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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第一章 -Encounter-
34/645

「助けて」と言う勇気

【-4-】


 症状が軽く、またタクシーを捕まえることができなかったため、彼女にあまり触れることなく救急車を待つことになった。幸い、救急車は比較的早くに到着し、彼女を病院まで搬送してくれた。


 症状は貧血による意識の混濁であるという救急隊員の判断だったが、病院に運ばれて直ぐに彼女は急性循環不全――いわゆるショック状態に陥った、らしい。その時の医師の対処が迅速且つ的確であったため、大事(だいじ)に至ることはなかったが、到着が少しでも遅れていたならば命の危険もあった、らしい。


 急性循環不全というのは、体中を巡っている血が足りないことで引き起こされる。出血性ショック死などの『ショック』とは主に、この急性循環不全のことを指すことが多い、らしい。

 ただ、倉敷さんの場合はどこにも傷口が無く、太い血管が切れていたわけでもないのに、それが引き起こされたため、医師もその点には首を傾げざるを得なかったらしく、原因は判然としていないままなのだ、そうだ。


 全てに憶測の「らしい」や「そうだ」を用いているのは、これら全てが倉敷さんか送られてきたメールに書かれていたことだからだ。病院へ搬送されるまでは救急車に乗って付いて行ったが、その後は部外者であったため、任せるしか無かった。理沙はギリギリまで粘っていたが、つまみ出される前に僕と一緒に引き上げた。


 そして四日後――

「来るのが遅い。昨日の内にメールを出したんだから、昨日の内に面会に来たら?」

 何故か僕は倉敷さんに怒られているのだった。


 面会が許されたのは昨日のことで、そのことについてもメールには書かれていた。しかし、そのとき僕は高校に居たのだからお見舞いになんて行けるわけがない。だから今日は高校をズル休みしてまでわざわざお見舞いに来たというのに、そんな僕に対しての開口一番がこれではたまったものじゃない。

「僕も毎日、暇ってわけじゃないからね」

 しかし、こうして無事な姿を見ることができて良かった。あの日から二日ほどは顔面蒼白で倒れてしまった倉敷さんが、頭から離れてはくれなかった。

「それで、今は廊下に誰も居ない?」

 妙なことを訊いてくる。僕にしか言えないようなことを言うつもりなのだ。

「これがゲームのせいだとか言わないで欲しいんだけど」

「私は廊下に誰も居ないか訊いたんだけど?」

 先回りして話をシャットアウトしようとしたのだが、見事にかわされてしまった。

「僕の幼馴染みが居る」

「へ? あれって脳内設定だったんじゃ?」

 どうやら信じてもらえていなかったらしい。


 ガクリと僕は項垂れる。


「幼馴染みは四日前に僕の下宿先に泊まった上に、今日はズル休み。さすがに家に帰ったら怒られるよ、きっと」

「それでも立花君の傍に居るなんて、相当、慕われているんじゃない?」

「幼馴染みは幼馴染みだ」

 そこに裏も表も無いし、表も裏も無い。ただそういう関係で、それ以上でも以下でもない。

「必要なら、帰らせるけど」

 言うことを利いてくれる保障は無いけど。

「廊下ならさすがに聞こえない、か」

「で、なに?」

「これから話すことは誰にも内緒」

 そう言われると伝聞したくなってしまう。

 猜疑心を露わにして、倉敷さんは僕をジッと睨んでくる。見つめているのではなく、睨んでいる。

「誰にも話さないよ」

 意を強くして発言する。それでようやっと彼女の鋭い眼光からは逃れることができた。

「それじゃ……『NeST』を貸して」

 身構えていたのに、椅子から転げ落ちそうになった。その気軽さはなんなんだ。

「借りてどうするの?」

「その返事ってことは、持ってきてくれているんだ?」

 確認の問い掛けに僕は肯いた。そこには肯かなければならない強制力もなにもなかったのだが、倉敷さんの発する鬼気迫るような迫力に押されてしまったとしか言うしかない。

「それは、持ってこいってメールで書いてあったから」

「じゃ、貸して」

「理由を話さなきゃ貸せない」

「詳しくは話せない」

「なら貸さない」

 押し問答に発展しそうではあったが、理由も知らずに高価な電子機器は貸せない。

 とにかく、彼女の要求に折れることはまずあり得ない。涙ぐまれようが、色仕掛けを使われようが、これは絶対だ。

「私のこと、信じてくれていないの?」


 ゲームで知り合って、顔を合わせたのがついこの前だというのに、信用しろとか、常識が足りていない。


「それとこれとは話が別だから。貸す貸さない以前にちゃんと説明してもらわなきゃ……この入院は、ゲームが原因なんだろう?」

 図星だったらしく、倉敷さんは目を見開いて驚いている。

「……相談しようと思ったのに、のらりくらりと避けられていたし」

「タイミングが悪かっただけなんだけど? メールでも相談は受けていたよ」

「こんな馬鹿げた話、メールで見て信じてもらえるわけないでしょ。ちゃんと面と向かって、どれだけ真剣に話しているか、知ってもらわなきゃ」

 確かに、僕も右膝の痛みについて気付くことがなければ倉敷さんからこの案件のメールが来ても、信じようとしなかったかも知れない。でも、自身の身に起こったことであれば信じていたはずだ。


 が、僕は一言も倉敷さんには右膝の痛みについて話さなかった。恐らく、僕の方が“これ”については先に知っていた。なのに、話さなかった。話すタイミングが無かったとも言えるけど、単純に、この人に「馬鹿なことを言っている」と思われたくなかったのだ。プライドなんて無いに等しいはずなのに、この人を前にするとどういうわけか、それが邪魔をする。


 だから、これもまた僕のせい、なのかも知れない。


「ログアウトをして、五分後くらいだったかしら、急に目の前がグラグラ揺れ始めて、熱でも出たのかなと思った。でも、本能が絶対に違うって訴え掛けていて、病院に行こうとしていたの。立っているのもやっとで、歩くのさえ精一杯なのに、救急車を呼ぶことに抵抗があって、なんとか自力で辿り着こうと外に出たところで、あなたたちに会った。それからは、ほとんど憶えてない」

「その原因がゲーム……でも、なにがあればそんなことになってしまうんだ?」


「……『Armor Knight』で負けたのよ」


 『Armor Knight』の敗北とは、撃墜されることだ。そして撃墜されたときに機体は爆発する。僕たちプレイヤーはその爆破演出に巻き込まれるわけだけど、それら全ては仮想世界における演出に過ぎない。演出で痛みを伴ったり、死を招くことになるわけじゃない。


 それが普通。それが当たり前。


 しかし、驚くところはそこじゃない。

「倉敷さんが負けたの?」

 そこが、僕にとっては現実的じゃない事実だった。

「負けた。それも最低最悪の負け方よ」

 倉敷さんが負ける? 倉敷さんが操るラクシュミを撃墜することができるプレイヤーなんて、そうは居ないはずだ。

「一体、誰に?」

「パッチペッカー」

「……面倒な奴だな、あいつは」

「そうよ、面倒よ。あいつは言ったのよ。『スリークラウン』のギルドメンバーを賭けて、対戦しろって」

「『スリークラウン』は個人的な挑戦を断ることは許されない。そして、敗北もまた許されない」

「そう。でも、私がパッチペッカーに負けるはずなんて、無かった……そのはず、なのに!」

 シーツをクシャリと握り締めながら、倉敷さんが悲痛な面持ちで僕を見つめる。

「あいつは、私のラクシュミとそっくりの機体を使って来た!」

「そっくりの?」

「どこもかしこもそっくり……さすがに、剛剣までは真似できなかったみたいだけど、でも……!」

 つまり、この前の大会の時から狙われていた。

 テオドラに負けたパッチペッカーは、どうにかして、ひと泡吹かせようと大会の時にラクシュミの武装から装甲に至るまで全て動画で把握し、再現したのだ。パッチペッカー自身が録画した動画も合わさって、ラクシュミはコピーされた。

 ただ、相当の執念が必要になる。そこまで初戦で負けたことが気に喰わなかったのだろう。たった一つのことにいつまでも執着する。そういう人間の醜い部分を僕は誰よりも知っている。

「ラクシュミが偽物のラクシュミに負けて、ついでにギルドの掟も破ってしまうことになった」

「私はもう『スリークラウン』のテオドラじゃない。ただのテオドラ。それも、偽物のラクシュミに負けたから、もうあの機体も使えない。あの造形が、あの武装が、あのスタイルが、全部が全部、私のだったのに……変えなきゃならない。そんなの、テオドラのラクシュミじゃない! だから、私はあいつに復讐したい! だから、あなたのプレイヤーキャラを使いたいの!」

 それで、僕のキャラデータが入っている『NeST』を借りようという魂胆らしい。指紋認証と暗証番号の二重ロック、そしてログインIDやパスワードも異なるけど、本人が隣で全て操作すれば、他人でも使えないことはない。

 要求に答えろと言わんばかりの、震えながらもせがんで来る彼女の手を見つめる。

「貸せない」

 けれど僕はそれを拒否する。

「なんでもするから! 立花君が言うことを全部やってあげるから、だから貸してよ!!」


 やめて欲しい。その容姿で、その綺麗さで、「なんでもするから」と軽く言わないで欲しい。

 そんな、誰かに媚びるような台詞は、倉敷さんらしくないじゃないか。


「絶対に貸せない」

「こんなに……! こんなに頼んでいるのに……どうして? やっぱり私を信じていないから?」

「どうだろ、分からないや」

 信じているのか信じていないのか、さっぱりだ。でも、言わせてもらうと「なんでもするから」と媚びた倉敷さんをどちらかと言えば僕は信じられなくなっているかも知れない。

「……出てって、もう出てって! 話したいことは話した! 全部全部、無駄だったけど!」

 払い飛ばそうとして伸ばされた倉敷さんの手を、僕は自分の手を重ねて強く握り締める。

「心血を注いで、やっと自分の描いた通りのものを作った。それがあなたのラクシュミだ。それを簡単にコピーされて、しかもその偽物に負けてしまった。その苦しさは分かる。でも、だからって復讐? それは間違っているって自分でも分かっていることじゃない?」

 僕の手に、倉敷さんはもう片方の手を重ねて来た。

「あそこが私の居場所なの。リアルの私にはできないことを、ネットのテオドラではできるの。ねぇ、分かるでしょ? 私が、ゲームだからって諦められない理由が、あなたには分かるでしょ。所詮、ゲームって言われて受け入れてもらえないことの辛さが……分かる、でしょ?」

 倉敷さんは涙を流し、声も震えて聞き取り辛い。


「やり込めばやり込むほど、周囲とは距離が空いて、誰も自分を分かろうとしてくれなくなる」

「無理して飾ってみても、すぐに限界が来て逃げてしまう」

「リアルは馬鹿ばっかりだ。分かろうという努力をしてくれない」

「でも、ネットは統治されている。嫌われ者はとことんまで嫌われるし、悪いことをすれば粛清される」

「うん、倉敷さんの言いたいことはよく分かるよ」

 弱く、脆い一面を見せる彼女の髪にそっと触れる。その手を拒まず、倉敷さんは俯いて深呼吸を繰り返す。自分の感情を落ち着かせようと努力しているのだろう。


「アニメも漫画も小説も、そしてゲームも、驚きと感動と衝撃と興奮に満ちている。それに比べたら、リアルはとってもつまらない。くだらない、面白くない。私にとってのリアルは“ここ”じゃなくて、ネットにあるの」


 ボソリと呟き、まるで「そうだよね?」と言っているかのように僕を見上げた。


「……御免。それは、違うと思う。僕らの考えは間違いで、それはただの現実逃避に過ぎないんだ。リアルがあるからこそゲームに打ち込めて、現実が存在するから仮想世界を魅力的と思える。全ては、やっぱり“ここ”にあるんだよ。だったら、あなたが今、するべきことがなにかは分かる?」

 賛同はできなかった。確かにリアルはつまらない。薄情者ばかりで、部外者を爪弾きにする嫌な社会を作っている。でも、それだけが全てじゃない。


「……助けて、ください。現実逃避だとしても、そうやって逃げられる場所を奪われるのは、嫌だから」


 倉敷さんにとって、誰かに「助けて」と言うのはプライドが許さなかったはずだ。ましてや僕みたいな男になんて言いたくもなかっただろう。

 でも、やっぱり周囲に助けを求めることは、プライド以上に大切なことだと思うから。

 リアルでもネットでも、助けを求める人に等しく手を差し伸べる親切な人は、必ずどこかに居るものだ。ただ、助けを求めるのがとても難しくて、自分の中で「できない」と諦めて(すが)ろうとしない。

 助けてと言えば、見返りなんて求めずに助けてあげる。そんな親切な人で、僕は居たい。


 口が悪いのは目を(つむ)ってもらうとして。


「うん、分かった」

 倉敷さんの手を惜しむように離して、僕は降ろしていた鞄を肩に担いだ。

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