グロリア
『ふざけんなっ!! 男が女の振りなんてできるかよ!』
「それが案外、できちゃったんだよ」
その逆もまた然りではあるけれど。
『ワンダースフィア』は敵機体とほぼ向き合った状態から始まるので、試合開始とほぼ同時に、マップ画面には敵機を示す光点が示され、且つモニターでも敵機体を捕捉できる。つまり、まず最初にするべきことは相手との距離を詰めての攻撃か、或いは相手と距離を開いてからの攻撃かの二択になる。
僕もパッチペッカーも、反発する磁石のように自機体を後退させた。おかげで想定異常に距離が開いてしまった。あの性格のことだから真っ先に突っ込んで来ると思ったのに、大きくはないが、小さな誤算となった。
テトラには、これだけ開いた距離から相手を確実に狙い撃つことのできる武装は無い。オルナには遠距離からでもある程度は攻撃力も期待できるエネルギーランチャーを装備させていたけど、テトラには取り付けていない。
万能とは言えないまでも、あらゆる距離で対応を取れるオルナに比べ、この機体に関してはある一点に性能を尖らせている。
縛りプレイ、マゾヒスト、変態プレイヤー、魑魅魍魎。恐らく、そう呼ばれる人たちの機体に、このテトラは近しい。
『ふ、ふはははっ! でもまぁ良い! あのときの復讐ができるんだからなぁ!』
カラーリングは黒く、関節部位は紫。禍々しく、そして欲望のままに蹂躙され穢された機体。モニターで捉えたそれは、ラクシュミの紛い物だ。しかし、映像データだけでここまで再現させることができるなんて、素直に驚いてしまう。
ただ、倉敷さんの言っていたように本物のラクシュミが持っていた剛剣『ダイダロス』の代わりとなる別物の剛剣を背中に担いでいる。特殊展開する『ダイダロス』に比べて、あれは目立ちやすい。
「一つ訊きたい。お前は、リアルに人を傷付けることができるのか?」
『はぁっ!? ふざけたこと言っていると問答無用でぶっ潰すぞ!』
問答無用でぶっ潰してくれて構わないのに、初手で距離を取った臆病者がなにを言っているんだか。
漆黒の機体が縦横無尽に動き回っている。モニターの中央に捉えることに夢中になってしまい、テトラを動かすことから注意が逸れていた。
数秒後、アラート音が響く。漆黒の機体が停止した方向に向いた直後、黒いエネルギー弾が放たれた。これは、偶然なのだが、アラート音に対して反射的に機体を旋回させたために、このエネルギー弾はテトラの真横を通過するだけだった。だけど、今の一撃に関してだけ言えば、僕の操縦技術を上回ったところで放たれた。最初に一発を当てられる可能性があったということだ。
あんな黒い軌道を描く武装はエネルギーライフル系統であったかどうか怪しい。発光色は黄色に紫電、そして蒼白のはずだ。ビームではなく弾丸状にエネルギーを固めて撃つという特徴は、僕らがよく使うエネルギーライフルとは別系統ではあるにはある。けれど、そこにも黒色は無かったはずだ。カラーバリエーションの追加Modを用いれば或いは、というところだが、これほど黒に固執したがる理由はどこにあるんだろうか。ただの厨二病のイタい機体にしたかったってなら話は別だけど。
「そんなことを一々、考えてもいられないか」
『ほら、避けろ避けろ!! でなきゃ、すぐに撃墜しちまうぞ!』
だから距離を詰めて戦えよ。その距離からのエネルギー弾での牽制は、僕にビビッているようにしか受け取れないから。
漆黒の機体がテトラに向けるのは、漆黒に染め上げられたエネルギーライフルだ。そして機体の指が引き金を引いた瞬間、大量のエネルギー弾がばら撒かれた。連射にしては、その数はあまりにも膨大で、なにより連続的ではなく一挙に放たれた。これは実弾系武装にあるショットガン系統の性能だ。
でも、エネルギーライフルの系列に、ショットガンの性能を持ったものはない。公式な物か、はたまた非公式な物か。そんなことはどうだって良い。
戦うと決めた以上、どのような機体であっても撃墜する。倉敷さんからも、その許可は下りている。
けれど、さすがにこれを全て避けることはできない。たとえブーストを掛けたって、一、二発は機体に当たる。だからこそ、テトラの左腕が握る防盾で、自機に当たるエネルギー弾だけを受け止め、凌ぐ。
「遠距離攻撃だけで勝負を決めようなんて、そんなチキンプレイが大好きなんだっけ、あなたは?」
言うには言ったが、距離を詰める場面では無い。全ての武装を確認し切れていない。だから、攻めてはならない。ここはまだ様子を見なければならない場面だ。
『そんな挑発に乗るかよ。この距離からの攻撃にお前は対抗できねぇんだろ?』
どうやら気付かれているらしい。それぐらいの機体把握能力はあるってことか。
漆黒の機体から放たれるエネルギー弾を機動力だけで避け切るのはやはり難しく、幾つかは防盾で凌ぎ、耐久力を削られないように立ち回る。
にしても、動きが鈍い。ArmorもKnightも操縦方法は同じだけど、それ以外が一段階ぐらいは違うので、しばらくArmorに乗っていた僕が、機体性能に付いて行けていないのだ。昔はこれを乗りこなしていたというのに、無様過ぎる。
『ノロマだなぁ! どうしたどうした! その程度で『スリークラウン』を名乗っちまって良いのかぁ?!』
ウザい。たまらなくウザい。
「死ねよ、マジで」
最低最悪の愚痴を零しつつ、テトラを動かす。まずは慣らして行かなければならない。自分自身の感覚と、機体の機動速度を一致させなければ、あの漆黒の機体を捉えることは不可能だ。
『ほらほらほらぁっ!!』
機体に慣れさせる暇を与えるつもりは無いらしい。まぁ、対戦中に慣れようとしているのがおかしな話だから、ここで文句を言うのは筋違いも甚だしいか。ただただうるさいのだけは勘弁だけど。
パッチペッカーの乗る漆黒の機体が再び縦横無尽に動き出す。視覚情報を極力、簡易的なものにしようと思いマップ画面に目線を落とすが、敵機体を示す赤茶色の光点は激しく動いていて、逆にどこに居るのか分からなくなってしまう。人の反応速度を軽く凌駕している。それでも動体視力の良いプレイヤーなら、これぐらいの動きは読み切れるんだろうけど、あいにく僕はそこまで動体視力が良い方ではない。
『まさか、テメェは痛みにビビッてんのか?』
唐突に僕が掻き消そうと努力しても、心の中でいつ首をもたげようかと隙を窺っている不安についてパッチペッカーは口にした。
「は?」
『俺はなぁ、“特別”なんだよ。ゲームで受けた怪我がリアルにも現れる、“特別”な人間なんだ』
特別……特別ね。痛いのがリアルにまで及んで、それで特別と思うのは、どうかしていないか?
「ゲームでの痛みがリアルに及ぶんじゃ、ゲームの意味が無いだろ」
ブーストによる移動に伴って放出されるガスの軌跡を追い掛け、漆黒の機体の居場所を突き止めようと目論む。
テトラをガスの軌跡に合わせるように動かし、辿り着いた先で漆黒の機体がエネルギーライフルを構える様をモニターに映し出す。
今度はアラート音に頼る必要も無い。左腕に持たせている防盾を構えさせ、再度、ばら撒かれたエネルギー弾を耐え凌ぐ。
これじゃ、防御で手一杯だ。それがテトラでのプレイスタイルの一つではあるものの、攻撃に転じられるタイミングを掴めないのでは、戦法もなにもあったものじゃない。
防盾を降ろさせ、ブーストを掛けて、テトラを斜め上へと飛翔させる。
『リアルは痛みがあってこその世界だ。痛みのない世界に、魅力なんて欠片もねぇだろ。だから、この世界が与えて来る痛みに、そして痛みを与える快楽に溺れることは、なんにも悪くねぇよなぁ!』
マップ画面に大量の赤茶色の光点がチラついた。続いてアラート音が意味も無く、鳴り響き出した。
ブーストで噴出されるガスを追い掛けたせいだ。ジャミングやデコイの効果が込められているものを使っている。
ふざけるな。こんな小細工でしか、僕と戦う気が無いのか、こいつは!
「……僕の“直感”は、外れない」
呟き、大量に発光する赤茶色の光点の一つに狙いも、方向も定めてテトラを回転させる。アラート音はもう意味を成さないから頼らない。そうして撃たれた漆黒のエネルギー弾を、セミオートで展開された左肩の防盾で受け止め、弾き飛ばした。
『展開式のショルダーガード? 手持ちの防盾と良い、なんだその後ろ向きな機体は!』
罵られようと、僕のプレイスタイルは防ぐことが前提で成り立つものなのだ。
「後ろ向きかどうかは、勝ってから言えよ。あなたの言っていることに僕は一つも共感できない。痛いのは誰だって怖い、傷付けることもまた恐怖だ。それをゲームの悪い点ではなく、良い点と受け取ろうとしていることに、虫唾が走る」
展開させたショルダーガードを収納し、ブーストを掛けて漆黒の機体へと走る。
声が震えている。怖いからじゃない。僕は、嘘をついたからだ。実際のところは“共感”してしまっている。
僕の置いて来た感覚が、少しずつ胸の奥からせり上がって来ている。
『お前だって、この世界から出られない口だろう? リアルよりもずっと、こっちの世界の方が理想に近いとか思ってんだろ? そう思うなら、人を傷付ける快感に溺れろよ』
「それは……思わないね」
本心を隠す。
『なら、痛みから来る快感を先に味わわせてやるよ。このグロリアで!』
「へぇ、グロリアって言うんだ? ラクシュミの偽物なのに、随分とカッコイイ名前を付けたじゃないか。ああ、ウザいウザい」
けれど、パッチペッカーがグロリアと呼ぶのなら、僕もそれに従おう。けれど、それ以外は全て否定してやる。




