いつも通りの日常
【-1-】
隣のクラスに望月という女子が居る。そんなことが判明したところで、彼女の詳細な情報を得るために奔走するだとかいう恋愛小説みたいなことはしない。そもそも興味が無い。興味が無い相手の情報をどうして収集しなければならないのか。それが頭も運動神経も良く、風紀委員長で今時珍しい三つ編みの女子高校生であっても、なんら変わらない。
僕が興味を持つのは常にゲームであり、そして幼馴染みと信頼できる人と家族だ。それ以上は無い。僕は過去に友達を作っていたが、気が付けば居なくなっていたし、親友は存在しない。
孤独な一匹狼とでも言えば格好は付くが、その反面、どこか友達というものに飢えている部分もある。だからって学期末テストを控えたこの時期に突如として友達を作ろうだなんて動けば、逆効果極まりない上に、僕にそれほどまでの行動力は無い。
行動力があるとするならば、それは仮想世界限定で、あとはやはり幼馴染みと信頼できる人と家族になにかしらの騒動が起こったときぐらいだ。その三種に当てはまらなければ、動かないし動けない。
要するに人を目の前にしたコミュニケーション能力が皆無である。仮想世界においては、初対面の相手に対してそれなりに話せるのだが、これは僕の個人情報を知られていないからだ。本名や住所、電話番号、メルアドなど一切を仮想世界は求めない。最低限必要なものはせいぜい、フレンドリストとフリーメールのアドレスぐらいだ。
仮想世界に居るプレイヤーは、誰も僕を僕ということを知らないし、知り得る術が無い。もしも僕を僕と知っているプレイヤーが居るのであれば、それは現実世界においても僕を知っているごく限られた、心を許している相手に過ぎない。そういった相手なら、そもそもにおいてそこまで気を遣う必要も無くなるわけで、やはり現実世界と比べれば仮想世界で自由に僕は立ち回れることになる。
ただ、人間っていうのはそこまで切り替えの利く――応用の利く頭脳を持ち合わせていないらしく、仮想世界から現実世界に戻り、就寝しようとするその僅かな時間に仮想世界だろうと現実世界だろうとやらかしてしまった失敗やら、バカバカしい失態やらを思い出して悩み悔いることは多い。それはきっと理想と現実のギャップに僕の精神が必死に耐えようと悲鳴を上げているのだろう。耐え切れなかったら、なにかしら悪い行動を取ってしまいそうで最近は少し自分が怖くなって来ている。
いや、元々、僕という人間はどうしようもなく脆い一面を持ち合わせたどうしようもない人間ではあるのだけど。
それはともかくとして、近々、『Armor Knight』がバージョンアップされるとかされないとか、そんな噂が、まことしやかに飛び交っている。出所がハッキリとしていない以上は、自分のキャパシティを超えるほどの期待感を抱かないようには心掛けているが、さすがに気には留めてしまう。ゲーマーとは、往々にしてそういう生き物なのだ。自分のやっているゲームの続編が出るのでは、みたいな噂については異常なほど過敏になる。
そして出て来た続編に対して「うぉおおお、神ゲーだ。凡ゲーが神ゲーになった」と叫んだり、「クソゲーにしやがって、絶対に許さないからな○○」と勝手に恨む。正直、ゲームに向ける喜怒哀楽は他のことよりも顕著かも知れない。
VRMOともなるとバージョンアップだけでも相当な手間と人手を要するはずだ。どれだけのシステムを変更し、どれだけの新要素を追加するか。それに伴うデバッグは必ず行われるだろうし、噂が出始めたからってすぐにバージョンアップが始まるとは限らない。
しかし、Version1.5が導入されたのは僕が中三の夏頃で、さすがにもう一年近く経過しているのだから相応の仕様変更があってもおかしくはない。最近はマイナーアップデートの回数も減って来ているし、これをサービス終了が近付いている前兆と捉えるか、バージョンアップが来る前兆と捉えるかで今後の気持ちの置き所が決まって来るんじゃないだろうか。
「未だに運営がレールガンの壊れ性能を修正しないのはどうしてなんだろうなぁ」
『Armor Knight』の情報サイトを眺めるだけ眺めたのち、大きく背伸びをしつつ僕は独白する。
一回のミッション、及び対戦においては二回撃てるか撃てないかというほどの充電率の悪さ。けれど、それを置いてあまりある攻撃力。パイルドライバーに通ずるロマン武装。命中すれば防御特化でもしていなければ撃墜されるのはほぼ確実。そして、このレールガンは強化すればArmorに限らず後継機となるKnightでも使用可能という特徴まである。玄人の中じゃ暗黙の了解として使わない。使ったら問答無用でブラリ登録されたりするって聞いたこともある。
情報サイトに頼るなとは言わないけど、やっぱりVRゲームは自分自身の感覚に頼る面が大きいので、無駄に知識を集積するよりも技術を磨く方が良い。知識は集めるだけ集めたら頭打ちだけど、技術の向上に終わりは無い。自分に合った武装や戦法を見つけられたらよけいに楽しくなるし。
とか考えつつ、ブラウザを最小化してディスプレイ画面に映されている時計のガジェットに目を向ける。午後六時三十分。そろそろ夕食の支度を始めなきゃならない。しかし、椅子から体はまだ離れようとしない。僕は座ったまま、首を右に回して後方を見る。続いて左に回してまたも後方を確認。一人暮らしなんだから、そもそも僕以外に誰かが居るわけがない。
しかし、罪悪感のような、もしくは恥ずかしさからか気配の確認だけは決して怠らない。
男は時として獣である。今の僕は特に、感覚が鋭敏になっている。
パソコンに向き直り、最小化したブラウザを再度広げて、お気に入りリストにあるフォルダの奥の奥の奥に置いているサイトへのショートカットをクリックする。そこに広がる魅惑的な画像の数々に、胸を高鳴らせつつ、その内の一つにマウスカーソルを合わせた。
いざ魅惑の世界に旅立とう。そう思ってマウスをクリックしようとした瞬間、机に置いていた携帯電話が最大音量で鳴り響いた。高鳴っていた心臓が一際、強く脈打った。そのまま胸の内から外へと飛び出てしまうんじゃないかと思うほど驚き、僕は片手で左胸を押さえながらスマホを手に取った。




