喫茶店を出たあとは?
「倉敷さんはどうしてリアルで会おうなんて?」
VRゲームはネカマができないと言われているから、僕が女性キャラを使っていたせいでこんな仮想世界と現実で性別が逆転したわけだけど、もしもこの人が通常のMMOやMOを遊んでいたのなら、女性だと思い込んでいたフレンドがリアルで会ってみたら男だったなんてパターンは起こり得ることだ
「一つに、スズを実は男なんじゃと疑いつつも、できれば女性だったら良いなと思っていた。二つに、純粋に会ってみたいと思える人だった。この二つじゃダメ?」
「それで男だった僕を、謝罪と奢りだけで許すなんて心が広いような……」
僕が指定された席に座った時点で、スズであることは分かったんだから、そのまま無視して喫茶店を出ることだってできたはずだ。でも、倉敷さんはそうはしなかった。
意地が悪いってところを踏まえると、騙した僕になにかしらの制裁を加えてやろうという思いがあったからとも考えられるけど。
「立花君は不埒なことをする男には見えないし、気も弱そうだから強気で押して奢らせてやろうと決めたの」
ほら、やっぱり。
僕からは弱気なオーラが滲み出てしまっているらしい。これからは気を付けて道を歩こう。でなきゃ、知らない人に恐喝されてしまいそうだ。
「帽子は男っぽく見えるようにするためのもの……とか?」
倉敷さんは男性キャラを使っていたわけだし、遠目から見て判断されないための精一杯の変装だと考えた。
「ああ、これ?」
言いながら倉敷さんはあの大きなパフェの最後の一口を食べ終えたのち、髪をすっぽりと覆っている帽子に手を掛ける。
「髪を見せながら歩くと、人に注目されることが多くて、そういう視線がウザいの。でも、店内に人は少ないみたいだし、取っても良いか」
そして、被っていた帽子をゆっくりと脱いだ。中に収まるように纏められた髪が、彼女の首を振る動作に合わせて乱れ落ち、照明を受けて艶やかに輝く。深くて黒い髪が僕の目にハッキリと飛び込んで来た。
純粋なロングヘア。前から窺うだけでは言い切れないが、肩甲骨の下よりも伸びている。幼馴染みの理沙はずっとショートボブだし、ここまで長く綺麗に伸ばした髪を見たのは初めてだ。髪の毛というのは、こんなに綺麗に整うものなんだな。癖毛も、そして毛髪の痛みすらも垣間見えない。
女性の身体的魅力ベスト10には髪の綺麗さが入っているだろうと、僕は少なくとも思っている。彼女の髪は、僕の感情全てを惹き付けるに等しいほどの美しさを持っていた。
これは、卑怯だ。帽子を被っているときと被っていないときで印象がまるで違うじゃないか。こんな人と僕はさっきまで話し込んでいたのか。
急に頭の頂点が熱くなって、それから視界がグニャリと歪む。首を左右に小さく振って、気を取り戻すものの、今の現象に驚いて声も出ない。
見惚れた。今、完全に僕は目の前の彼女の綺麗さに眩暈を覚え、意識が混濁しそうになったのだ。
「えーっと……」
「立花君もそんな目をするんだ? あー、ウザいなぁ」
「いや……いやいやいや。予想外だっただけで、そんな意味を持って見ていたわけじゃなくて」
何故か僕は、倉敷さんに妙な印象を与えてしまったのではないかと不安になり、必死に弁明していた。
「そんな風には感じられなかった」
考えもせずに出した言葉では、納得されなかった。たまに、単細胞で極端で短絡的な人間になってみたいと思うことがある。もっと、素直で一直線で、言ったことを全て信じてもらえるような明朗快活な人間でありたいと。殊に、この瞬間に僕は深く、自身のどうしようもないほどの陰湿な性格を後悔した。
「帽子を被っていない方が大人っぽく見えるから」
「被っている間は子供っぽいってこと?」
「それはさすがに自虐的過ぎる」
「なんだろう、まだ私に対してタメ口で喋るのを遠慮しているみたいだし。どことなく、敬語で話したいっていう願望が伝わって来るし」
そればっかりは性格に裏付けされたものだから、指摘されてすぐに直せない。倉敷さんがどれくらいの態度までなら僕を許してくれるのか。その線引きがまだできていないのだ。
「あんまり人と話すのが得意じゃないから」
倉敷さんにしばらくジト目で見つめられたが、目線が合うたびに逸らしてしまう。訊問される側はいつだってこんな追及の目から逃げたくなるものだ。倉敷さんは綺麗だし、そんな人と僕が視線を合わすことは畏れ多いことだ。
「……そろそろ出ましょうか。パフェとコーヒーだけで長居するのも迷惑だろうし」
倉敷さんが立ち上がったのを見て、僕も小さく肯いて席を立った。
会計は僕が済ませ、喫茶店を出ると先に外に出ていた倉敷さんが手を後ろ手に組んで、前屈み気味に僕に微笑み掛けてくる。
「これからどこか行く予定は?」
「特には考えてない」
これがデートならあるまじき発言だな。けど、倉敷さんと僕なんかじゃ釣り合いなんて取れるわけもないし、相変わらずの自身の高望みに嫌気が差してしまう。
「じゃ、ホテルとか行ってみる?」
優しげな微笑みから小悪魔な笑みに変わり、そんなことを口にされてしまっては対人に難のある僕は口をパクパクと動かして、声にならない訴えを起こすことしかできない。
「冗談をそこまで本気にするとか、そんなんじゃ立花君は悪い女性に騙されて人生で大損してしまうわよ」
「そこまで言う?」
「あなたはもっと自分に自信を持つべきよ。私が年上って分かってから急に物静かになっちゃうし、そうと分かる前のあの毅然とした立花君はなんだったの?」
「あれは、自責の念というか……悪いことをしたと思っていたから、会話が沈黙してしまうと気持ちまで沈んでしまって取り返しの付かないことになりそうだったから必死に口を動かしていただけで、本来の僕なんかじゃない」
「自己保身だったってこと?」
「そう」
ふーん、と言いつつ倉敷さんは手を後ろ手に組んだまま半回転して、僕に背中を向けた。
「でも、そんな人見知りでも私の誘いに乗ってくれたし、悪気があると思って必死になってくれたわけだし、そういうのを踏まえると、あなたのことを悪いようには受け取れない。なんだかんだで良い人で優しい人なんだと私は感じた。心を許した相手にはとことんまで親身になったりしてるんじゃない? ま、私にはきっと心を開いてはくれないでしょうけど」
「年上は嫌いだから」
主に先輩風を吹かす連中が世界中から滅び去ってくれないかと願うほどに嫌いだ。
そして、年下である僕を経験不足であると判断し、騙し、嘯き、篭絡して信用の全てを失わせた、“ある人物”のことを僕は心の底から恨んでいる。
「だから、あなたの嫌いな年上と私を一緒にしないで」
「……御免」
気まずい雰囲気になってしまった。主に僕の根暗なオーラが原因であることは明白なんだけど、ここで妙に明るいノリで場を盛り上げることを僕ができるわけもない。
「絶対、心を開かせてやる」
「その宣言は聞かなかったことには……できなさそうだなぁ、うん。あ、はい」
睨まれてしまっては、スルーすることは難しい。
「立花君は、これからも女性キャラを使う?」
「一応は使う。大した理由も無いけど」
唯一無二の幼馴染みのためだから、我慢するしかない話だ。
「じゃぁ、ファーストキャラはどうするの? もう使わないの?」
「あまり使いたくない」
「もしかして、ドン引きするレベルで遊び尽くした?」
「引いてしまうほど遊んだけど、遊び尽くしてはいない」
似たような会話を前にも理沙とした気がする。
「パージの無敵時間を利用しての防御は見逃してないから。あれ、私にもできないから、死ぬほど遊んでたんだろうなとは思っていたけど」
「たまたまだから」
いつもできるようなことじゃない。
そうやって言っておかないと、いつも勘違いを起こされて、期待されて、失敗して、馬鹿にされる。
「私の一方的な意見になるけど、手際の良さもあったし、どうも立花君の話を鵜呑みにはできない。一回や二回のマグレじゃなくて、一時期、それを当たり前のように使っていたことがあったりしない?」
鋭い指摘をされてしまった。たった一度の共闘だけで、そこまで僕のキャラと機体について考察しているなんて、頭の良い人は学校の勉強だけでなく、趣味の方でもその能力を発揮するらしい。
「……もっとあなたのことを調べたいから、ファーストキャラについて教えてくれない?」
それは無理な話だった。過去を掘り返されると、倉敷さんとはもうメールをすることさえできなくなってしまう。




