対戦が終わって
***
「スズってファーストキャラのとき、『PvPランク』はどれくらいだったの?」
「あ~、やり込みすぎていたからあまり言いたくない」
「そんな引くほどやってたの?」
「引くほどやってた」
「そんな風には見えなかったのに」
「夜更かしして……遊んでいたからね」
中学三年の、しかも受験を控えた年にゲームに熱中するとか、理沙には知られたくなかったことだし。
「でも、おかげでランクがもう少しで上がるし、『CoMランク』もミッションをあと二つクリアすれば昇格ミッションが出るし、今日もありがと」
「……地上戦はそれなりに上手くなって来てるし、あとは空中戦をどうにかすれば、ルーティも一人でやって行けるんじゃない?」
照れ隠しのように言ってみたが、どうにも隠し切れていない気がする。というか、僕ってそもそも隠し事が苦手だからどんな手を使っても無駄なんだった。
「別に一人立ちしたいから頑張ってランクを上げているわけじゃないんだけどね」
「どういう意味?」
「内緒」
言いつつ、えへっと笑うルーティに僕は脱力してしまう。さっきまで気を張って対人戦をしていた分、この落差の大きさに若干ながら疲労感を覚えた。けれど、ルーティはリアルでも見知った仲だから、それほど気を張らなくて良いのが唯一の救いか。
「ん、メールか?」
開かれたコンソールにメールの着信を示すアイコンが浮かんでいる。対人戦を行ったあとの履歴からも送ることができるので、完全に『ブロック』していなければ、とんでもない内容のメールもやって来るが、僕は慣れてしまっているので、そのブロックの強度は緩くしてある。嫌な内容だったらさっさと削除して、その相手をブラックリストに登録してしまえば良い話だし。
『こんばんは。先ほどは対戦、ありがとうございます。突然、メールをしてしまってすいません。訊きたいのですが、さっき、パージの無敵時間を利用したんですか?』
どうやら嫌がらせのメールというわけではないらしい。全ての人がこれぐらいまともな人だったならなぁ。
「そういや、パージっていつもできるものだったっけ?」
隣で僕のコンソール画面を覗きながらルーティは首を傾げる。
「武装選択の際に着脱可能のアイコンが装甲にあればできるよ。ただ、無敵時間は受け付け時間がほんの一瞬しかないから普通はしない」
ルーティに説明しつつ、同じくそんなことをメールに打ち込んで行き、送信した。経験からの意見ではあるが、パージの無敵時間を戦略に組み込んでいるプレイヤーはまず居ない。成功しても追撃で落とされたりするし、とにかく玄人向け、というか玄人でもやろうとか考えない。
それなのに、僕はいつまで経っても装甲を選ぶときには着脱可能であるかどうかを確認してしまう。きっと、ロボットのそういった装甲を外すシーンに憧れみたいなものを抱いていて、それがプレイスタイルにまで繋がっているのだろう。
『返信ありがとうございます。レールガンを防がれるとは思っていなかったので、フレンド共々、もっと強くなれるよう頑張ります。取り敢えず、レールガン頼りの戦法はやめます(汗)。それでは、またどこか別の戦場で会ったときにはよろしくお願いします』
最後の一文は社交辞令のようなもので、大抵のメール文には添えられるものだ。僕もまた社交辞令に合わせ、『こちらこそよろしくお願いします』というメールを送信した。
「スズは今日の大会に出ないの?」
「大勢の人に見られて対人戦をするのって好きじゃないし。あと、セカンドキャラだし、ネカマだし」
「もしかして、ネカマに走らせたことを未だに根に持ってる?」
「持ってるよ」
ここは即答させてもらう。
持ってなきゃおかしい。
「でも、ほんっと“私”のことを女性だって思うなんて、どうかしているんじゃないかって疑うけど」
そこまで飢えているのか、出会いに、と。
「でも、こうやってスズと会えて、一緒に遊べるから私は楽しいよ?」
平気でそんな恥ずかしい台詞を述べるルーティの顔を僕は見ることができなくなった。
「一応、ルーティの両親にも頼まれたし」
理沙とゲームを楽しんでいることを精一杯の言い訳で誤魔化す。
「それで、ルーティはもう落ちる?」
戦場での「落ちる」は撃墜の意味だけど、拠点となる街での「落ちる」はログアウトを意味する。彼女はゲームをプレイできる時間に制限があったはずだ。一時間か二時間かは忘れたけど。
「……ううん、まだ大丈夫。このあと、六時から大会でしょ? ギリギリになっちゃうけど、一試合だけ見て落ちようかなって。一緒に観戦してくれる?」
「僕も大会は見に行きたいって思っていたから、問題ないよ」
「そう言ってくれると思ってた」
理沙はたまに心配性な一面を覗かせることがある。僕は今まで一度も彼女のことを突き放したことがないと自負しているが、そうだと言うのに理沙は時たま、まるで「頼みを全く聞き入れないのでは?」と心配しているみたいに、尻すぼみになりながら誘いを掛けて来ることがあるのだ。断る理由を一切持たない僕に、幼馴染みである僕に、一瞬であれど謙虚になる。一歩引いて、恐る恐るといった感じで訊いて来る。
僕はいつもその一面に驚かされ、戸惑い、そしてどうにかして不安を取り除くことはできないものかと思案する。が、考えたところで解決策なんて見つからず、一番、安直な方法で彼女を安心させているのだ。つまり、頼まれたことをできる限り受け入れる。時折、無茶なこともあるので、それはそれで着地点を提示して理沙に納得してもらう。今回の女性キャラを使用することだって、一応の着地点なのだ。思いたくもないけど。
「じゃ、開催までもう少しだし観戦用のサーバーに行こうか」
「うん」
僕らは足並みを揃えて、街の奥にある大会会場に向かう。そこの入り口にある端末で現サーバーから観戦用サーバーに移動する。
移動中は全ての動きが制限される。フッと視界が暗転し、眠りに落ちるような心地良さに身を任せ、次に目を開けてみれば、もう転送は完了されている。この技術はこれ以上の進化はもうないのではないかと思われるほどの快適さがある。
「そういえばさ」
「なに?」
「スズって、女性キャラを使って、変な気持ちになったりしたことない?」
「自我があるのに、わざわざ自分のキャラに変な気持ちになるとかないと思うけど」
「服を脱いで、インナーだけになって触ってみたりとかは?」
「僕をどこまでの変態と思ってるの、ルーティは?」
そういうことをするのは一部のプレイヤーだけで、しかもそういったキャラという前提で作るものだ。そもそも18禁ではないこのゲームにインナーの奥など無い。
「や、えーと、スズだし、そんなことはないだろうなって思ってるんだけど、これが原因で女装を始めちゃったり、しないかなと」
「女装には目覚めない」
「本当に?」
「本当だとも」
「じゃぁ私がスズでログインさせていることに恨みなんて無いよね」
「あるに決まっているだろ」
「え?」
なにその、初めて聞いたみたいな驚いた顔は。
馬鹿じゃないのか。誰が好きでVRゲームでネカマをするものか。なんの得もないだろ。むしろ、飛び蹴りを喰らわさなかったことに対してもっと感謝の意を示してもらいたいところだ。
「はぁ、ルーティはもう少し常識があると思っていたのに、なんでこんなことをやっているんだろう」
こうやって、月に一度ぐらいは改めて僕は馬鹿なことをしていると考えてしまうことがある。鬱々としてしまう。
「ところで、その女性の体でムラムラすることある?」
「だから無いって。自分の体を見て興奮しないだろ。え、するの? ルーティってそういう性癖の持ち主なの?」
ヤバい。幼馴染みの奇特な性癖を知ってしまった。
「違うに決まっているでしょ、馬鹿なの?」
良かった、自分の体を見て興奮する特殊性癖を持つ女子高校生の幼馴染みは存在しないみたいだ。
「……一部のオンラインゲームじゃ、そういうのがあって、そういうのを求める人たちだって居るのは知っているよ。でも、そういう人たちって、飽きてるんだよね、ゲームに。だから、それを誤魔化すみたいにリアルじゃ無理なことをオンラインで求めるみたいな。僕はこのゲームにまだ飽きてないし、そういったことに対して興味もない。三次元は三次元でも、興味があるのはゲームの外――リアルだよ」
「スズがゲーマーで、二次元にしか興味がないと思っていたのに、どういうわけか私が諭されてる」
「ちょっと待って、いやほんと待って。なんで僕が二次元好きな設定になっているんだよ」
聞き捨てならない言葉を聞いてしまった。
「その『設定』っていう部分がもうなんだかオタクっぽい」
「オタクじゃないし、ゲーマーだし」
「どっちも似たようなものじゃない?」
「違うんだよ、オタクとゲーマーにはこう説明できない境界線があるんだ」
「脳内設定でしょ?」
脳内設定かも知れない。
納得し掛けてしまった。
「じゃなくて!」
「私は幼馴染みながらに涙を流したものだよ。隣に住んでいる幼馴染みが、まさか二次元にしか目を向けられない人だったなんて、って」
理沙が? 涙を流す? うっそだー。あり得ない。っていうか、僕は二次元にハマっちゃいない。
「そろそろ殴って良い?」
作り笑いを浮かべながら拳骨を作る。
「ネット上の暴力行為は制限されているでしょ。GM呼ぶよ? 良いの?」
そういう知識を教え込んだのは僕だけど、僕に使えとは言っていないはずなんだけどなぁ。
でも、下世話な話に発展せずに済んで良かった。異性同士、触れないでおこうって部分は、共有し続けて来たつもりだから。




