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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第二章 -Near-
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恋煩い

 昼食後、倉敷さんと廊下で擦れ違っても本当に話し掛けて来なくなった。その素っ気ない態度を受け、僕はようやく本当の本当に彼女を怒らせてしまったのだと実感した。

 その後も見掛けることはあっても、どちらとも声を掛けることはなく、下校時に少しばかり咲丘女子高の集団の様子を窺っても、視線が僕に向けられることはなかった。


 僕は悪くない……はずだ。


 けれど、なんとも言えない不安感に襲われて、このままではにっちもさっちもどころか、生活に支障をきたすレベルで思考が散漫になってしまうので、仕方無く、僕は実家と下宿先のほぼ中間地点にある病院へと足を運んだ。

 VRゲーム、或いは拡張現実――ARのサバゲ―などで精神的にやられてしまった人を専門としてカウンセリングをしている例の臨床心理士が働いている病院だ。

 平日ということで人も少なく、今回はあまり待たされずにカウンセリングルームへと通された。


「こんにちは……時間帯で言えば、こんばんはでしょうか、立花 涼さん。では、カウンセリングを始めさせてもらいます」

「時間は?」

「今日は空いているので、いつもより長めでも結構ですよ。タイマーも設定していません。思う存分、話してください」

「思う存分と言われましても」

「二ヶ月に一回の定期的なカウンセリングも嫌だと思いながら通っているあなたが、その定期のカウンセリング以外で来られたのですから、悩みの種がおありなんだと思っていましたが、違いましたか?」

 臨床心理士は朗らかに笑みを零しながら、僕にそう語り掛けた。前半は僕の通院態度に対する皮肉だったが、その笑みだけでどこかに抱いていた緊張がスッと解れた。

「“死に近い人”、ってご存知ですか?」

「あー、聞いたことはありますよ。ネットじゃ、“死に近い人”と書いて『ニア』と読むらしいですね。でも、会話では『ニア』では通じないので、“死に近い人”という言葉がそのまま遣われるようです」

「ニア?」

「英単語でしたら、綴りは『Near』。日本語訳すれば『近い』、『付近』。そのままの意味ですよ。傷付きながらもゲームを続けてしまう、壊れた精神の持ち主ならば、死に“近い”んですから」

「……その、VRゲームで脳が勘違いして、体に痛みが現れても大丈夫と言っていましたよね? なのに“死に近い人”なんて……」

「まぁ、気にする必要はありません。脅し文句ですから。あとは噂話として、その言葉は定着しつつありますね。『VRゲームで死んだらリアルでも死ぬ』っていう噂の発展みたいなものです。噂というのは時代と共に形を変えて残り続けるものですから。それに、“死に近い人”なんて言われたら、大抵の人は怯えて、ゲームすらできないでしょう? そうやって脅して、自分の世界から追い出すんです、“愚者”の方々は」

 性格が歪んで戻れなくなった“愚者”は、現実世界よりも仮想世界を重視している。その世界に、自分の世界に、気に喰わないプレイヤーが居たならば、そういった言葉で脅して追い出す。そのようにして、遣われているようだ。


 考えてみれば、望月も、注意するためにこの言葉を遣っていた。つまり、僕と倉敷さんに『Armor Knight』でのプレイを控えるように言っていたらしい。


「あなたにとって、“死に近い人”という言葉は怖ろしいものですか?」

「いいえ」

「でしたら気にせず続ければ良いじゃないですか。私の忠告を破ってVRゲームをまた始めたあなたが、怖いと思わないんでしたら」

 この人、まだそれを根に持っているのか。

「あっけらかんと言い過ぎだと思われるでしょうけれど、私はこのスタンスを変える気はありませんから。嫌悪感を抱かれるのでしたら、私とは別のカウンセラーを紹介しますが」

「……いいえ、僕はあなたぐらいの方が、話しやすいんで」

「そうですか、それはそれは、とても嬉しいことを仰ってくれましたね。それで、他には?」

「他?」

 まるで僕がまだ別の悩みを抱えているかのように言われてしまった。

「年上嫌い、病院嫌い、会話嫌い、カウンセリング嫌いの君が、たった一つのことで来院するなんて考えていませんから。恐らくはまだ話し足りないことがあるんじゃないかと思っているのですが?」


 性格を理解してくれているのはありがたいけれど、節々に僕の心を回復へと向かわせるのではなく圧し折りに掛かろうとしているような発言が垣間見えるのが、どうにも納得できないところだった。

 けれど、この人の言うように僕はまだもう一つだけ話さなきゃならないことがあった。カウンセリングとはそもそも、そういうものだ。問題を一つ一つ打ち明けて行き、共に問題を乗り切る方法を練る。或いは問題を乗り切る努力の仕方を教えてもらったり、後押しをしてもらう。

 常にこの人は聞き手側なのだ。僕から話さなければ分からない。そして、なにも話さずに物事を理解してくれる人は、この世のどこにも居ない。


「倉敷、さんという年上の人が居るんですけど」

「年上? へー、年上。年上嫌いのあなたが年上の話を? へー、珍しい珍しい」


 物凄い、煽られている気がするんだけど、怒るべきところなのかそうじゃないのか分からないから、耐えるしかない。


「その人と、ちょっと口喧嘩をしてしまって」

「年上と口喧嘩をできるなんて、進歩したじゃないですか。喜ばしいことだと私は思いますよ? その倉敷さんは、同性ですか? それとも異性ですか?」

「ええと……異性ですけど」

「異性!? 同性とも打ち解けることのできないあなたが、まさか異性の話題を私に持ってくるとは思ってもみませんでした! ああ、安心してください。カウンセリングノートには年上の女性とだけ書きますので! いやでも、こんなに驚いたことはいつ以来でしょうか!」

 驚きに満ちつつも、表情からは歓喜の念が感じられる。

「ということは、年上の! しかも異性と! 口喧嘩をしたんですね? これは良い傾向ですよ! このまま行けば、あなたも社会復帰できるようになるかも知れません!」

「口喧嘩をしたのに、良い傾向とか言わないでください」


 そう、決して良い傾向じゃない。


 僕は倉敷さんに「口も利きたくない」と言われても、なんにも感じなかったのだ。そして、自身の発言の全てを、どうしても間違っていないと思ってしまう。

 そりゃ、ほんの少しは、僅かに……ミクロン単位で悪いことを言ったなとは思うけれども。

「どんなことで喧嘩を?」

「信じられる、人、なんです。倉敷さんは」

「この前、一人だけできるかも知れないと言っていた方が、倉敷さんなんですね」

 僕は無言のまま肯く。

「けど、彼女は僕のことを冷たいと言いました」

「事実でしょう」

「なんで即答なんですか」


 一秒も掛からなかったような気がする。


「あなたは大変、冷たい人間です。冷血漢と書いて、たちばな りょうと読んでも過言ではないほどの冷たい人間です。それを言われてショックだったと?」

「ショックとか、そういうのとはまた別で……なんと言うか、幼馴染みとの接し方に差があるのが、気に喰わないみたいで」

「……なるほど。続けてください」

「僕にとって、幼馴染みは掛け替えのない大切な人なんです。そのことは知っていますよね? その幼馴染みと、倉敷さんを同列にするなんて考えられないことですし、同様に優しくすることだって僕にはできないことじゃないですか」

「できないと思っていたら、それはいつまで経ってもできないことですし、考えられないといえばそれは全て考えられないことです。さすがに不可能は可能になるとまでは言いませんが、あなたの言った内容の限りであれば、まだ可能の範疇ですよ」


 可能……可能だって?


「考えられません」

「だから考えてみてください。同列に置いてみて、それでどうなるか想定はしてみましたか?」

「だから、無理なんですって。優しくはできない。同列にもできない。そう突っぱねたら、怒られて……」

 臨床心理士はきょとんとした顔をする。なにか変なことを言っただろうか。

「それ、そのまま……ええと、倉敷さんという方に仰ったわけですか?」

「そうですけど」


「……幼馴染みと同じように優しくして欲しい。幼馴染みと同じように見て欲しい。これ、ちょっと言い換えれば物凄く、単純なことになると思いませんか?」


「ちょっと、分かりません」

 分からないと僕はすぐに答える。だって、ここに来るまでになんだかんだと頭の中で悩んで答えが出なかったのだ。だから、こうしてこの人に話すことになっているわけだし。


「あなたに優しくされたい。あなたにもっと自分を見て欲しい」


「へ?」

「甘えたいんじゃないですか? 年上だから、年下に甘えるわけには行かないとか、そういった変なプライドも相まってよけいに、あなたを頼りたいのに頼れないジレンマに苦しんでいるんじゃないでしょうか」

「いや、あの人がそんなこと考えるわけがありません」

 臨床心理士は首を横に振る。

「その人、あなたのことを無意識に好ましいと思っていらっしゃるのではないでしょうか。要するにもっと、あなたとの時間が欲しいわけです。なのに幼馴染みに時間を()くあなたを、彼女は許せない。だから八つ当たりをしてしまった。ただの恋煩(こいわずら)いですね」

「へ?」

「では、その方とどうやって仲直りをして、お付き合いを始めるかという話を詰めて行きましょうか」


 いや、いやいやいや!


「詰めるもなにも、恋煩いってなんですか!?」

「恋ですよ、分かりませんか?」

「分かりません」

「えー嘘でしょう。さすがに分かるでしょう、それぐらーい。恥ずかしいからって嘘をつくのは良くないと思いまーす」

 そんなハイテンションで話されても困る。

「あり得ないですから!」

「けれど、私の見立てでは外れていませんよ? な・の・で、先ほど言ったように、考えられないとしても考えるぐらいはしてあげてください。そうした方が、あなたの人生はきっと、もっと良いものになりますから」

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