15.誘拐されたらさすがに王宮中が大騒ぎ!
1.
ブリジットの侍従が土気色の顔でヘルファンド邸に戻ってきた。
王太子の命で付き従っていた護衛も大汗をかいて王宮に駆け込んだ。
こうして、ヴィクターがブリジットを誘拐したという事件は直ちに王宮に知れることとなった。
王宮中が衝撃に包まれた。
王太子の驚きといったらない。
もちろん、ヴィクターの行動は王太子に責任があるとは思えないが、そもそもそんな地方都市にブリジットを遣ったのは自分だ。
王太子は深く反省し思い悩んだ。
そうして、おそらく自分より遥かに苦しんでいるだろうスローアンを思いやった。
王太子は沈痛な面持ちでスローアンを呼び出した。
スローアンは謹慎中のところだったが、お通夜のような顔ですぐさま参上した。
「すまん、スローアン……おまえには話しておかなければならんと思ってな……」
「何をです?」
スローアンは力のない目を王太子に向けた。
そもそも王太子だってブリジットにちょっかいを出していたのだろう!?
いったいどんな話を私をするというのだ……!?
「いや、スローアン。おまえのその顔……たぶん大きな誤解をしていると思うんだけど」
王太子は大きなため息をついて頭を抱えた。
「おまえの婚約者を巻き込んだのは私だから……全部話す。ただし、他言は無用……」
王太子はキャスリーンの件について包み隠さず全てを話した。
グレッグ・スラッテリーという男の件も。
グレッグに接触するようブリジットに頼んだのは自分だという事。
スローアンは無表情で身動きせず、じっと聞いていた。
一通り王太子が話し終わると、スローアンは
「なるほど、なぜブリジット様がそんな地方都市に行くことになったのかは理解いたしました。王太子様がブリジット様にご執心という噂が嘘だと言うことも」
とぼそっと言った。
しかし、納得しかねる口調で、
「しかし分かりませんよ。なぜそこにヴィクター殿が現れるのですか……」
と言うと大きく頭を抱え肩を落とした。
「それは私にも分からない」
王太子も首を振った。
スローアンはひどく心配していた。
ヴィクターはブリジットを攫ってしまった。
ヴィクターがブリジットに手を出さないとは限らない。いや、むしろ積極的に望むだろう。
ヴィクターはブリジットのことを攫ってまでも欲しかったのだから!
確実にブリジットとのことは既成事実にしてしまうつもりだ。
ブリジットは私の婚約者なのに!
私の!
スローアンは心が苦しくなり、俯いて唇を噛んだ。
絶対に他の男には手を出されたくないのだ。
自分を受け入れてもらうまでに時間がかかるとしても、私だけのものでいてもらいたいのだ!
王太子はスローアンの気持ちがよく分かった。
自身も愛する女性を別の男に奪われたことがあったから。
「スローアン。私もブリジットを探すよう兵に命じている」
スローアンはハッと顔を上げた。
「えっ!? 兵!? 軍まで出すおつもりですか?」
王太子はため息をついて頷いた。
「仕方あるまい。近衛兵だけどね。これは私の落ち度でもあるから。私が全責任を持ってブリジットを必ず見つける」
スローアンはひれ伏した。
「ご心配ありがとうございます。そういうことでしたら、これはジェラード家の問題でもあります」
王太子は頷いた。
「そうだな。ジェラード公爵家の家中の者も同行してくれ。それからヘルファンド公爵家も動くだろうから、そちらとも連携を取りたいと思う。すでにヘルファンド公爵には私も謝罪をさせてもらっている。細かい捜索工程などについては、スローアン、ヘルファンド家と連絡を取り合ってもらえないだろうか。……国は広い」
スローアンはすぐさま了承し、直ちにヘルファンド公爵家の方へ馬を走らせたのだった。
2.
ヘルファンド家も大騒ぎだった。
「こんな心配ばっかりかけてっ! あの子は、もうっ!」
とヘルファンド公爵夫人はヒステリックに当たり散らかしていたが、やはり夜も眠れず、ず~っとうろうろと屋敷内を徘徊していた。
「ヴィクター・ロイスデン! やっぱりロイスデン家の者なんて碌なもんじゃないわ!」
これまではブリジットの奇行を見て見ぬふりしてきたヘルファンド公爵も、さすがに娘が誘拐されるとは思ってもみなかったようで、憔悴しきっていた。
「問題行動の多い娘だったからな。やはりあいつが望むように部屋に引きこもらせておいた方が賢明だった……」
ブリジット探しにあちこち捜索の手を出し、王太子からは土下座せんばかりに謝られるし、親交のある貴族たちからはお見舞いの手紙が山のようにくるし、そうでない貴族からはこれを機にヘルファンド公爵にお近づきになろうと捜索のお手伝いの申し出があるしで、ヘルファンド公爵夫妻はその対応に昼夜時間が足りないほど追われていた。
ヘルファンド公爵夫妻はもう目が回りそうだった。
そんなとき、王太子の婚約者レベッカ・ブラッドフォード公爵令嬢からヘルファンド公爵夫妻へのお目通りの申し出があった。
ヘルファンド公爵夫人はなぜわざわざレベッカ嬢が?と変な顔をした。
しかしヘルファンド公爵の方は、ブラッドフォード公爵の陰謀を知っていたので、急いでレベッカを迎えるよう家令に言いつけた。
レベッカ嬢は背を縮こまらせオドオドした足取りで客間に入ってきた。
「ヘルファンド公爵ご夫妻には、今回の件での度重なる心労をお見舞い申し上げ……」
レベッカの声は小さく震えていた。
「ありがとうレベッカ嬢。だが今はそういう挨拶はよい。あなたが今こうして訪ねてきてくださったわけ聞かせてもらえるかな」
ヘルファンド公爵はさっさと本題に入ろうとした。
レベッカは泣き出した。
「はい……。きっと今回の件は、わが父ブラッドフォード公爵の陰謀なのです。全て!」
ヘルファンド公爵はやっぱりなと心の中で思いながら、
「どういうことですかな?」
と優しく尋ねた。
レベッカはしゃくりあげながら、申し訳なさそうに話し出した。
「私は聞いてしまったのです。わが父とロイスデン侯爵の悪だくみを……。王太子様が先日ブリジット様に興味を示されたので、わが父はなぜか焦りを感じたようで、ブリジット様を王太子様から遠ざけるように、ロイスデン侯爵に命じていたのです。……ヴィクター様を使って! それで……ほらここのところ、王太子様がブリジット様にご執心だと王宮中で噂が流れていましたでしょう? ですから、今回の件はきっと……うちの父とロイスデン侯爵がヴィクター様を焚きつけたんですわ!」
ヘルファンド公爵は「なるほど」と思った。
キャスリーンの時と構図は同じではないか。
ヘルファンド公爵夫人は目を見開いて固まっていた。
「レベッカ様。よく話してくださいました。良かったのですか、あなたの御父上を裏切るような形になりますが……」
ヘルファンド公爵は気遣うように訊いた。
「構いません!」
レベッカは声を上げた。
「それどころか父は、あの王太子妃候補として名高かったキャスリーン・ウィルボーン様にも似たような手を使っていたみたいなんですの! 私はむりやり担ぎ出されただけの婚約者なのです!」
「それは何となく気づいていました」
ヘルファンド公爵は落ち着いた声で言った。
ヘルファンド公爵夫人の方は、夫からキャスリーンについては何も聞かされていなかったので「えっ」と小さく驚きの声を上げた。
そして、こないだ王太子がブリジットを訪ねてきたのは、このことに関係があるのかとうっすら思った。
レベッカは懇願するようにヘルファンド公爵を見た。
「私はあんな浮気症な王太子様はいらないのです。さらにはこんな汚い手を使って用意された王太子妃の座など蹴飛ばしてやりたい気分でいっぱいなのです!」
ヘルファンド公爵はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと聞いた。
「ヴィクター殿の罪は簡単に断罪できましょう。問題はブラッドフォード公爵の方ですが、あなたは今の話を公の場でする覚悟がおありですか?」
「ありますわ!」
レベッカはぎゅっとドレスを握りながら、顔をしっかり上げて答えた。
そのとき、
「私から証言できることもありそうです」
という声がした。
ヘルファンド公爵はぎくっとした。
ヘルファンド公爵が慌てて振り向くと、そこには申し訳なさそうに立つ家令と、家令に案内されてきただろう一人の若者の姿があった。
ヘルファンド公爵はレベッカの来訪に慌て過ぎて、人払いが甘かったことを心の底から後悔した。
しかしその若者は妙に落ち着いた表情をしていた。
「初めまして、ヘルファンド公爵様。私はグレッグ・スラッテリーと申します。もしかしたらグレッグ・ロイスデンと名乗れば理解してもらえるでしょうか?」
ヘルファンド公爵は雷が落ちたような衝撃を受けた。
それからヘルファンド公爵は掠れた声を出した。
「も、もしかして……君がキャスリーンの相手かい……?」
グレッグは腹をくくったような顔をしていた。
「はい」
グレッグはしっかりとヘルファンド公爵を見つめて答えた。
「あ……」
レベッカもヘルファンド公爵夫人も口元を覆って目を見開いた。
グレッグは深い感情を込めた目でヘルファンド公爵を見つめた。
「私がしでかしたことも、異腹弟ヴィクターのしでかしたことも、許されないことと思っております。それについてお話に参りました。しかし、それよりまずブリジット様を探し出す方が先ですね。ヴィクターがいそうなところは何となく想像がつきますので、まずは……」
「すぐに案内しろっ!」
ヘルファンド公爵はかぶせるように叫んだ。
お読みくださいましてありがとうございます!
嬉しいです。
すみません、今回ヒロイン不在……。申し訳ありませんでした。
次回は出てきます。(そしてヒロインは相変わらずです……苦笑)





