二日経過して
***
「だーかーらー、教えざるを得なかったんだって」
『それでも、知り合ってすぐの人に教えるなんて、個人情報を悪用されたらどうするの?』
「そんな卑怯な手口をするような人には見えなかったけど」
倉敷さんと会って二日ほど経った。いつものように起床して、いつものように高校に出席し、いつものように帰宅した。そして、いつものように夕食の支度を始めようと思ったところで、ようやく理沙のことを思い出したのだ。
二日前のことをありのまま伝えようと思い、電話を掛けた。そもそも倉敷さんとオフで会うなんてこと自体、伝えていなかったことだった。そのためか、あからさまに不機嫌である。声を聞くだけで分かる。
これでは、テオドラさんが女の子であったことを伝えることはできそうにない。
『それで電話番号も住所も教えちゃうとか。へー、良いご身分ですねー。私には禁止していたくせにねー』
棒読み気味に怒りの言葉をぶつけてくる理沙であったが、僕自身はどうして彼女がそこまで不機嫌なのかを把握し切れていなかった。電話番号については現に今、理沙と電話しているのだから教えているし、下宿先の住所だって彼女にはちゃんと伝えてある。それ以上のことを僕は倉敷さんに教えていないし、それのなにが不満だと言うのか。むしろ不満に思うところがあるのだろうか。
住所、電話番号、メルアド。なにも不公平な部分は見当たらないはずだ。
「理沙が言うように、僕の個人情報がばら撒かれないとも限らないけど」
僕の個人情報を手に入れて一体、彼女になんの得があると言うのだろうか。
『もうばら撒かれているかもねー』
「テオドラさんのことを信じてない?」
『まー、テオドラさんには悪い噂も無いし、リアルで犯罪紛いのことをしているなんて話もネットを見た限りでは無さそうだけど』
「だろ? 問題ないって」
『なんか、私の知らないところで誰かと会うとか、物凄く不愉快なんですけど』
……詮索されている? 倉敷さんのことを女の子だと伝えていないのに?
これが女の勘というやつなんだろうか。
「僕が理沙以外の誰かと仲良くしているのが気に入らないとか?」
「はぁっ?! そんなわけないじゃん! 第一、テオドラさんって男でしょ!?」
言い訳をするときにやや声を荒げてしまうのは僕と同じくする彼女の癖なのだが、電話口で聞く上ではやはり是正した方が良いだろうと思ってしまう。電話じゃなく、直の会話であれば気にならなかったんだけどな。
「そうなんだけど、いつになく機嫌が悪いように思えたから」
しかしそれ以上に、彼女の気迫に押されて嘘をついてしまった自分が恥ずかしかった。
『はぁ~……あーもう、良い。この話はおしまい。今度は私からの報告。明日、そっち行くから!』
「行くって、なんで?」
『涼が最近、変なことをしてるんじゃないかって不安だから! 女の子を連れ込んだりしてそう』
「人見知りで根暗でインドア派な幼馴染みをもっと信用しろよ」
『人見知りで根暗でインドア派なクセに、なにも言わずに誰かと会うような幼馴染みを信じられるかー!』
「そこは信じろよ。どう考えたってそんな男が女の子を連れ込むなんて不可能だろ……別に来るのは良いけど、明日って平日だろ。来れるの?」
『夜には着くから泊まりに行く感じで』
「……泊まるの、お前?」
ここって、特例以外で泊まっちゃダメなんだけどな。
『悪いの?』
「いや、別に。ゲームでもして帰るんだと思ってた」
『なんでわざわざ涼のところまで行ってゲームをしなきゃならないの……そんなに中毒症状が出ているんだったら、やれば良いじゃん。そうすれば私だってオンでまた遊べるわけだし』
確かに理沙が遊びに来ることがそのまま一緒にゲームをすることだと直結してしまう僕の頭は、既に中毒症状が表れているのかも知れないが、VRMOに限らずパーティゲームだって世の中にはあるんだから、そう考えてしまっても、そこまで非難されるようなことではないはずだ。
実は理沙ってゲームがあまり好きじゃないのか? だったら、なんで『Armor Knight』がやりたいなんて言い出したんだか。
「僕は一度決めたことを守る主義でさ」
『はいはい、三日で挫ける決意のことなら知ってるから。私はそんなことで怒りませんよー』
性格を掌握されていると、こうも出鼻を挫かれるものなのか。
「分かった、分かりました。三日で挫ける決意を表明した僕らしくゲームをすれば良いんだろ。ってか、本当に泊まる気なんだな」
『私が泊まることで、涼になにか悪いことが起こるの?』
別に女の子を連れ込むようなチャラい行動なんて起こしたことないし、女の子を誘う術なんてものも持ち合わせちゃいない。
なので、彼女がやって来ても漫画やアニメによくある修羅場展開なんて起きやしないから、全然全くこれっぽっちも困らない。
あれ? なんか、思えば思うほど虚しくなってきた。僕はこのままだと灰色の青春を送ってしまいそうだな。少しは幼馴染みを動揺させるような友人関係を構築しなければ! と決意したところで三日で挫けるんだよな。
「ここ、特例以外で宿泊禁止なんだけど」
『じゃぁお忍びで!』
「バレたらどうするんだよ」
『バレなきゃ大丈夫だよ!』
電話でも分かる気迫に圧倒され、「ああ、うん……そうだな」なんていう言葉が喉の奥から漏れ出し、結果として約束が成立してしまった。
「分かったよ、頭の中に入れとく。でも明日、僕はバイトがあるから、来るなら遅めの方が良いよ」
『…………涼、私のことを邪魔臭いとか思ってない?』
僕の意図しない間の置き方のせいで、理沙は妙に勘繰っていた。
「そんなわけない。昔から迷惑掛けっ放しだし、僕の方が邪魔臭いんじゃと疑っているくらいだよ」
『私が? 私は涼のたった一人の幼馴染みだから、そんなこと思うわけないじゃん』
「それじゃ、僕も理沙のたった一人の幼馴染みなんだから、思うわけない」
『テオドラさんはどんな人だった?』
「ちょっと、遠い存在かな。少なくとも、折り合いは付きそうにないよ」
『年上だったから?』
「まぁ、そうだったんだけど……僕、年上が嫌いだって理沙に教えたっけ?」
『涼のことならなんでもお見通し。男女問わず一つ年上でも、もう駄目でしょ。苦手意識が強すぎなんだよ』
「人付き合い、もそうなんだけど……僕は年上に嫌われるプロだからなぁ」
『凝り固まったイメージで年上の人と話すからじゃない? 話す前に深呼吸の一つでもしてみたら良いよ』
「ああ、ありがとう」
『じゃ、もう切るね。また明日』
理沙のアドバイスをそのまま実行するかは措いて、適当な相槌を打ったのち電話を切った。しばらくスマホの画面を眺め、小さな溜め息を零す。結局、テオドラさんが女の子だったことを僕は伝え損ねたんだけど、そこまで気に掛けることもないんだろうか。理沙の言う通り、僕は年上が嫌いなんだから。
年上嫌い、か。先輩ってだけで、馬が合わない相手であっても敬意を示さなければならないし、その鼻っ面を圧し折ることさえ叶わない。それは対等な関係とは程遠い教育機関の悪習だとまで思う。
……やっぱり僕の根幹は、倉敷さんと会っても尚、なに一つとして変わっていなかった。それを再認識できた。
「倉敷さんには、ムカつかなかったんだけどな」
あそこまで気遣われたのは生まれて初めてだ。もしも僕が、中学時代にもっと気遣いのできる先輩と出会えていたのなら、理沙にもバレてしまうほどの年上嫌いにはならなかったのかも。
もしも、なんていうのは甘ったれた想像だ。現に僕は年上嫌いなんだからどうしようもない。大体、倉敷さんにはまだ素を出せていない。それは苦手意識の表れなんだから、彼女の前で意図せず素を出してしまうようになってから改めて考えるべき事柄だ。
悩めば悩むほど頭の中が窮屈になってパンクしそうだった。
僕は『NeST』をヘッドマウントディスプレイとパソコンに繋いで、神経接続ケーブルをうなじ部分に突き刺す。システムチェックが入り、全身に一瞬、痛みが走る。その後はいつも通りの手順を踏み、僕は『Armor Knight』の世界へと飛び込んだ。
ゲームをしていればなにも考えなくて良い。プレイしている間は、現実から切り離される。それだけで少しは気も晴れるってものだ。
しかし、スズの噂はまだ消えていないだろう。僕は人の集まる街中を避けて、まずはデザイナーズエリアに逃げ込んだ。ここでは認証を経て、個室に入ることで服装の変更が可能となる。その間、スズが衆目に晒されることはない。




