどんに言い放つ僕に対し、ティアは膨れっ面を見せる。
「ここで私の要求を呑まなきゃ、現実で大変なことになるわよ?」
「大変なこと? 大抵のことには動じないよ、僕は」
「あなたのパソコンを鉄くずにする。あそこ、意外とロックが脆いわよね。その気になったら、不法侵入なんてわけないわ。女性の身体能力舐めんな」
「それはやめてください勘弁してください許してください死んでしまいます分かりました二人で行きますだから鉄くずにするのは勘弁してください」
パソコン所有者は、ふと不慮の事故で死んだあと、自分のパソコンはどうなるのだろうかと心配する。それほどそこには、特に男にとっては大切なものが詰まった夢の宝箱なのである。それを鉄くずにすると言われた瞬間から、僕の返事はもう決まってしまった。




