淡い期待と募る不安
『トレーニングミッションを開始します。目標数は五機。全てを破壊することでミッションはクリアとなります』
コクピットにアナウンスが流れ、モニターが外の景色を投影する。
「あーあ、なんだかなぁ」
操縦桿を握って、思い切り右のペダルを踏み込んだ。機体――オルナはその踏み込みに反応して前進を開始する。ランク1のトレーニングミッションは索敵しなくともマップ画面に敵の位置を示す光点が出ている。そこに従ってオルナを動かすだけで、まず1機目をモニターに捉えることができた。
「期待なんか、してるかっつーの」
テオドラさんが男だったなら、こんなモヤモヤとした気持ちにはならなかっただろう。良くも悪くも、女の子だった。それも一つ年上ってだけの、女の子。
理沙にはそのことを伝えられなかったこともあって、どうとも思っていない風を装ったのだが、こうやって自分の感情を整理してみると、僕は倉敷さんへ淡い期待を抱いてしまっている。
つまり、彼女に好意的に見られたいという願望だ。
バカバカしい。あり得ない。あってたまるか。リアルはネットの世界みたいに上手くは行かない。ネットで仲良くなれたからってリアルで仲良くなれるわけがない。ましてや、あんな美少女とお近付きになれるかも、だって? それこそ非現実的な話だ。もはやファンタジーな小説や漫画でしか起こらないイベントだ。
異性と付き合ったことが無いから、ほんの少し優しくされただけで「もしや」という期待感が脳内を満たす。実際、そんな優しさなんて異性にとっては普通のことのはずなのだ。
僕に向けられた優しさや笑顔が、他の誰かにも向けられていないわけがない。
抉るように侵略してくるこの想いは、こうやってストレスの発散と同時に外へと放り出してしまえば良いのだ。そうすれば、もう期待しないはずだから。
敵機体に近付き、引き抜いたソードで一刀両断する。ランク1のCOMは反応速度が低めに設定されている上に防御力も高くない。僕のオルナでも一撃で沈められる。物足りなさもあるが、ストレスの発散にはこれが一番良い。
マップに表示されている敵の光点を頼りに二機目をすぐに捕捉し、エネルギーライフルで弾幕を張る。そうして廃ビルの隙間を縫い、間近まで迫ってソードで両断した。ソードを振り切る直前にオルナを走らせることでウェイトを殺す。
三機目は探すまでもなく、視界の中央に飛び込んできた。この距離なら詰めてしまった方が良い。なので、そのままブーストダッシュを行い、オルナと敵機体を激突させる。そうしてバランスの崩れたところに、エネルギーライフルを撃ち込み続けて撃破する。
アラート音が鳴り響く。直後、右斜め前方から四機目と五機目が建物の陰から姿を現し、実弾を浴びせてくる。この実弾の雨に真正面から掛かったところで、これはランク1なので耐久力も大して減ることはないのだが、対人戦を意識して、ここはバックダッシュで距離を開けながらエネルギーライフルで応戦する。
マップに一瞬だけ視線を落とし遮蔽物の位置を確認し、その数秒後に左に見えた廃ビルに自機を隠す。対人戦であるなら、ここは敵機体が二手に分かれるのを待つべきだ。それか即座にこの場を離脱が上策。或いは、深追いするような短絡的な人だったならわざと囮になって味方が居る場所まで誘導する。
しかし、COMの操作するあの二機は共に離れる様子は無く、こちらが出て来るのを待っているようだ。
無理やり分断させるしかない、かな。
廃ビルに隠れたままエネルギーランチャーを肩から起こして、砲身を固定する。そしてサイドのダッシュステップで廃ビルからオルナを出し、ビームの発射後にまた廃ビルへ隠れる。これを一度、二度、三度と繰り返す。敵機体に狙いは定めておらず、ただ乱射しただけに過ぎないが、おかげで二機の位置に乱れが起きた。
肩に起こしたエネルギーランチャーを戻し、廃ビルから離れて、分かれた内の一機にブーストダッシュを掛けて近付く。ソードを抜いて応戦する構えを見せているが、僅かに遅い。オルナにソードを縦から横に持ち替えさせ、擦れ違い様の辻斬りで撃破する。
エネルギーライフルを腰にマウントさせ、脚部からダガーナイフを抜いて残りの一機へと投擲。命中はしたものの、撃破できていない。でも、牽制には十分だ。実弾をオルナの動きに合わせてばら撒いてくるが、左右にジグザグに動いていればほとんど当たらない。
「これで最後!」
敵機体に詰め寄って、一太刀で敵機体を切り捨てた。モニターに『MISSION COMPLETE』の文字が浮かび上がり、続いて戦績と報酬の画面が映し出される。
コクピットの座席に深く座り、天井を仰ぐような形で大きく息を吐いた。
「痛っ……あー、そういえばさっきぶつけたな……」
左右へのダッシュステップでは、コクピットもまた左右に大きく揺れる。それに対して両手両足は座席に固定されていない。両手は操縦桿を握っているのだから、よっぽどのことが無い限りはコクピット内でぶつけないが、両足は話が別だ。
どうやら右足の膝を強くぶつけてしまったようだ。しかし、これは『Armor Knight』内だけの痛みに過ぎない。街に戻れば痛みが消えるという点において仮想世界は、リアルよりも優秀であるかのようにすら思えてしまう。
けれど、いつまでもここに籠もっているわけには行かない。
モニターの画面を閉じて、街へ帰還後に僕はすぐにログアウトした。
意識は現実世界へと戻され、正面に浮かび上がるのは『ログアウトが終了しました』の二文字。HMDを取り外し、うなじのケーブルも引き抜き、それらを机の上に置く。そして『NeST』とパソコンの電源を落として椅子から立ち上がり、放り出したままの夕食の準備に取り掛かった。
もうちょっと、詰められると思うんだよなぁ。
鍋を掻き回している間も、戦い方や機体の動かし方について考える。倉敷さんのラクシュミはもっと機敏に動けていた気がするし、操縦技術においてはまだ高められる部分があるんじゃないだろうか。僕のオルナはArmorで、彼女のラクシュミはKnightだから根本的なところで彼我の差はあるのだが、それでも勝つ構想を必死に立てる。
しかし、脳内に描かれたのは、倉敷さんの飛び切りの笑顔だった。いや、これはパイロットの性格について考察するのだから自然と思い返してしまうだけであって、そこになにかしらの感情が入っているわけではない……と思う。考えないようにしよう。そういったことを放り出すためにゲームをやったんだし。となると、しばらくはラクシュミの攻略法なんて考えられそうにない。
そうやって自分の感情に折り合いを無理やり付けた。
今日はカレー。明日もカレー。作って置いておけば節約になる。昨日の夕食は炒飯と中華スープ。炒めれば終わるような料理と、お湯を注げば完成する料理で凌いでいる。
煮込み終えて完成したカレーをご飯の上に掛け、今日の夕食は完成した。時間は八時を回っている。ゲームを挟んだとは言え、いつもと変わらない時間帯での夕食となった。
カレーライスを堪能しつつ、明日の予定を立てる。高校に行って、帰って、それでどうするか。スーパーには帰りに寄るとして、そのあとはゲームの時間としていたが、今は詰め込んでプレイすることができないし、本を読むかネットサーフィンでもして過ごすしかなさそうだ。つまり、今日とほとんど変わらないということだ。
まだ自堕落には遠いよな……? ゴミ出しはちゃんとしてるし、朝だってちゃんと起きている。まだ、うん、まだ大丈夫なはずだ。
カレーライスをおかわり込みでたらふく食べ終えたのち、食器類を台所の流しに置いて、部屋に戻って畳に寝転がる。
ゲームがやり甲斐、なんて言い方だと廃人っぽいけど、僕の充実した毎日の定義にはやはりその存在が必要不可欠らしい。
満腹になり、うつらうつらしているとスマホが豪快な音楽を奏でた。ディスプレイには『倉敷さん』の四文字が浮かび上がっている。
「もしもし」
『なんか不機嫌そうな声なんですけど』
「普段からこの声だから」
電話口での声の調子でこちらの感情まで読み取られてしまってはたまったものじゃない。不機嫌なのではなく驚いているのだ。番号を教えはしたものの、まさか掛けてくるとは思ってもみなかった。
「なんの用?」
『さっき、オンに居なかった?』
逡巡して、答えあぐねる。
「居た、と言えば居た」
そんな曖昧な言い方にしたところで、なにも誤魔化せていないことには発言したあとに気付いた。
『あの声は立花君だと思ってた』
声まで聞いているとなると、男にナンパされて必死に逃れようとしていたときにでも傍目から覗いていたのだろうか。
「でも、なんで僕だと? 名前は非公開にしていたし、服装だって変えていたのに」
『声』
「声……ね」
その一言で妙に納得してしまう。
『立花君の声は耳に残りやすいの。こう見えて音楽の教養があるから、声音や楽器の音には敏感なのよ。ま、らしくないから学校じゃその手の部活はやってない。オンで、わざわざ服装まで変えていたから、声を掛けるのは控えたの』
声だけで分かってしまうんだったら、それはもう才能の域に達しているようにも思えるけれど。
「耳に残るのは、ちょっとハスキーだからかも。声域ならアルト、頑張ればギリギリでメゾソプラノかな」
しかし、仮想世界で僕の声を聞いたからといって、そんなことで電話を掛けるのもおかしな話だ。なにか別に用事があるんだろう。
「それで?」
『あー……っと、ここからが本題。ゲームをプレイする前としたあとで、なにか変わったこととかなかった?』
『Armor Knigh』をプレイする前としたあとでの変化か。
「特にはないよ」
『……なら、私の勘違いか』
「どうかした?」
『ううん、こんな時間に、こんな他愛も無いこと訊いちゃって、御免』
謝られるほどのことでもない。
「気になることがあるんじゃ?」
『勘違いだから、気にしなくて良いよ。それじゃ、ね』
そのまま通話は切られてしまった。そんな中途半端な切られ方をすると、逆に気になってしまう。リダイヤルするために指を動かしたが、僕から電話をこんな時間帯に掛けてしまって良いものなのだろうか。彼女が、もしも特定の異性と一緒に居るならば、スマホのディスプレイに僕の名前が表示されると大事になってしまいかねない。
でも、これは倉敷さんに彼氏が居ることを前提にした話だしなぁ……。
彼氏は居ないと言っていた倉敷さんを信じないわけではないが、結局、僕はリダイヤルすることを諦めてスマホを机の上に放り出した。
要はヘタレたのである。急ぎの用事だったなら、「勘違い」なんて一言で済ますわけもないだろう。
今日はもう、お風呂に入ってさっさと寝てしまいたい。そう思い立って、僕は立ち上がろうと体に力を込める。
「痛っ……!」
右膝に激痛が走り、立ち上がることに躊躇する。右足を伸ばして、次に曲げて、そのタイミングで力を込めてみる。やはり痛みが走る。
ジーンズの裾を上げて、自分の身になにが起こっているのかを確かめる。
右膝に内出血も伴っているのか、青痣ができていた。
つい先ほどまでは痛みなんて感じていなかった。それに、ぶつけた記憶もない。
「そういや、ゲームじゃぶつけていたけど……」
あり得ない。あり得るはずがない。
突拍子も無いことを考えてしまい、即座にその可能性を否定する。
そう強く自身に言い聞かせるが、結局、眠りに落ちるまで「もしや」という杞憂を拭い去ることはできなかった。




