14.浮気(仮)相手が駆け落ちを迫ってきた~!?
1.
「ヴィクターっ! なぜここに!?」
グレッグは叫んだ。
ブリジットも会うはずのない人に会ってしまい、びっくりしている。
「最近王太子様までがブリジット様にご執心と聞いて、居ても立っても居られなかった。たまたまクリスタル・ネルソンとかいう令嬢と話をしたら、そしたら今度はブリジット様が兄上に興味を持っていると聞いた。どういうことかと思って兄上のところへやってきてみたらこれだっ!」
ヴィクターは顔を真っ赤にして怒っている。
「兄上、あなたは私の味方ではなかったのか!?」
「み、味方~っ!? ちょっとどういうこと!?」
今度はブリジットが悲鳴を上げる。
グレッグ・スラッテリーは私(とヴィクター様の関係)のことを知っていたというの!?
何々、何がどうなってる~っ???
グレッグも叫んだ。
「誤解だっ、ヴィクター! 私はずっとおまえの味方だ! ブリジット様とだって今日初めてお会いしたし、これには理由があって……!」
「いいえ、兄上……」
ヴィクターは首を振った。
「あなたは弟の私から見てもたいへん魅力的で……あなたはいつだって落ち着いていて、私の恋愛相談にも的確に返してくれて……私はずっと兄上のことを尊敬していました。だからブリジット様だって、そりゃ兄上にお会いしたら兄上のことを好きになってしまうと……ずっと心配していたのです」
ヴィクターは苦しそうに心中を吐露した。
ええ~っ!? 恋愛相談!? グレッグ様を好きになる!? どういうこと!?
ブリジットは完全に面食らってしまった。
しかしヴィクターはだいぶ思い詰めた顔をしていた。
「だけど……! 兄上といえど、ブリジット様は渡せません」
「ヴィクター! 私はブリジット様に手を出そうだなんてそんなことは微塵も考えちゃいない!」
グレッグは冷静にヴィクターを窘めた。
そもそもブリジットは自分の想い人キャスリーンの話をしに来てくれたのだ。
「兄上……」
ヴィクターはまだ疑いの目を兄に向けている。
「そ、そうよ、ヴィクター様。私がグレッグ様を好きになる? あり得ませんわっ! 私は別件でこちらに寄らせてもらっただけで……」
ブリジットもヴィクターを落ち着かせようと必死で言葉をかけた。
「別件って。わざわざこんな地方都市まで? 兄上に用がなければ来ないでしょう?」
ブリジットは渋々肯いた。
「そりゃまあそうですけど、でも、だからそれは……」
「ほら、やっぱり! 兄上が目当てだったんだ」
ヴィクターは拳を握った。
ちっが~うっ!!! 話を聞けぇ~!
ブリジットはふるふると頭を振った。
「ブリジット様、ここで会ったが運命と思うことにいたします。もう、スローアン殿や王太子様、兄上なんかに邪魔されたくありません!」
ヴィクターは思い詰めた目をまっすぐにブリジットに向けた。
『スローアン殿や王太子様、兄上……』? あれ、なんか増えてる……っ!?
ブリジットは愕然とした。
「ちがうちがうちがう、ヴィクター様、落ち着いてっ!」
必死の目でヴィクターを見やると、ヴィクターの真っすぐな目にぶつかる。
その物言わぬ深い青い目に、ブリジットはぞくっとした。
……あれ? なんかやばくない?
ヴィクターはずかずかとブリジットに近寄り、腕を取った。
「もう私は正気ではいられません。あなたを連れて逃げることにいたします!」
うわ~っ! やっぱりそう来たかあ~っ!
ブリジットは嫌な予感が的中して泣きたい気持ちになった。
「ちょっと待てっ!」
グレッグは目を剥いて叫んだ。
「おまえ、自分が何をしようとしているのか分かっているのか? それは誘拐だぞ!」
「誘拐ではありません、駆け落ちです、兄上。私たちは想い合っているのだから」
ヴィクターはグレッグを睨みつけて、断固とした口調で訂正した。
「いや、ヴィクター! 手紙で何度も言ったけど……」
グレッグは状況を冷静に伝えようとする。
「兄上。もうあなたの言葉は信用できません。王太子様に兄上……もう限界だっ!」
ヴィクターは鋭い目つきのまま首を横に振り、ぐいっとブリジットの体を引くと、強引に部屋の外へ連れ出してしまった。
その時ブリジットの体がテーブルに当たり、ゴロゴロと特上の宝石たちが転がり落ちた。
ヴィクターの身なりが大変良いので手を出せずにいたが、不審者の乱入に部屋の外でハラハラしていた店主は、さすがに値の張る宝石が無防備に床に投げ出されたので、悲鳴を上げて駆けこんで、床に這いつくばった。
「グレッグっ! ほ、宝石をっ!」
「店主、それどころじゃ……」
グレッグはヴィクターを止めようと部屋の外へ飛び出そうとしたが、店主ががしっとグレッグの手を掴んで離さない。
「ほ、宝石に損害がないか……すぐに……すぐに調べるんだ」
「店主っ!」
グレッグは店主の腕を懸命に振り払い、転がるように急いで階下に駆け下りた。
出遅れたが、店の外にもブリジット嬢の侍従だか護衛だかがいたはずだ、さすがにヴィクターも逃げ切れるまいっ!
しかし、階下にも店の外にもヴィクターとブリジットの姿は見当たらなかった。
グレッグは店の外をうろうろしていたブリジットの侍従の一人を怒鳴りつけた。
「二人はどこへ行ったっ!」
その侍従はグレッグの剣幕に心底驚いた顔をした。
「へ!? ヴィクター様がいらして、ブリジット様の体調が悪いから送り届けるとかなんとか……」
「バカ者っ! 取り逃がしているじゃないか!」
グレッグは鬼の形相で侍従を力いっぱい道に叩きつけた。
「え? えええっ!?」
侍従はようやく状況を飲み込めたようだった。
「も、もしかして何かヤバい状況っすか?」
……ヤバいどころではない。
グレッグは唇を噛んだ。
これで、ヴィクターは立派な誘拐犯だ……!
とんでもないことになってしまった!
お読みくださいましてどうもありがとうございます!
こんなにお付き合いいただいて、とてもとても嬉しいです!!
さて、ヴィクターやらかしましたね……。
次回、クライマックスに向けてみんなが動き出します。





