冷たい自分と優しい自分
「話したくない」
「なら、立花君がファーストキャラについて教えてくれるまで私、あなたのことを連れ回すから。だって、私の勘が正しければ――いいえ、これはまた今度にしましょう。とにかく、連れ回すことは決定済みだから」
「……本気?」
「本気も本気。私を怒らせると怖いよ?」
倉敷さんは一切、こっちを見ようともせずに大きく一歩を踏み出した。付いて行く理由なんて無いのに、何故か置いて行かれたくないので彼女のあとを追う。
綺麗な髪が日の光を浴びて輝き、そして風の流れに乗ってなびく。これほど絵になる光景が他にあるだろうか。絵描きが居たらモデルを頼むに違いない。
その美しさと彼女の言葉から強く感じるものに心が揺れる。僕のことを知りたい。そう思ってくれる人は、両親や理沙以外には居なかった。だから、知ってもらえることに嬉しさを覚えたのかも知れない。
なにより、連れ回されるのは勘弁であった。
「プレイヤーネームは『リョウ』。自分の名前から取って付けた」
「『リョウ』と『スズ』か。確かに、男の人っぽく聞こえる名前と女性っぽく聞こえる名前ね。短絡的とは思うけど、読み辛い名前を考える人よりはよっぽどセンスがあるじゃない」
プレイヤーネームを口にした以上、もうあとには戻れない。これで倉敷さんが調べ物をすれば、すぐにでも僕がどんなプレイをしていたか分かるはずだ。
「あんまり調べて欲しくないことだけど、『リョウ』は“弱者を守る盾”。逆に言えば、全てを拒んで全てを受け入れない。全てを寄せ付けようとしない冷血漢。普段がこんなだから、ゲームに自分を落とし込むと、コミュニケーションすら放棄した。その内、自分で自分が嫌になって、投げ出したんだ」
俗に言う厨二病というやつである。倉敷さんが気に入っているその男のロマンに、僕も酷く侵されたことがあったのだ。だから当時のそれについては第一次闇期と呼んでいる。
「でも、未練があるから『Armor Knight』をまた始めたんじゃない? 幼馴染みの誘いは立花君には丁度良かったのかも」
けれど、僕は理沙に誘われるまで『Armor Knight』をやり直そうとは一片たりとも思ったことがない。つまり、未練なんて無かったんだ。にも関わらず、またやり始めてしまった。
その答えは、一つしか考えられない。
「僕はリョウの中に、鬱屈した自分を重ね合わせすぎて本来の自分を置いて来てしまっているのかも知れない」
「どういう意味?」
「本当の僕はスズじゃない。スズは優しい自分なんだ。それに比べてリョウは僕の、冷めすぎた部分を担ってる。どちらかと言うと、リョウの方が僕に近い。ファーストキャラなんだから、セカンドキャラと比べればどちらが自分らしいかなんて、考えなくても分かる」
「……それだったら、私だって本来の自分をファーストキャラの『ティア』に置いていることになっちゃうじゃない。テオドラの性格も考え方も、全て私の理想なんだから。本当の私はテオドラであっても、あの仮想世界のどこにも居ない」
似た者同士とは思わない。僕は、彼女よりもっと自己中心的な理由でリョウに戻れないのだ。
「互いに悩みは付き物だけど、それに囚われていたら楽しめるものも楽しめない。立花君はスズで有名になる前はいつもどのくらいの時間帯にログインしてた? 朝から晩まで?」
これ以上、この話は無しで。まるでそう言わんばかりの切り替えの速さだった。
歩調もいつの間にか合わせられていて、僕の隣を倉敷さんが歩いている。いまいち現実味が無くて困る。まるで幻想の中に居るかのようだ。こういう感覚こそ、ゲームと現実の区別が付かない状態だ。
「……僕はいつも暇じゃないんだけど」
しかし、そんな夢みたいな状況でも、倉敷さんが言ったことに肯き返すことは決してできなかった。僕だって高校生なんだからログインできる時間帯は限られている。それを朝から晩までとか、不登校やニートじゃあるまいし。
倉敷さんなりの冗談なのかな。ホテルが云々という冗談よりは、はるかに優しいけど。
「あ、幼馴染みと同棲しているから時間がそんなに取れないの?」
「してない。幼馴染みは基本、家が隣同士なだけで同棲には至らない」
やっぱり冗談なんだな。場を和ませようとしているらしい。
「てっきり幼馴染みと付き合っているんだと思ってた」
「僕は一言も付き合っているなんて言っていないし、付き合っていたとしても高校生で同棲はあり得ない」
しかし、実際のところ、理沙との幼馴染みという関係ってどうなのだろう。それ以上でも以下でもないなんて言われたらそれまでなんだろうけど。でも、なーんか違う。ギクシャクはしてないけど、昔となにかが変わった。
理沙が変に下世話な話をするようになったりとか。男の僕にそういう話題を出して、身の危険を感じたりしないのかと問いたい。訊きたいが、訊いてしまったら理沙ともう、話をすることができなくなってしまう。
「饒舌になってきたね」
「これを饒舌と呼ぶかどうかは定かじゃないよ」
街中を進み、やや沈黙が長引く。
「大会優勝おめでとう」
「ありがとう」
「でも、どうして大会に出ようなんて……『スリークラウン』はそういった催し事には出て来ないギルドのはずだけど」
一言で終わらされてしまった。そして再びの沈黙に耐え切れずに、僕は一番訊きたかったことを口に出す。こうやって話をしていると、大会に拘りを持つような人には思えないのだ。
「どうしてだと思う?」
「名声?」
「もうテオドラとしては有名人なんだけど、喧嘩売っているの?」
売っていないし、不機嫌になる理由も破綻していてわけが分からない。
理沙が言うには、テオドラは女性プレイヤーに大人気らしい。そりゃ、中の人は女の子なんだから周囲の男性キャラに比べれば一線を画すだろう。イケメンキャラなのも、人気を取りやすい要素だし。
「自分の強さを確かめたいから? 『スリークラウン』が掲げる条件は常勝不敗。1vs1以外は遊びだけど、1vs1では負けることは許されないはず」
「なんでそこまで知って……ああ、そっか。立花君は見掛けとは違って、そっち寄りの人だから、そういうことに詳しいのか」
「『スリークラウン』の件は置いておくにしても、大会に出る人はみんな、僕寄りの人ばかりだと思うよ」
パッチペッカーは例外だけど、みんな自分の実力を知りたいから大会に出る。それだけでなく、そこに付随する名声にも目が眩んでいるはずだ。
「私は、ラクシュミをたくさんの人に見てもらいたいだけ」
「……あのKnightを?」
女性型のKnightで、白銀の輝きを持つ機体を思い出す。かなり手を加えていることは見ただけで分かったけど、それをたくさんの人に見てもらいたい、だって?
「あの綺麗な機体を、もっとみんなに見てもらいたい。あのフォルムだって、あそこまで整えるのに物凄く苦労したし、剛剣を最後まで改造させるのにも二週間掛かった。その苦労の分だけ、こんな機体もあるんだってことを知ってもらいたいの」
機体のフォルムは人それぞれだ。その変更の幅は広く、誰もが自分自身の描く空想のロボットの形を目指している。
だから、あの流麗なフォルムを持つ機体に隠された強さは、倉敷さんそのものの強さだ。それだけは言える。
「確かに、あれだけ情熱を注いで完成させた機体なら、たくさんの人には見てもらいたくなるかな」
「でしょ」
倉敷さんは顔を上げて、今日一番の笑顔を作る。そして僕の前に立って、グイッと顔を近付けて来た。身を引いて逃れるにも限界がある。足を引けば、すぐにでも大きく距離を置けるのにどういうわけか体は言うことを利いてくれなかった。きっと、魅入ってしまっていたのだろう。倉敷さんの透き通るような瞳に、僕の全感覚は持って行かれてしまっていたのだ。
「な……に?」
ドギマギしながら彼女の仕草にあるだろう本意を探る。
「髪、切った方が良いよ」
「このままの方が落ち着くし」
「ねぇ、立花君。私、今日はあなたに会えて良かったと一応は思ってる」
半歩ほど倉敷さんが引いて、ようやく心臓の鼓動が穏やかになる。
「僕は……どうだろ、分からない」
「それでさ、メルアドだけじゃなくてスマホの番号と……あと住所も教えてくれない?」
「教える理由が、」
「私が先に教えれば立花君は教えざるを得ないよね。ふふ、パソコンでやり取りしているときにスマホのメルアドを書いたら、ちゃんと自分のメルアドを書いて返してくれたから、きっと真面目な人なんだろうなとは思ってた。男じゃなければもっと良かったけど。勿論、今回もちゃんと教えてくれるよね?」
驚くほどの積極性に、僕は首を縦に振って答えることしかできなかった。
そして、彼女はその肯きに対して、やはり満面の笑みで、喜ぶのだった。




