もう決めたこと
「どうする気?」
「前にも言ったと思うけど、『リョウ』は“弱者を守る盾”なんだ」
大切なものを守るための自分。まさに厨二病真っ盛りのときに作ったキャラで、嫌われ者になってからは使わなくなった。あれは僕の黒歴史だ。
しかし、Knightを使ってくるのであれば、対抗するためには使うしかない。
「カッコイイこと言うじゃん」
倉敷さんは涙を拭いながら言う。クシャクシャになった顔で、精一杯の笑顔を僕に向けていた。
「でもそういうの、嫌いじゃない」
「一般的にはイタいと思われそうなことを言ってしまった気がするのに、肯定されてもな……」
嫌い云々ではなく、生理的に受け付けられない。リアルじゃ厨二病はそんなものだ。
「分かってるんだ……」
「その一言で、全てが建前だって分かってしまったよ」
「ドン引きしない辺り、親切だと思うべきね」
どこが親切なんだろうか。
「それと、私みたいになるかも知れない覚悟はあるの?」
「あー痛いのは嫌だな。やっぱりやめようか」
「さっきまでの良い男と思っていた私の純情を返せ!」
意味の分からないキレ方をされた。
だって嫌じゃん、痛いの。痛いのが気持ち良いとか、そんな特殊な性癖を持ち合わせていないしさ。しかも倉敷さんのパターンの場合、若干、命の危険を伴うかも知れないわけで。
「男に二言は無いでしょ。撤回したら、許さないから」
許さないから、という部分が随分とドスの利いた声だったので、僕は首を縦に振らざるを得なかった。
まぁ結局、「助けて」と言われたからには助けようとは思っていたけれど。
「あ、そうだ。パッチペッカーは、倉敷さんについてなにも知らない?」
病室を出る直前になって踵を返し、僕は訊ねる。
「あいつとなんて、面識は無いよ。声だってゲームの中でしか聞いたことがないから。でも、なんで?」
「テオドラに負かされて、ラクシュミのコピーまで作るぐらいの執念を燃やすから、色々と調べ尽くして、倉敷さんに接触していないかなと」
「……年上に心配しているの?
「ん、言われてみればそうだな……なんでだろ。年上なんて滅びろと思っているのに、どうして心配なんか……いや、まぁ良いや。倉敷さんは年上だけど、心配しなきゃならない相手って考えたんだろ、多分」
「それ、年上としては凄く腹立たしいんだけど」
「『助けてください』と言われた年下の立場にもなって欲しいところだなぁ」
倉敷さんは少しだけ元気が出て来たらしく、僕に対して不満げな顔を見せた。
「リアルじゃストーカーの被害にも遭っていないし、怪しい人に声を掛けられたこともない」
「ナンパされたことも無いの?」
「普段は帽子を被っているからね」
そこまで長い髪を隠すんなら、いっそのこと切ってしまえば良いのに。けれど、髪は女の命という名言? もあるし、それを言うのもどうかと思う。
と言うか、髪を隠していたところで倉敷さんはナンパされそうなんだけどなぁ、されないってことは相当、負のオーラか近付くなという殺気に近いなにかを発しているに違いない。
「なら、リアルの倉敷さんを誰かに守ってもらう必要も無いわけか」
「そういうこと。取り敢えず、私は退院するまではなんにもできないけど、頑張って」
この「頑張って」にはきっと、なんの意味も無いんだろうなぁ……。
熱くなっていた頭を冷やすには、ネガティブ思考が一番である。自分に優しい女の子が、他の人にも優しく接していないわけがない。自分だけ特別、なんて考えはとにかく捨てることが大切だ。
きっと、倉敷さんの弱音だって、これが初めてってわけじゃないだろう。他にも頼る人の一人や二人ぐらい居るに決まってる。今回はたまたま、ゲームについて頼れるのが僕だっただけの話だ。
たくさん並べ立てるネガティブな理論によって、病室を出るまでにはいつも通りの僕に戻ることができた。
「涼のくせに、涼のくせに涼のくせに涼のくせに涼のくせに」
廊下で理沙が呪いを唱えていた。
「……怖いんですけど」
声を掛けようが悩んだが、知らん振りして通り抜けることもできなかった。
「彼女なんて居ないって言ってたの嘘だったんだ」
変には思われていなかったけど、妙な勘違いを引き起こしていた。
「嘘じゃない。付き合っていないし」
「なら、お見舞いなんて行かなくても良いじゃない。しかも、私を連れてだなんて、なに考えてるの」
「連れて来たんじゃなくて、付いて来たんだろ。しかも理沙から付いて行くって言ったんじゃないか」
前日の夜に「救急車で運ばれた人のお見舞いに行く」と連絡したら、わざわざ高校をサボってまで来たのだ。理沙の中で高校生活は優先するべき順位の中でも下位にあるらしい。
「だ、だって、あんな綺麗な人と知り合いだなんて思わなかったんだもん」
理沙にはまだ倉敷さんがテオドラであることを伝えていない。
教えても構わないんだけど、それは倉敷さんが退院して、パッチペッカーとの問題が解決してからだ。
「あのね、幾ら相手が綺麗だからってそれで僕がメロメロになったりするわけないから」
頑張って取り繕ってみるものの、ジト目で睨まれてしまった。
「容姿端麗な人は自分に自信を持っているから、その内側は結構な腹黒さを兼ね備えていたりするんだけど、たまに純粋培養な人も居て、そしてその中でも更にごく稀に、意外な趣味を持っていて、それが縁で仲良くなるってこともあり得るし」
まるで見て来たかのように言われてしまい、言い訳を考えるのに少しの時間を要した。
「それだと仲良くなっておしまいだろ」
「え、なに。それ以上を求めたりしてるんだ。ふーん、良い出会いがあって舞い上がってるんだ。うわー、良いですねー青春ですねー」
「もしかして、妬いてる?」
「妬いてないですよー、別にー」
ならその棒読み口調をやめろよ。
「そんな妬いている理沙にお願いが、」
「妬いてないって言ってんでしょ!」
「痛ってぇ!」
ここが病院であるということも忘れて、理沙は僕の脇腹に蹴りを入れて来た。
怪我や病気を治すべき機関で、怪我人を出そうとするなんて、どうかしている。理沙も理沙で違う病院に行けよ。
「まぁ、なにか埋め合わせをしてくれるのなら聞いてあげなくもない」
「蹴っておいてそれかよ」
穏便に済ませる気があったんなら、蹴飛ばす前に実行して欲しいものだ。
「埋・め・合・わ・せ、してくれるよね?」
「は、い」
言わされた感が半端じゃない。
「やった。なら欲しかった服を買ってもらっちゃおうかな~」
「金銭面での埋め合わせなのかよ」
「他になにかできるの?」
「……できません」
鋭い指摘だ。女の子の喜びそうなことなんてちっとも思い付かないのだから、逆に向こうから提示してくれている分、ありがたくはある。しかし、何故かそれを受け入れたくないと思う自分も居る。
「ヘタレにもほどがあるよ」
「金銭でしか埋め合わせができないことと、ヘタレはイコールじゃない。むしろお金で解決している分、紳士的だ」
「でもそれって財布じゃん。そうじゃなくても、私が泊まったときになにもできなかったみたいだし、やっぱりヘタレ」
むしろそれは、手を出さずに一日を乗り切った僕に賞賛の言葉を向けるべきことだ。
「で、埋め合わせさえすれば僕のお願いを聞いてくれるんだよな」
「……なんだろ。この歳になると『お願い』が物凄く卑猥な単語に聞こえる」
実は理沙は相当な変態じゃないのか。幼馴染みが俗世に染まっているとか考えると鬱である。
「そのお願いの内容なんだけど、パッチペッカーを憶えてる?」
「うん、そりゃ憶えてるよ」
「その人を『Armor Knight』の中で探して欲しい。僕も理沙も都合良く一緒ってわけにもいかないだろうから、時々は単独になるかも知れないけど、とにかく探してもらいたい」
「そう簡単に見つけられるものなの?」
「パッチペッカーって目立ちたがり屋だったし、『スリークラウン』のテオドラを倒したってことで今、注目を浴びているからログインして来ないってわけは無いと思うんだよね。ただ、細心の注意は払っているかもね」
「なんでそんなにパッチペッカーさんに詳しいの?」
「話したことがあるって言っただろ。その時はスズでプレイしていなかったけど。ともかく、目立ちたがり屋なんだけど怖いもの知らずってわけじゃないんだ。自分の名声を維持したいから、吹っ掛けられる対戦は全て拒むはず。入るとすれば、野良マッチかチームマッチ。その辺りの対戦ログを拾って行けば、時間帯は特定できると思うよ」
「分かった」
「……なにも訊かないんだな」
「涼の言うことは信じるよ。特に、ゲームのことだったら信じなきゃ損なはずだし」
その信頼のされ方は嬉しいような悲しいような、微妙な気分だ。
「それじゃ、頼むよ」
パッチペッカーがラクシュミのコピーで暴れ回ると、それだけで倉敷さんにとっては苦痛だ。妙なスレッドが立つ前に、コテンパンに叩きのめしたいところだけど、それは高望みし過ぎかなぁ。
「あのね、涼。もしかしてだけど、ファーストキャラを使おうとか、思っていたり?」
不安げに理沙は訊ねて来た。
「そのつもりだけど?」
「分かっているよね? 加減を考えなきゃ、今度は家族会議じゃ済まなくなるよ」
「僕を『Armor Knight』に復帰させたのは理沙じゃないか。それなのに、そんなことを言うんだ?」
「だって、VRゲームをしなくなった涼は、誰が見たって覇気が無かったから」
そうだろうか。父さんに殴られ、母さんに泣かれてVRゲームをやめた僕だったけど、その後も別のゲームを遊んでいた。
あの頃の僕に覇気が無かった? 僕はいつだってそんな物々しい気を漂わせてはいないはずだ。全て、理沙の杞憂だ。
「これだけは約束。自分を見失ったりしないで」
「気を付けているよ」
「気を付けているだけじゃ駄目。あれは涼の裏の顔だから」
「無いよ、そんなもの」
「だったら、“あのとき”の涼を憶えている私は一体、なんなの?」
説得に見せ掛けた、回りくどい説教だった。
「僕は大丈夫だから」
「絶対だよ。絶対に、絶対だよ?」
「理沙はなんにも困らない。困るのはいつだって僕自身で、僕という存在意義だけだ。だから、そんなに心配しないで。僕はこれからバイトに行くから、ここで解散しよう。帰り道には気を付けて」
「涼も気を付けてね」
その台詞は、帰り道を心配しているとかそういうものじゃなかった。だからこそ、肯いてみせることなく僕は苦笑を浮かべ、彼女の肩を優しく叩いてから一足先に病院を出た。
こうして僕と理沙はパッチペッカー捜索を開始したのだった。




