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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第二章 -Near-
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倉敷さんと望月

 このまま教室に戻ると、周囲の視線が再び気になってしまうので、僕は動じていないフリをしながら戻って、自身の席に着き直した。

 望月 香苗は『Armor Knight』内の僕を知っている。スズに限らず、リョウまで知っているのだ。それも全て、倉敷さんと理沙がやり取りしたというチャットログを遠目から覗き見したからだ

 けれど、それだけで僕とスズ、リョウの三つの点を線で繋ぎ合わせることができたとすれば、凄まじいまでの洞察力と推理力だ。


 それに、“死に近い人”ってなんだ? なにかしらの警告だろう。いや、さっき確かに警告されたし、間違いない。


「おい、あの望月が話し掛けてくれるなんて相当だぞ。やっぱこの前ので目を付けられているのか?」

 考えている僕の集中を切るようにクラスメイトの一人が驚いた顔をして、そう口にする。この前、というのは昨日の放課後にゲームについて話していたところを聞かれたときのことだろう。


 そんなことで悩んじゃいないっていうのに、タイミングが悪い。


「そう、なのかな」

「どっちにしたって、狙いどころだと俺は思うけどな」


 ふざけるな。

 馬鹿にするな。


 そんな低俗なことに興味は無い。

「なに言ってんの? 狙うとか狙わないとか、そんなの心底、どうでも良い」

「……あ~、そっか。悪い」

 そう言って、クラスメイトが僕から遠ざかっていく。別に構わない。こんなことは何度だってあったことだ。近付かれれば遠ざけ、話し掛けられれば離れさせる。そうやって僕は、友情を壊してきた。今更、心が痛いという殊勝な感情は持ち合わせていない。いや、持っていた。持っていたのに僕は落としたのだ。


 全てをゲームのせいにはしない。だってゲームは僕の暇潰しであり、趣味だ。それを悪者扱いなんて今後も、いつまでもしない。


 常に悪いのは自分である。常に悪いのは、僕自身なのだ。全ての引き金は僕の精神の幼さと、そして、なによりも僕を裏切ったある一人のプレイヤーの行為。


 それさえ無ければ…………それさえ無ければ?

 それこそ馬鹿馬鹿しい話だ。

 だって思うのだ。

 僕は、裏切られようと裏切られまいと恐らくは、こんな風になっていた。もしかすると、踏みとどまることもできずに堕ちるところまで堕ちていたかも知れない。


 きっとこれ以下はあり得ても、これ以上の僕という存在はあり得なかった。幸い、どん底で無いだけ。どちらにしたって底辺。底の底を擦れ擦れで飛行しているだけに過ぎない。

 こんな僕を分かってくれるのは幼馴染みの理沙しかいない。そして、こんな僕を気に掛けてくれるのは倉敷さんしか居ない。そして僕の言動全てに呆れ果てた家族ぐらいだ。


 それだけで良い。

 それだけで、構わない。


 午前の授業を終えての昼休み。昼食を購買部で調達するべく、教室を出た。腹の虫を黙らせるのには、なにが良いだろうかと道中に思案していると、廊下を駆け抜けていく多数の生徒と擦れ違う。後ろを向いて、生徒たちの向かう先になにがあるのだろうかと推察してみると、どうやら多目的ホールでなにかが起こっているらしい。

 誰か怪我人でも出たんだろうか。多目的ホールでやることと言えば部活動の練習か。でも、昼休みだから、その前の授業で体育だったクラスで、体同士をぶつけたというのが有力だろうか


 興味は湧かない。それよりも食事を摂ることの方が必要不可欠だ。


「あれ、見に行かねぇの?」

「……えと、なにかあるの?」

 購買部に直行しようとした僕に対して、クラスメイトが声を掛けて来た。あれだけ突っぱねたのに、まだ僕に話し掛けようとするなんて、やっぱり僕は素晴らしい環境下に居るのだろうなと感じる。

「あー、立花はしばらく教室の方に来てなかったもんな。今日は咲丘女子高の生徒が来てんだよ。交流会で、成績優秀者が付近の高校を見て回るんだとかなんとか」

「……咲丘女子高校?」

「ほら、あの女子高って市内有数の進学校だろ? 色々と市の方からも、新しい取り組みを入れるように言われてるらしいんだよ。あ、これは担任の先生が言っていたことな」


 ただ偏差値が高いお嬢様学校じゃなかったんだな。……まさかとは思うけど、あの人が来ているのではないかという不安のような、期待のような感情が浮かび上がる。


「ああ、そう……なんだ」

 クラスメイトには相槌を打って、僕の足は購買部とは逆の多目的ホールに向いた。

「やっぱ興味あるのか?」

「……興味、とはまた違う、と思う」

 そう答えて、「構うな」というオーラを発する。それをすぐに察知した彼は「じゃぁな」と言って、先に多目的ホールに向かって走っていった。空気の読めるクラスメイトだ。将来が有望だろうな。有名な企業にでも就職して、そしてそのまま上司に取り入って、段々と年収を上げて行くタイプ。僕とは全然違う、未来に絶望していない将来に希望を見出している人間。


 見てて、苛々する。コンプレックスがやはり刺激される。たまらなく、悔しいとも思うが今更、挽回しようなどという強い執念のようなものが湧いて出て来ない。この時点で、戦わず僕は負け組なのだ。


 多目的ホールの入り口は生徒の溜まり場のようなことになっていた。全員が全員、中に目が行っている。

 陰気で陰険で、根暗な僕という存在に誰も気付かない。その先には、もっと目立つ存在が居るからだ。だからこうして、生徒が集まっていたところで、その合間を縫って歩ける。少々、強引に体を通したところで誰も僕には文句を言わない。

 見学者が増えることによって生じるざわめきや声に包まれている中、僕の目は倉敷さんを捉える。


 どうしてこう、僕の予想通りにこの人は居るのだろうか。


 思いつつも、彼女の前にある卓球台を挟んで、望月が立っていることにも気付いた。

 交流会なのに、卓球の試合をしているんだろうか? どっちの提案かは定かじゃないが、こんな馬鹿げたことを倉敷さんは持ち出さない。きっと望月に挑発に倉敷さんが乗ってしまったのだろう。それでどうして卓球なのかと問いたいが、それも現在の卓球というスポーツを終わらせてくれない限り、訊きようがない。


 ほんと、こんなことに白熱できる倉敷さんが羨ましい。見れば、望月はとても冷ややかな表情をしているじゃないか。そうだよ。大体、あんな風に冷ややかで良いんだ。

 何事にも動じず、何事も妥協して受け入れる。勝ったとか負けたとか、固執しすぎたら、それはもう楽しめることじゃなくなるんだから。


「もう、いい加減に諦めたら?」

 望月はその透き通る声を倉敷さんにぶつける。

「そっちこそ。こんなことで張り合っても、仕方が無くない?」

 対して倉敷さんはそんな強がりを返す。どう見たって倉敷さんの方に余裕が無い。

 でも、そうやって熱中して臨む彼女を僕はとても素直に、綺麗だと思ってしまう。僕の基準に当てはめなくて良い。彼女はあれで良いのだ。だって、冷ややかで根暗な倉敷さんなんて、僕は想像できないんだから。

 僕が居ることに倉敷さんは気付いていない。呼吸を整えて、彼女がサーブを打つ。それを望月がシェイクハンドのバックで返す。卓球部や、その道を極めている人にとっては回転も戦略もへったくれもない完全な遊戯なのだろうけど、二人はいたって真剣だ。


 そう、望月も倉敷さんがサーブを打ったときから、眼差しが真剣なものになった。


 なにか賭けてでもいるんだろうか。そうでなきゃ、挑発された程度でここまで白熱なんてしないだろう。両者揃って常識は備えているはずだし。

 倉敷さんが、浮いた球に力強くペンホルダーラケットを叩き付け、スマッシュ。望月はそれに追い付けず、見送った。

「デュース」

 審判を務めている生徒が言う。

 互いのポイントを見てみると、どうやらこの二人はさっきからずっと、マッチポイントを取り合っているらしい。


「ゲームに限らず、スポーツにも秀でている……か」

「その話は大きな声でしないで。それと、これくらいの球速なら目で見て分かるわ。当てに行くわけでも、避けに行くわけでもないし、ずっとずっと簡単よ」


 それは『Armor Knight』で機体を操縦して戦うよりも簡単という意味だろうけど、ここに居る生徒たちにはきっと上手く伝わっていない。

「……あなたも“死に近い人”。だけど、あなたは下の下」

 言いながら望月は構える。

「立花 涼君とじゃ、天と地ほどの差がある」

 サーブが放たれる。卓球の真剣な試合は小気味良い音が断続的に聞こえるものだけど、やはり素人同士だからか、その音のテンポやリズムは変調が大きい。何故か、そんな方向にばかり意識は向いていた。

 倉敷さんの横を球が抜ける。

「天と地ほどの差?」

 言いながら倉敷さんは球を拾って、向き直る。

「どういう意味?」


「あなたには、センスがある。でも、“目で見て分かる”なんてことは誇らしげに言うことじゃない。そんなのは、なんの自慢にもならない」


「それで天と地ほどの差とか、言っているわけ?」


「……あなたは、“目に見えていても動けていない”」


 倉敷さんは表情を強張らせた。

「笑わせないで」

「なら、あなたは分かる?」

 問い掛ける望月は、今朝に見たときよりもずっと、攻撃的な目をしていた。

「私の打つ球の、その方向が」

「そんなの、打たれれば誰だって分かる」

「そういうことじゃない。あなたは“直感的”に分かるのか、って訊いているの。打つ瞬間より早く、いえ、打たれても尚早く、その“直感”に従って体を動かせる?」

 答える必要もない。そんな意味が込められたサーブを倉敷さんは打つ。しばし、球の打ち合いが続くが、望月が球を浮かせてしまう。


 ……わざとか。あれはスマッシュを誘っている。


 倉敷さんが、ここぞとばかりに力を込め、球にラケットを叩き付ける。高速を伴う球は望月のコートに入り、そしてバウンドする。

 しかし、球の行く手を阻むように望月が立ち、そして手に握られたラケットが振るわれ、倉敷さんのスマッシュに同程度の力を込めて打ち返される。


「私は、あなたたちの一つ先を見ているの」

 倉敷さんの体は反応こそしたが、ワンテンポ遅く、球はそのまま横を抜けて行った。

「あなたには“狂眼”が無い。あなたに誇るべき強さなんて、現実にも……そして仮想世界にも無い」

 望月は冷たく言い放ち、呆然としている倉敷さんをおいて、歩き出した。

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