失敗した場合の、僕への罰
「最短ルートは三階行って、地下二階に降りて、そこから四階まで上がるルートだっけ?」
『マイナーアップデートでなにかしら手を加えられていない限りはそのルートのはず。二階を選択したりしないでね』
パールが機体専用エレベーターに乗ったことを確認して、僕はモニターに浮かび上がった『二階』と『三階』の二つから、後者を選ぶ。二階に行くと、最短ルートに比べれば明らかに手間が掛かる。階層構造のマップは、この選択肢によるルート構成が多岐に及ぶようになっている。
最短ルートはネットに載っていた。わざわざ攻略して、ついでにルートの分析までしているんだから、ガチな攻略勢は怖ろしいものだ。
アズールサーバーは対人戦ガチ勢が多いものの、攻略ガチ勢が少ないので、割とネットの情報には頼り切りなところがある。サーバーごとに特色があって良いとは思うけれど、特にアズールサーバーの対人戦における意欲は異常なのだ。
それもこれも『スリークラウン』や『オラクルマイスター』、『Re:Burst』などのギルドがアズールサーバーにあるからなのだが。
「エレベーターに入った位置的に僕が左かな。ティアは右からお願い」
『三階って銃で弾幕を張られるのよ。柱を盾にして近付くのも面倒だから、あんまり好きじゃない』
「エイムが上手くないと迎撃も難しいからしょうがないよ。得手不得手は互いにフォローする感じで」
『その言い方をされると、私ばっかり不得手なものが多いような気になって、好かないんだけど』
「いや……激励のつもりで言ったのに、そんな嫌悪感を露わにされても困るよ」
男と話すのが苦手、そしてエイム力が無いために遠距離戦闘を得意としない。
リアルじゃ文武両道なイメージのティアがネットじゃ苦手なものが二つもある。天は二物を与えないというが、それにしては天は、彼女のリアルにたくさん恩恵を与えすぎだろう。僕にも少しぐらいは分けてくれたって良かったのにな。
エレベーターのドアが開くと同時にマップ画面が更新される。一歩でも三階エリアに入れば一斉射撃、というようなことはない。これもまた、真正面から突撃さえしなければ集中砲火は避けられる。端から舐めるように攻めることは変わらない。
変わるのは、移動速度。相手は遠距離特化に調整されたCPUを搭載した機体である。索敵範囲が一階の機体よりやや広く、一機に見つかると、僕が一階で二機を相手取ったときのように連鎖する確率が高くなっている。
『ま、一階とやり方は一緒。私は手間取るからその分、そっちは即行で仕留めて行ってね』
「先行してやられに行って良い?」
『私一人でパイロキネシスを相手しろって言うの? 別にそれはそれで構わないけど、あとでスズには罰を与えるから』
「どんな?」
『スカートを履かせる。それもミニなやつ』
…………真面目に攻略しよう。ふざけて撃墜だけは絶対に避けよう。いや、だってスカートだよ? このスズでスカートを履くとか、そんなの無理無理無理。スズは女の子でも僕は男なんだ。あんなヒラヒラしたものを履けるものか。しかもミニとまで付けたし。嫌だ嫌だ嫌だ。
「頑張ります」
『それで良し』
「なんで上から目線……」
スカートで思い出したが、僕はティアに逆セクハラを受けたことがある。話がどうやってそっちに向かったかはいまいち憶えていないけど、確か「どうしてスカートを履かないの?」とプレイしていたときに訊ねられたからだったと思う。「あんな布面積の少ないものを履くくらいなら死んだ方がマシ」と答えたんだけど、ティアはからかうように自身のスカートを僕に見せ付けるように、たくし上げたのである。無論、見えるか見えないかのギリギリのところで彼女はスカートを降ろしたのだが。
そのときの僕の動揺たるや……語りたくもない。ただ、まさに女性に対する免疫力の無さを露呈してしまったとだけ言っておこう。その動揺があまりにも面白かったらしく、時折、スカートを話題に出すようになった。
性的嫌がらせを地で行くのだから、たまったものじゃない。そもそも、なんで男の僕が女の子のティアにセクハラを受けてしまっているのか。
ご褒美だって? リアルで本当にスカートを捲ってくれるならばご褒美だろうけど、仮想世界の仮想の肉体の仮想の服によって構成されたそれを見て、僕は喜べない。そういうものは三次元に存在してはならない事象なのだ。全て二次元だから良いのである。
二次元の女の子は自分からスカートをたくし上げないのである。エロゲー以外。
『なーんか、サイッテーなこと考えたりしてない?』
脅しを掛けるようなティアの通信に、僕は怯えながら「してないしてない」と答えて、オルナをエレベーターから降ろした。そして左回りで機体を走行させる。
オルナに防盾は備えさせていない。リョウの乗るテトラなら、ここは防盾を構えて強引に距離を詰めに掛かるわけだけど、それができないとなればジグザグに走行して耐久力を減らさないように心掛けるしかない。実弾による連射――俗に言うサブマシンガンに属する銃器は全弾を避けることが極めて難しい。射線上に入らないことを徹底しなければならないけど、壁に沿って動く以上はそれもできない。断続的に続く連射にはパージも対応し切れないし、CPU相手にパージを使うのは得策でない上に、成功の確率が低い。
スカートは絶対に嫌だ。
そういう思いからか、僕はいつも以上に操縦に全神経を傾け、サブマシンガンによる銃弾の嵐を駆け抜けていく。接近の際にはエネルギーライフルによる牽制も続け、それだけで一機を破壊することができた。そのせいで、二機ほどチェインしてしまったが、ここまで距離を詰めたらあとはどうにでもなる。
エネルギーライフルからソードに持ち替える。両手が使えないと、この動作だけでウェイトを挟むので、その間に耐久力が削られていくが、対人戦時の火力重視の敵機体と比べれば微々たるものだ。そう楽観的に考えながら、一撃二撃と浴びせながら機体を回し、更に走行させて敵機体の後方を取り、ダガーナイフを突き立てて壁沿いにエレベーターの方向へと引き下がる。そしてエネルギーライフルの三連射を一機ずつに浴びせて撃墜する。
「三機撃墜。外れ」
『こっちはまだ一機。なんでそんなに早いの?』
「同時に相手にした方が早く済むから」
そんな当然の返しをしてみたが、これだけでティアは納得しないだろう。
「ここの機体、遠距離に特化させているせいか耐久力が低いんだよ。だから近付きながらビームを浴びせつつ、近接戦闘に持ち込んだら一撃か二撃で確実に落とせる」
『その近付くっていうのが難しいし、なにより私はエイムが得意じゃないってさっきも言ったでしょ』
「それなら、もうこう答えるしかないよ。純粋にスカートを履くのが嫌なんだよ」
僕のスカートを履くか履かないかが懸けられているのなら、僕は全力でこのミッションを終わらせに掛かるしかない。多少は雑になるだろうけど、それでもクリアさえすれば僕はその罰から逃れられるのだ。
『そんなにスカートが嫌なんだ?』
「嫌に決まってるだろ」
頭おかしいんじゃないか、その質問は?
柱を盾にして、機体の配置予想をマップ画面にピンで示していく。
『意外と履いてみると目覚めるかもよ?』
「そんな方向に目覚めたくなんてない。というか、ティアだってスカートは履かない方じゃないか」
女子高なので、当然ではあるがきっと制服はスカート着用だろう。しかし、望月と勝負をしていたときには体操服に着替えていたし、そのあとに口論となったせいでマジマジと制服姿を見ることは叶わなかった。この表現だとまるで僕が見えやすいところでしっかりと制服姿を見たかったみたいになってしまう気がするんだけど、なんだか湾曲してしまっていないか心配だ。
リアルで会うときは基本、倉敷さんはデニムというかジーンズを履いている。初めて会ったときもスカートを履いていなかった。そのこともあって、線の細さが目に見えて分かったし、腰の位置も高めで更にモデル体型であることを知らされた。
彼女の体型をよりリアルに見ることができたのは良いことなのか悪いことなのか、判断に困るけれど、僕にスカートを履かせることを強要するクセに、倉敷さんがスカートを履いている様を見たことは一度も無い。おかしなことに、仮想世界であるここではスカートを履くことが多いのに、だ。
『現実だと盗撮とか怖いから』
「……それ、男性恐怖症じゃない?」
『女性に免疫力が皆無なスズが言うことじゃないよね。二機目撃破。外れ』
「こっちはこれで四機目、これも外れ。あとここには四機だから、もう総当たりになりそう」
『スズに見せる分には恥ずかしくないんだけど』
「ふぇっはぁいっ!?」
変な声が出ると同時に、衝撃がコクピットを襲う。体が左右に揺さぶられるだけじゃなく、頭の中も掻き乱された。耐久力の数値を見てみると、案の定、ゴッソリと持って行かれている。
「変なこと言わないでよ! ランチャーの爆発が機体を掠ったんだけど!!」
掠ったというよりほぼ命中したと言っても良い。奇跡的に損傷ゲージがギリギリのところで止まっているので、機体に損壊が無いだけ良かったんだけど。
『え、いやほんとに、スズになら幾ら見られても良いんだよ』
「僕のメンタルを削りにこないでよ! なんで味方なのに落とさせようとするわけ?!」
『スズのスカート姿が見たいから』
こういうのをサディストって言うんだろうか。まぁ、その気は元からあるんだけど、今回はあまりにも露骨過ぎる。
そんなに男のスカート姿が見たいのか? スズは女の子だけど!!
「あー、もう!!」
大声を発して、ランチャーを放ってきた機体に近付き、剣戟を二発ほど入れて撃墜する。
「こいつも外れ!」
『こっちは三機目で当たり。エレベーターに行って』
機体を急旋回させて、エレベーターまで走らせる。ティアの乗るパールと合流して、ほぼ同時にエレベーターに乗った。
「地下二階も雑魚だから、やり方は変わらないよ。パイロキネシスは四階に一機だけ」
『分かってる。で、スズは私のスカート姿が見たいわけ?』
「……あのさ、固執しすぎじゃない?」
『さっきまでのは冗談なんだけど、今のは純粋に知りたいんだけど』
確かに声のトーンは違う。僕をからかうような調子ではない。
「見たいというか、なんというか、僕がスカートを履いている様を見たいとかいうティアの言い分に腹が立って口から出たというか」
『見たいの、見たくないの?』
「……見たいです」
『スカートフェチ?』
「……違う」
『ああ、スカートフェチなんだ?』
否定のトーンが少し違っただけで、嘘がバレてしまった。
これも相手によっちゃ逆セクハラだよ。僕のフェティシズムを知って、ティアになにか良いことがあるだろうか……あるようには思えない。
「なんなんだよ!」
『他には? ホットパンツとか?』
「……」
『ああ、それも当たりなんだ?』
上手く手玉に取られて自分のウィークポイントを曝してしまった気がした。
男なら誰でもあると思うよ、フェティシズムは……うん。
そう思い込ませて、失言を撤回するように地下二階では鬼神の如く機体を操り、二機目でエリアジャミングを担当する機体を引き当てた。その間、終始無言プレイに徹して、報告するだけして僕はパールがエレベーターに乗ったのを確認してから地上四階を選択した。
『援護は必要?』
なんであの話題のあとに攻略の話題を振って来ることができるんだよ。
「んー、相手の動きが少しでも乱れると反応できない」
しかし、僕も自分自身の失態や恥ずかしさを隠したいので、平静を装うことにした。
『直感力ってやつ?』
「あんまりCPUを相手にしていると発揮されないんだよ。集中の外に居る相手にも鈍る。まぁ、今回はスカートを履くか履かないかが懸かっているし、多分だけど直感的に動けるよ」
それでなくとも、僕はパイロキネシスを相手にしているときは直感がよく働く。CPUと反応速度で対決するのが楽しいと思っているからだろうか。
『おーい、もうエレベーターが停まってますよー』
少し考え事をしている内に、指定した階層にエレベーターは停まっていたらしい。
「御免」
『さっきまでは謝ろうとしなかったのに、今は謝るんだ?』
「主にゲーム関連のことでは謝れるんだよ」
『どれだけ心が狭いの』
仰る通り、心が狭い。あらゆる面において、僕の謝る謝らないの基準は間違っている。




