13.浮気(仮)相手のお兄様のところに突撃~!
さて、異腹弟ヴィクターからの手紙を大切に胸元にしまい込み、グレッグがまた接客でもしようかと店先に出たとき、
「こちらの宝飾店にグレッグ・スラッテリーという方はいらっしゃるかしら?」
と天女かと見紛うほどの美女に声をかけられた。
グレッグは思わず
「キャスリーン!?」
と呟いてしまった。
その女性はグレッグの想い人によく似ていたのだった。
だが、よく見ると目の前の女性は、自分の想い人よりは少し幼く見えた。
「キャスリーンって仰った?」
美女が聞き咎めるように繰り返すので、
「あ、いえ。失礼しました」
とグレッグは冷や汗をかきながら丁寧に謝罪した。
美女はじい~っとグレッグを見つめている。
グレッグはなんだか強烈な違和感を感じ、さりげなく店の外やらを隈なく観察してみたら、案の定不審な動きをしている人物が複数人いる。
この美女のお付きか護衛か何かだろうか。
ということは……。このお嬢さんは、普通のお客さんではなさそうだ。
グレッグの背に緊張が走った。
グレッグは努めて冷静を装い、笑顔を張り付けて聞いた。
「どういった商品をご希望されていますか?」
「ああ、私お客じゃないの。グレッグという方を探しているのよ」
その美女はあっさりと言った。
「……グレッグは私ですよ」
「ああ、あなただったの。確かに何となくヴィクターに似ているわね」
その美女が屈託ない笑顔で言うので、またしてもグレッグはドキッとした。
ヴィクターを知っている。王都の人間か?
「どちら様ですか? 何の用です?」
グレッグは警戒しながら聞いた。
「ああ、私は、ブリジット・ヘルファンドというの。従姉のキャスリーンのことでちょっとお話したいことが」
ブリジットはあっけらかんとすべてを曝け出す。
―――単純なブリジットは偽名とか遠回しな質問とかそんな高等技術は使えない。
そして、ブリジットがそう名乗った瞬間、グレッグは仰け反った。
ブリジット・ヘルファンド公爵令嬢! ヴィクターの想い人!
そんで、え? キャスリーンの従姉妹って言ったか!?
グレッグは真っ白になった。
包み隠さずあっさりと答えるのもなかなか罪なものだ。
グレッグは身構える余地もなく、ハンマーで頭を叩き割られたかのような衝撃を受けた。
まさか、キャスリーンの従姉妹という者が、こんな堂々と訪ねてくるとは。
「い、今、仕事中なもので……」
グレッグは少しでも時間を稼ごうと絞り出すように言った。
「あ、そっか。そうよね。仕事よね。じゃあ、いくつか宝石を買わせていただくわ。そのついでならお話してもいいでしょ? だって私あなたの仕事終わりまで待てないもの」
ブリジットは遠慮なく笑う。
「は、はあ……」
グレッグは逃げられないことを悟った。まあ逃げるつもりはなかったけれど。
グレッグが半分放心状態だったが、ブリジットは気にせず、まわりの店員にも声をかけ、「私、まるで宝石とか興味ないのよねー。適当にきれいな色石を持ってきてくださらない? 値段はよっぽど高くなければ何でもいいわ~」なんて言っている。
体がつっと動かないグレッグの代わりに店主が飛んできて、ブリジットとグレッグを2階の応接室へ引っ張っていった。
そして店主はブリジットの前に上等な布を何層にも敷いて、特上の色石を根こそぎ持ってきて恭しく並べた。
まだ本調子に戻れないグレッグの前で、ブリジットは宝石を胡散臭そうに眺めている。
「んまあ~、この石一個で豪華な馬車が一台買えるくらいの値段がするの? 馬車は人を運べるのに、この宝石には何ができるの?」
店主はまさか特別に身なりの良い令嬢からこんなことを言われるとは思ってもみなかったので、驚きながら答えた。
「ご令嬢様。馬車は痛みますし、馬はやがて年を取って死にますが、宝石はいつまでたっても輝いて価値は下がりませんよ」
ブリジットの方は、
「まあ、そういわれればそうですわねえ」
なんて感心しながら頷いている。
グレッグは、ようやく気を取り戻した。
そして店主に「あとは自分がやります」と目配せすると、襟を正してブリジットの真正面に畏まって座った。
「宝石はどうでもよいのでしょう。適当にお見繕い致します」
とグレッグは言った。
「そうね。じゃあ適当に」
グレッグは弟の想い人に自分が見繕うのも変な運命だなあと思いながら、しげしげとブリジットを眺め、ヴィクターの目の色と同じ深いブルーの曇りのないサファイアを選んだ。
せめて弟の想いを応援する自分の気持ちが反映されますように。
「こちらでいかがでしょう。このカットですとネックレスが素敵だと思いますが」
「ああ、それでいいわ。ネックレスのデザインもお任せするわね」
ブリジットはまったく興味がないようだった。
グレッグは「えっと、もう商談は終わりか」とあまりの呆気なさにため息をついた。
「……。それで、ご用件は何なんでしょうか」
ブリジットはようやく本題に入れてほっとしたような口ぶりになった。
「キャスリーンのことで来たの。あなた消えてしまったんですもの。どれだけキャスリーンが嘆いていたかご存じ?」
「キャスリーンには悪いことをしました」
グレッグは項垂れた。
「ねえ、なんでこんなことになったのか聞いてもよくて? 私最初はあなたが遊び人だと思って、だからキャスリーンに謝ってもらいたかったのよね。でも噂を聞いたら、どうもあなたはただの遊び人ってわけじゃなさそうなんだもの」
ブリジットは真っすぐな目でグレッグを見た。
グレッグは「遊び人」と言われてちょっと傷つきながらも、こう真っすぐ聞かれては話さないわけにはいかないと観念し、ぽつりと口を開いた。
「私自身が間抜けだったのは間違いないのですが、騙されたというのが正直な気持ちです。私は侯爵家の縁があるのですが、とある公爵の細い伝手でキャスリーンと出会ったのです。私はキャスリーンを一目見て憧れてしまっていたので、父の『好き合う者同士なら何とかしてやろう』という言葉を真に受けて、本当に恋に落ちてしまいました。それでキャスリーンと深い仲になり……キャスリーンの妊娠が分かって父に喜んで報告したら……。そうしたら父は、『でかした。お前はもう用済みだ。出ていきなさい』と。『公爵令嬢を孕ませて、責任は取れないから』とね」
ブリジットはあまりの内容に絶句した。
グレッグは自嘲気味に言った。
「今なら分かりますがね、侯爵家に縁がある程度の身分の私で、王太子妃候補にまで名が挙がっていた公爵令嬢と正当に結婚できる理由なんてなかったことくらい。でもあのときはもう有頂天になってしまっていて、あまり深く考えなかった。思慮が浅かった私が悪い」
あんまりグレッグがしょんぼりして言うので、ブリジットは思わす慰めの言葉を口にした。
「いや、それはキャスリーンだって分かってたはずだわ。あなただけが悪いわけじゃないわよ」
グレッグは目を見開いて、それから、救われたように目を細めた。
ブリジットはさらに続けた。
「念のために聞くけど。あなたはロイスデン侯爵様と平民のお母さまとの間にできたお子様なのよね? ロイスデン侯爵の母方の実家の方に預けられていたって。そんなあなたを焚きつけたロイスデン侯爵様には、もちろん何か理由があったのよね?」
「ああそうですね。キャスリーンを王太子妃候補から外すためだったと思いますね」
グレッグは心苦しそうに言った。
「ああ、やっぱり」
ヘンドリック王太子の言った通りだとブリジットは思った。
それでブリジットは言いにくそうに目を伏せた。
「あのねえ、私がここに来たのは、本当はキャスリーンに謝ってほしかったのよね。孕ませて逃げるなんて最低だから」
グレッグはビクッとなった。
「それは、もちろんそうでしょうね……。どんなに非難されても仕方がない! だが、身一つで追い出された私にはキャスリーンと駆け落ちしても養えるだけの財力は全くなかった……」
ブリジットはじっとグレッグを見ていた。それからグレッグの反応に安心したようにほっと溜息をついた。
「でも、あなたもキャスリーンのことが好きで、それで苦しんでいるなら、あなたに謝らせるのもなんか違うなと思っていたところだったの」
「そんなことは……私が悪いのです。しかも父の(謀の)手前、もう貴族連中の前には絶対に姿を見せるなと言い含められ……結局本当に逃げただけの男に成り下がってしまった」
ブリジットはう~んと思った。
「その件なんだけど、王太子様はロイスデン侯爵とブラッドフォード公爵のたくらみを露見させる気はないみたいよ。そう聞いたら、あなた、キャスリーンの前に出ていく気になるかしら?」
「王太子様!?」
グレッグは飛び上がった。
ブリジットは苦笑した。
「そうよ。今回の件はことのほか王太子様が熱心でねえ。王太子様があなたを執念深く探し続けたのよね」
グレッグは真っ青になった。
「王太子様が……。えっと、それって、もしかして……」
「そのもしかして、よ。王太子様はキャスリーンのことが好きだったんだって」
「王太子様がキャスリーン様を……」
グレッグの声は掠れて最後はもう何も聞こえなかった。
ブリジットは慌ててかぶりを振った。
「あ、いや! あなたが罪悪感を感じることはないわ。キャスリーンもあなたも愛し合っていたのでしょうから。婚約前ですしね。そこは私も王太子様も分かってる」
グレッグは情けない顔で黙ってしまった。
恋に突っ走った愚かな自分を、奪われた側の王太子が情けをかけてくれている。
「あ、いや……。王太子様は怒ってないわけじゃなくて……。謝れっとは言ってたんだけどね?」
ブリジットは、そこまで聖人君主の王太子でもないと、さらに慌てて訂正した。
それからブリジットはそっとグレッグの顔を覗き込んだ。
「キャスリーンとよりを戻す気はないの?」
「身分が違いますからね。今の私は平民で。とてもじゃないけど王太子妃候補とまで呼ばれた公爵令嬢をもらう器ではありませんから。そりゃ真面目に働いてお金は貯めてますけどね。やっぱり、公爵令嬢ともなると、ね」
「それ、なんとかするわよって言ったら?」
ブリジットは探るような目で聞いた。
ブリジットの思いがけない言葉にグレッグは目を見開いた。
「何とかする?」
と、その時。
バタンっと大きな音がして、応接室の扉が勢いよく開いた。
ブリジットとグレッグはぎょっとして、ばっと上体を起こした。
びくついた目で扉の方を見て―――。
二人は揃って驚いた。
―――そこにいたのは、グレッグの異腹弟、ヴィクター・ロイスデンだったからである。
お読みいただきましてありがとうございます!
やはり読んでいただけるのが一番うれしいです!
こんなところに出てきちゃった、ヴィクター……。
次回ヴィクターがとんでもない行動に出ます。





