12.浮気(仮)相手のお兄様
地方都市のごみごみした中心地にその宝飾店はあった。
この宝飾店には麗しい金髪のどことなく優雅な身のこなしをする一人の若者が働いていた。
この店はこの地方都市の中ではなかなかの規模を誇るので、ここの領地を統べる貴族などからも懇意にされている。
そういう貴族相手の商談のときはほぼ決まってこの若者が指名されるのだが、それもそのはず。
貴族相手に物おじせず、貴族の社交場のTPOをよく弁えた提案をするし、かといって主張もしすぎず、たいへん心地よい対応をするからだった。
あとは―――本人は気づいていないだろうが、一匙の女性を喜ばせる微笑み。
宝飾店の店主をはじめ懇意の貴族様も「君は一体どんな生まれなのか」と聞いたことがある。
しかし若者はそれには何も答えず「勿体ないお言葉。私は平民ですよ」とだけ答えてにこにこしていた。
まあ、実際過去などあまり関係ない
彼はこの店の一番の販売員だったし、お客様に最高の提案をし続けようという真摯な態度に嘘は見られなかったから。
ただ、この若者のもとにはよく手紙が届いた。
その手紙を読むときだけは、若者はたいへん楽しそうに目を細めて、時には声を立てて笑った。
謎の多い若者だが、これだけ手紙が来るということはちゃんと親交のある人物がいるのだろうと、店主たちは逆にホッとしたものだった。
さて、今日もこの若者は店の仕事の合間に、届いたばかりの手紙を開いていた。
そして、ざっと一読しながら、若者は急に堪えきれないように腹を抱えて笑い出した。
くはっ、あははははっ
店主はぎょっとして振り向いた。
「何かね? グレッグ」
グレッグと呼ばれた若者は、涙目を拭きながら、
「いやあ~。王都は今日も平和なようです」
とまだ笑いを堪えて答えた。
「はあ平和かい? そりゃよかった……」
店主は何が何だか分からないまま、相手をするほどでもねえやと呆れた顔で立ち去ってしまった。
―――そう、この宝飾店の若者こそ、キャスリーン・ウィルボーン公爵令嬢のお相手、グレッグ・スラッテリー、もといグレッグ・ロイスデン、その人だった。
店主が行ってしまうと、グレッグは手紙を丁寧に折りたたみながら呟いた。
「ははは。ヴィクターったら。これで真剣に恋に悩んでるつもりなんだから」
この手紙には弟ヴィクターからの恋の悩みらしきものがつらつらと書かれていたのである。
そこに恨みがましく書かれていたのは、相手の公爵令嬢が泥酔したとかいう奇行と、その令嬢の正当な婚約者とかいう男に言われた厭味のようなもの、そして、その婚約者が謹慎食らってざまあみろといった内容だった。
「およそ令嬢らしからぬ令嬢だな。本当にあいつは人間に恋をしているのだろうか」
グレッグは楽しそうに笑った。
身寄りのない土地で一人で身を立てると潔く決めてから、この弟からの手紙は唯一のグレッグの心の癒しといっても支障なかった。
のんびりしたところのある腹違いの弟だが、昔から弟はよく自分に懐いてくれていた。
自分がこんなことになり他の家族と縁を切ると決めてからも、何も知らない弟だけはあれやこれやと便りをくれ、自分もそれだけは突っぱねることをしなかった。
そりゃ昔は、全てを持っていて立場も約束された弟を羨む気持ちもなくはなかった。
自分が何かに利用されそのまま無かったものとされたときも、弟が自分の犠牲の代償に高位の貴族令嬢を妻にもらう話があると知り、なぜ弟ばかりがちやほやされるのかと思い悩んだこともあった。
だが今は。
肉親の情の方がその他の感情をはるかに上回ることになっていた。
弟ですら父の駒の一つでしかないこともよく分かってきたというのもあるが、何より、この弟も恋に悩む歳になり……そう、グレッグは、特にヴィクターが恋をした辺りから、自分が変わってきたのを感じていた。
ヴィクターが寄越す手紙に書かれているお相手令嬢の突飛な言動と、それに振り回される弟ヴィクター。
・天女かと見紛うほどの美女が急に「あの夜をこと忘れたの?」と迫ってきた話。
・どう考えても正気の沙汰とは思えない令嬢のふるまいなのに、「なぜか魅かれて思い焦がれてしまうんです」という半泣きで助けを求める手紙。しかも相手の令嬢の素性が分からないときた。
・やっと令嬢に再会できたと思ったら「人違いだったんですと言われた」という絶望に満ちた愚痴。でもこの時、なぜかヴィクターはその令嬢とその場で想いを確認し合うという、全く理解できない展開になっている。
・思いを確認し合ったのに、なぜか令嬢に会いに行っても門前払いを食らう話。(本編では割愛。)
・令嬢の婚約者に「自分たちは想い合っているから身を引いてくれないか」という不敬罪すれすれの直談判をしに行った話。(本編では割愛。)令嬢には婚約者がいるんだってっ!?とグレッグも驚いたものだった。
・しかもその婚約者も、なぜか断固として婚約を破棄しないと言い張っている。「兄さん、俺、どうしたらいい?」という泣き言をヴィクターは手紙に5枚ほど書き連ねてきた。
グレッグはもう毎回ハラハラして、できることならヴィクターに傍についていてやりたくて仕方がなかった。
傍にいて弟を慰めたい。(どう考えても相手の令嬢は普通じゃない!)
グレッグは弟ヴィクターがかわいくて仕方なくなっていたのだ。
―――恐るべき女ブリジット……。彼女の知らぬところで、そのとんでも行動はロイスデン兄弟の軋轢を解かしていたのである……。
お読みいただきましてありがとうございます!
とても嬉しいです!!!
まさかヴィクターがお兄様と文通していたとは(笑)
次回、ブリジットがこのお店にやってきます。





