グッド・ラックの生態
夕食を作ることも放り出して、僕は倉敷さんに命じられたままに『Armor Knight』にログインする。奴隷じゃないんだから、ちょっとは抵抗しろよと自虐的に言いたくなるくらいには、ログインまでの迷いの無い動きを取ってしまった。
僕は理沙によって女性プレイヤーを演じているので、自分自身であっても普段より長い髪を持つスズのそれを、手で梳いて整えつつ、ログイン広場でティアを待つ。
いい加減、スズの中の人が男と思うプレイヤーの一人や二人出て来ても良いだろうに……。
僕の声は、狙って高めのものを発すると、どうやらこれが女性のアルトやその少し下の声域になるらしい。この声域については絶対音感を持っているのではと疑うほどに耳の良い倉敷さんから言われたことだから、事実なのだと思う。それにしたって、そろそろ気付いてくれたって良いだろう。こうもバレないと男心が傷付くってもんだ。
「待った?」
ティアがログインして来て、一切の躊躇いも無く真っ直ぐ僕の方へとやって来て、そのように声を掛けて来た。
「待ってません」
ログインして五分も経っていないので、これは本音である。ただし、一つ言わせてもらえば、夕食前ではなく夕食後にゲームをプレイさせて欲しかった。
VRゲームはほぼ全ての感覚がリアルと等しいが、性欲は抑えられ、痛覚はやや鈍く、死に繋がるほどの強すぎる痛みはカットされる。しかし生理的欲求は強めに働くようになっている。なので、お腹が空いていると、その空腹感はリアルよりも強い。よって、現在、僕はその空腹感に耐えなければならないのだ。
「じゃ、行こうか」
ティアがそう言って歩き出したので、僕もその横を付いて歩く。
「なにか、不満そうな顔をしていたけれど、そんなに幼馴染みより魅力が無い?」
隣を歩くティアが文句を垂れる。
吐露したその台詞に、「どこがだ」と言いたくなったが喉の奥に押し込んだ。
ティアはリアルの倉敷さんに酷似している。光を浴びて艶やかに輝く綺麗で、肩甲骨よりも下に伸びる黒髪と、人形のように整った顔。そして身長も一般的な女子高校生に比べればやや高めで、足も長くモデル体型。病的とまでは言わないが、体型はやや痩せ型なのに胸は理沙よりあるという謎の栄養の行き方も気になるところだが、これらを踏まえて言わせてもらえば芸能人としてテレビの向こう側に現れてもおかしくないレベルの美少女……美女である。
性格を除けばの話だが。
「考えごとをしていただけだから」
そう取り繕ってみるが、ティアは眉を吊り上げて攻撃的な眼差しを僕に向ける。
「私と居て、なにを考えていたの? 幼馴染みのこととか?」
「いや……なに言ってるの?」
「……御免なさい。今のは無し。私もなにを言っているんだろ」
最近のティアはずっとこの調子である。少しでも理沙のことを彷彿とさせるような言動を僕が起こせば、途端に「幼馴染み」云々と語り出す。しかし、僕がそのことを指摘するとすぐさま謝る。これがやり取りの中に一度か二度ほど入るのがもう定番になりつつある。
やっぱり理沙と倉敷さんは反目し合っているのだろうか。僕の部屋で顔を合わせ、互いになにやら威嚇のようなオーラを放出してから、その後一度も会っていないはずなのに……。
最初の印象は大切だと言う。それが最悪だったのならば、一度の出会いで二度と会いたくないと思ってしまうのも仕方が無いことなのかも知れない。ただ、一言だけ言わせてもらうけど、僕は二人を会わせるつもりなんて無かった。二人が二人して、何故だか分からないけど会うべくして会ってしまっただけだ。そこに僕という存在が入る余地は無い。
だって僕が病院とその他諸々から帰って来たら下宿先に二人が座って待っていたんだよ? 僕にはどうしようもなくない?
「えーっと、大きい声では言えないんだけど、期末テストが近くてルーティは来られないみたい。テスト勉強の方が大事なんだって」
「スズもテストは近いんでしょう?」
「私は多分、大丈夫。ティアは?」
「私も当然、問題無し。VRゲームをやる条件に、ちゃんと勉強と両立させることっていう両親との約束があるから」
ティアはリアルじゃ偏差値が高い女子高に通っている。勉強と趣味を両立できるなんてさすがだ。僕もそれを見習いたい。ちゃんと意気込んで勉強すべきなのだろうか。
「私だって、ちゃんと良い成績を取らないと、親に怒られそうだよ」
「南神高校って、調べたけど偏差値だと私の通うところとそう変わらないじゃない。この前、偏差値が低いことをコンプレックスっぽく感じてなかった?」
小声で喋ってくれて助かった。さすがのティアも個人情報に関わることは周囲に聞こえないよう気を配るらしい。
咲丘女子高校は南神高校より7ほど高い。この7がどれほど大きいかを高校受験を控えている人はよく分かるだろう。ティアは頭が良いから、「そう変わらないじゃない」と言えるのだ。偏差値を一々気にして生きている僕らみたいな人は、口が裂けても言えない。
「もし分からないところがあったら、ティアに教えてもらうことにするよ」
「分からないところとかあるの?」
「無いけど」
「ほら、根っこは真面目で、勉強も出来る方なんでしょ? だったら、頭の良い悪いを気にするのは良くない」
だからそう言えるのはごく一部の頭の良い人だけなのだ。誰だって言えるわけじゃない。常に上に居るから、下に居る人に対して強く出られる。
でも、ティアは僕のコンプレックスを取り払おうと努力してくれているのだろう。ただ、理沙と違って彼女の言葉には優しさが足りない。僕みたいな人間は、その少しの足りなさが致命傷になる。
けれど、悪気があって言ったわけではないと分かる。そう信じているから、彼女の言葉に、ちょっとは応えようという気になる。
「気にしないように頑張ってはみるよ。でも、あんまり期待しないで。頑張るってだけだから」
「それだけでも良し」
ティアは眩暈を起こしてしまいそうなくらいに綺麗な笑顔を振り撒いて、僕の先を進む。
理沙は「ティアはナンパの避け方とか分からないみたいだから、離れないようにね」と僕に促した。言われてみれば、確かに彼女は、誰かに声を掛けれないかと緊張しているところがある。なので、言われた通りティアからはなるべく離れないようにしよう。
「いや~、美しい二匹の妖精さん。どうだい? ぼくと一緒にお茶でもいかが?」
そうこうしていると、先を歩いていたティアが面倒臭い奴に絡まれた。そそくさと僕のところまで戻り、そして更には後ろに隠れてしまった。彼女らしからぬ行動に思わず吹き出してしまいそうになったけど、まずはこの面倒臭い奴を追っ払う方が先決だ。
「こんばんは、グッド・ラックさん」
「ぼくの名前を知っているだなんて、とても嬉しいよ」
「あいにく、彼女はあなたをブラリ登録している上に、あなたの発言全てをブロックワードに設定しているので、一言もあなたの声は届いていません」
「ああ! 麗しき淑女にぼくの愛の言葉が届かないだなんて! でも、君には届いているのだろう?」
グッド・ラック。本人曰く『愛の伝道師』。けれど周囲からは『ウザいナンパ野郎』で通っている。人によってはブラリ推奨である。
ただ、根は悪くない。彼のナンパは、断られること前提なのだ。逆に受け入れられると、困り果てた顔をして「用事が出来た」と言ってその場を立ち去ることさえある。
そこにどれだけの意味があるのか定かじゃないが、今日もまた性懲りもなく、そして今回は僕らに狙いを定めてきたというわけだ。
「私たちはまだランクが低いので、グッド・ラックさんとは釣り合わないと思います」
「いやいや、君たちのような容姿端麗な女性のためなら、ぼくはどのようなミッションにも付き合いますよ」
「グッド・ラックさん、ウザいです」
作り笑顔を浮かべて言い放つ。
「ああ! 愛が重い!」
「それでは、失礼します」
「今日もまた、麗しき淑女の手を取ることができなかった。ああ、なんとぼくは悲しい男なのだろうか」
自分に酔い始めたので、これ以上喋っていると更に面倒臭いことになりそうだなと思い、お辞儀をして、ティアの手を引いてその場をあとにする。
「相変わらずなのね、グッド・ラックって」
「ちょっとは声を出そうとしなよ」
「ブロックしているからなに喋っているのか分からないから、こっちは」
でも大体、有名人なんだから言っていることぐらいはなんとなく分かると思う。
「だからって隠れなくても」
「……隠れてた?」
「隠れてた。だから私が手を引いて、」
そこまで言って、僕はティアの手を掴んでいることに気付き、慌ててその手を離した。
「悪気は無いんだよ」
「手を繋がれたくらいで、文句なんて言わない。それに、今のスズは女なんだから、女の子同士が手を繋いだって、周囲は仲の良いフレンド同士ぐらいにしか思わないから」
ティアは自分自身を守るみたいに言葉を並べ立てて、僕に無理やり納得させてしまおうとしているようにみえた。喋り方だって早口だったし、彼女らしくもないことだ。
「えっと、グッド・ラックはブラリ登録していて、ブロックワードも設定しているから対処方法がどうとか言わなくても良いかな。なにを言われているか分からなくても、そのまま素通りすれば大丈夫だから。そこらの男と違って、追い掛けて来ないし」
ストーカー行為や待ち伏せ、付き纏いをしないから、ただ「チームを組んで、一緒にミッションをクリアしない?」というチーム勧誘をナンパっぽくやっているだけ、とも受け取れる。ついでに記憶力も良いらしく、一日二回以上同じプレイヤーに声を掛けない。二回目に声を掛けたとしても、「ああ、君には一度断られたね。すまない」と言ってすぐさま立ち去る。
本当に、あの行為のどこにどれだけの意味が込められているのかは僕らの理解の範疇を超えてしまっているみたいだ。
「粘着的な男は付き纏って来るんでしょ? どうやって対処しているの?」
「友達と待ち合わせをしてますとか」
「そんなので良いの?」
「一番良いのは、彼氏と先約がありますので、かな。これを言ったら、大抵の男は引き下がるよ。中には舌打ちをしたり、罵声を浴びせて来るような輩も居るんだけど、それは予め言われるだろうなと思っている汚い言葉を全てブロックワードに設定しておけば良いし」
詭弁だろうと嘘だろうと、とにかく下心があるなと思った男とは接しない。それが第一である。下心が無いと分かれば、あとは打ち解けるだけだ。理沙だってずっと僕と一緒ってわけでもないし、何人かは男のフレンドも登録しているんじゃないかな。それで彼女を取られたとか思わないのは、僕自身に行動を制限するような権利が無いと自覚しているからだ。
「彼氏……居ないのに? 私、彼氏が居ないのに『彼氏が居るの』って嘘でも言いたくないな」
「じゃぁ早く彼氏を作れば?」
力強く足を踏まれた。僕はなにか、逆鱗にでも触れるようなことを言ったのだろうか。
もうほんと、彼女の心のどこに、怒りが込められている地雷があるんだか。そんなことは、ひょっとすると本人も分かっていないのかも知れない。僕だって言われるまで気付かない場合が多い。
だから、こんなことでティアを怒りっぽい人とは思わない。もうちょっと、足を踏む際には手加減をして欲しいけど。




