にゃお
スズではなく、リョウとして『Armor Knight』にログインする。このキャラでバイオに復讐をするというわけじゃない。なにより、まだバイオと確定したわけじゃない。だから、スズではなくリョウとして動く。
単純に『スリークラウン』のギルドメンバーから情報を訊き出すってだけだけど。
ログイン広場のすぐ隣にあるギルドエリアに入り、奥の方の大きな施設の入り口付近にある端末に近付く。コンソールを中空に指を滑らして呼び出し、重要アイテムに分類されているギルドパスを取り出して、その端末と重ねる。瞼を閉じ、そして開くと、僕は『スリークラウン』のギルドフロアに転送されていた。
ギルドは設立時にギルドフロアを与えられる。そこに入ることができるのは、ギルドマスターとサブギルドマスターから発行されるギルドパスを持っている者だけに限られる。ギルドメンバーは多くとも、ここに入ることのできる人は限られるってことだ。
それにしても、このギルドパスがまだ有効とは思わなかった。
「お家騒動のあと、弾くように設定しておけよ」
呟きながら、僕は前方の奥、壁際に置かれているソファで寝た“フリ”をしている、にゃおに近寄る。
「聞こえてるだろ、にゃお」
「ん~、ふぁ~、よく寝た」
「ふざけんな。このVRゲームで寝落ちはあり得ない」
「いやー? 目を瞑っているとなんとなーく寝た感じにはなるよー」
金色の猫耳と獣の尻尾をフルフルと小刻みに動かしながら、にぱっと快活な笑顔を、にゃおは向ける。
「で、どうして僕のギルドパスは弾かれてないんだ?」
「んー? リョウがサブギルドマスターだったときのパスは多分、弾かれてるよ? アイテム欄はちゃんと確認した? もう一つの、あたしが渡したやつじゃない?」
言われて僕はコンソールの画面を覗き、アイテム欄を眺める。
「あー……貰ってたっけ。いや、貰ってたとしても、ここに来るタイミングが悪かったらメンバーの空気を悪くするかも知れないんだから――というか、もうほとんど引退してたんだからこっちのギルドパスも弾いとけよ」
どうやら僕は二枚のギルドパスを持っていたことを忘れていたらしい。一方は『氷皇』としてのギルドパス。もう一方は『雷狼』のにゃおから、引退間際に渡されたギルドメンバーとしてのギルドパスだ。片方はもう使えないけれど、もう一方は使える状態らしい。にゃおが発行主である以上は、彼女が僕のアカウントを弾く対象にしていないためだ。
「やー、幽霊部員ってーの? そーいう感じで、また戻ってこないかなーって思ってねー。リョウは除籍でも除名でもないしー、だからプロフィールタグから所属ギルドが『スリークラウン』の表記が消えてないんだしー、だったら、まー弾くのも悪いかなーってねー」
そこでにゃおはソファから起き上がる。
「こーして、ギルドフロアに入ってきてくれたわけだしー。さすがはさすが、やっぱギリギリのギリで、あたしが発行したギルドパスを渡しておいて良かったよー」
「復帰したわけじゃない」
僕が首を横に振ると、にゃおが残念そうに猫耳と尻尾をダランッと垂らす。
「リアルの話になるけど、部活動は?」
仮想世界においてリアルのプライベートな話題を出すのはご法度だけど、『スリークラウン』のギルドフロアには確認したところ、にゃおしか居ない。だから、二人切りであれば許される。にゃおもその辺りは分かっているから、僕を怒っては来ない。そもそもこいつが僕に怒ったことってあったっけ?
「テスト期間中だからねー。特に今日は午前帰りだったよー。だからこの時間にプレイできているわけだし」
それは丁度良かった。にゃお以外に情報を訊き出せる勇気は無かったので、ありがたい。
「あたしとしては、久し振りに戦いに行きたいんだけどなー」
「嫌だよ。お前と戦っても勝てないし」
「やー、リョウとの勝率はもう100%で維持しておきたいから、まかり間違って負けたくないし御免なんだよねー。どっちかってーと、複数対複数の勝率上げがしたい」
「僕は勝率上げ機じゃねーよ」
「だってリョウとチーム組んで対人戦に臨むと、勝率が九割以上じゃん? 他の人と組むせいでその勝率が下がっちゃうから、まー今は勝率九割じゃーないけどねー」
個人としての成績として見れば、僕の勝率は芳しくない。しかし、チームプレイでの勝率は極めて高い数値で落ち着いている。これは僕がワンマンプレイヤーで、身勝手な戦い方ばっかりしていたことで、チームが一応は勝利に導かれていたからだ。勝負に勝ってチームメンバー内の仲が不穏なものになる。そんなよく分からない状況も生み出していたけど、彼らの戦績は汚していないから、ブラリ推奨プレイヤーにされるまでは、感謝されているものとばかり思っていた。
「今日は対人戦もする気はないんだよ」
「じゃー不貞寝を続行するしかないかー、つまんないなー」
「不貞寝しているフリ、だろ」
「親に怒られちゃってさー、もー、勉強勉強ってうるさいんだよねー」
実の娘がテスト期間中にVRゲームをしていれば、そりゃ勉強勉強と言いたくもなるんだろう。なんだろうか、身に覚えがあるからか、妙に体が強張ってしまう。
「んで? 復帰報告でもなく、対人戦もしないんなら、今日はなにをしに来たのー?」
「バイオとシャロンについて、知っていることはないか?」
にゃおは、特徴として出している犬歯が見えるくらいの朗らかな笑顔から一転して、暗い表情を浮かべる。
「シャロンは知ってる。でも、バイオは知っていても、あんまり喋りたくなるような内容は無いかなー」
「要するに二人のことは耳に入っているんだな」
「『スリークラウン』は優秀ならブラリ推奨プレイヤーでも勧誘するギルドだからねー。そりゃ優秀なら勧誘対象としてギルド内で話題として上がることはあるよー……主にシャロンの方が中心で、バイオはオマケだけど」
「……なんで片方だけ取り上げられて、もう片方はおざなりなんだ?」
「だって、バイオは言動があれじゃん? あたしに訊くってことは、リョウもバイオの高圧的な発言についても一応は耳に入ってんでしょ?」
高圧的な発言は柔らかい表現だ。バイオのあれは暴言だ。
僕の表情から、色々と察したらしく、にゃおはギルドフロアを円を描くように歩き出した。考え事をしていると、とにかく体を動かしたくなる人は居る。そういう人は家だろうと部屋だろうとどこだろうと、クルクルと歩く。にゃおもそうだ。
「ブラリ推奨プレイヤーとしてバイオが取り上げられても、優秀なら『スリークラウン』は平等に扱うんじゃなかったっけ?」
「優秀……うん、確かに優秀かも知れないね。でも、バイオはシャロンあり気の戦い方をする。あれを、優秀と捉えるかどうかは賛否両論なんだよ」
「シャロンあり気の戦い方?」
「主にシャロンが過労死するんじゃないかってくらい、彼女の機体がマップを駆け巡るんだよ。大体は対人戦で2vs2で戦っているみたいだけど、戦った相手はみんな、シャロンとだけ戦っているみたいに思うみたい。つまりー、見えるのはシャロンの機体ばっかりでバイオを見つけるのがとても難しい」
バイオはシャロンをパートナーと呼んでいた。でも、その実、戦法はかなりシャロンに無茶をさせる形であるらしい。
それにしても……2vs2か。ゲームで勝負に持ち込んでも、これはなかなか骨が折れそうだ。




