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第72話 ひえもんとり

残虐な描写があります。

過剰な暴力表現が含まれます。

 『我々をどうするつもりだ!』


 手足を縄で繋がれ、身動きが取れずに地面にへたり込んだドレークが叫んだ。

 ここにきて村を焼いた事実が思い起こされ、背中に冷たい汗が流れている。

 部下の手前、精一杯の虚勢を張っていたが、内心は不安で一杯だった。

 

 『栄光あるイングランド王国民を傷つけてタダで済むと思っているのか!』


 言葉が通じず、無駄とは知りながらも叫ばずにはいられない。

 自分達を見つめるシマズの目が恐ろしく、黙っている事が出来なかった。

 何故ならドレークはその視線に心当たりがある。

 それは南アメリカ大陸を船で回っている時だった。

 物資の補給に立ち寄った原住民の村で、畑の作物を荒らしていたイノシシが罠に掛かったのだ。

 村人総出で喜び、お祭り騒ぎだ。

 たき火が熾され踊りが始まり、目を輝かせた村人達の前で哀れな獲物に鉈が振り下ろされた。

 手早く内臓が処理され火に掛けられ、瞬く間に旨そうな豚の丸焼きの出来上がりである。

 ドレークも相伴にあずかったが、殺される寸前のイノシシに向けていた原住民の嬉しそうな顔と、目の前のシマズの表情は同じだと気づいた。

 はたまた、案外に規律の厳しい海賊船にあり、御法度ごはっとである仲間の宝を盗んだ者に対する私刑の執行に際し、加虐心を存分に発揮している者が作り出す空気とも言えようか。

 何にせよ不吉極まりない。  


 『我らは女王陛下に捧げる宝物を運んでいる! それを邪魔するなど、神聖なる女王陛下へ反逆するのと同じ、許し難い大罪であるぞ!』


 怯みそうになる心を鼓舞して大声を出す。

 そうでもしなければ泣き出しそうだった。


 「まだ立場が分かっていないのか? 今すぐお前達全てを殺しても良いのだぞ?」


 興奮しきりの兵達とは違い、ヨシヒサの目には何の感情も見えない。

 それが余計に恐ろしかった。

 全ては冷静に考え出された結果であり、感情に訴えたところで覆る事はないのだろうと予感させる。 


 「連れていけ!」

 「ははっ!」


 ヨシヒサの言葉に部下が従い、ドレークらを無理やり立たせた。


 『何をする!』

 「いいから歩け!」


 槍を向けている兵もいるので誰も逆らえない。

 馬に乗った鎧姿の兵士も見える。

 これではたとえ縄を外したところで、走って逃げる事は出来まい。

 ふと振り返れば、まるで蟻の行列のように町の住民達がゾロゾロと付いてきている。

 どこに連れて行かれるのだと不安になりながら、一行は尚も進んだ。


 『ここは?』


 そこは草一本生えていないような荒れ地だった。

 三方を高い崖に囲まれた広い空地で、離れたところに枯れた木が一本だけ残っており、寂寥感を増している。

 兵士達は後ろに控え、開けた面を塞いでいるので急な崖を登らない限り逃げ出す事は出来そうにない。

 ついて来ていた住民達は崖の上に陣取り、興奮した声を出してこちらを見下ろしていた。


 ドレークはふと、ローマにあるという古代の闘技場の事を思い出す。

 奴隷身分の剣士達が殺し合いを行い、それを観客が楽しむという趣味の悪い話であった。

 自分の身に危険が及ばないのなら、他人の命が失われる瞬間は最高の娯楽であろう。

 退屈な生活に刺激をもたらす媚薬のようなモノだ。

 そこまで思い、ドレークは愕然とする。

 ローマの闘技場における奴隷剣士が今の自分達だとしたら、その先に待つ運命は決まっている。 


 「ひえもんとりだ!」


 出し抜けに発せられた言葉にドレークはギョッとする。

 シマズ達が一斉に騒ぎ始めたからだ。

 狂気に染まった目を自分達に向け、口々に何かを叫んでいる。

 何を言っているのか分かりたくもない。


 「まずは大将であるお前だ。その出来如何で他の者の扱いを考えてやろう」

 

 ヨシヒサがドレークに向かい、言った。

 指示を受け彼だけが仲間から引き離される。


 『私に何をするつもりだ?!』


 両手の縄を外されたものの、不安しか感じない。


 「あの木まで逃げろ。無事に辿り着けたら命は助けてやる」

 

 ヨシヒサが遠くに見える木を指さし、走る仕草をする。

 

 『何だ? あそこに行けと言うのか?』


 戦わされる訳ではないと知り、ホッとする。

 しかしそれも一瞬で、自分を見つめるシマズ達がギラギラした目をしている事に気付いた。

 武装して馬に乗った者が多数、今か今かと待ちわびているように見える。

 故郷のキツネ狩りを思わせた。


 『まさか?!』


 そのキツネは自分かと悟る。

 足がガタガタと震えだし、まともに立っていられない。


 『そ、そうだ! 大砲キャノンをやろう! それで手を打とうじゃないか!』


 なりふり構わずキャノンを連呼し、譲ると身振りで伝えた。

 それを理解したのかヨシヒサが笑う。

 心底馬鹿にしたような、嘲るような笑いである。 


 「既に我が方の手中にある物で、今更交渉出来ると考えておるのか?」


 使い方の分からない物ならば取引も出来よう。

 教える事を条件に交渉は可能だからだ。

 しかし大砲はそうではなく、基本的に火縄銃と同じで想像がつく。


 『財宝もやる!』


 まるで手応えのないヨシヒサに焦り、ドレークは半狂乱で叫んだ。


 「ええい、まだ言うか!」


 往生際の悪いドレークに義久はイラついた。

 その戦いぶり次第で、他の者は殺さないでいてやろうと思っていたが、これではそれも出来そうにない。

 どれだけ殺せば皆の溜飲が下がるのか、義久は頭が痛くなった。

 操船技術、武器の扱い方など手に入れたい知識は多いのに、これではそれに必要な者まで殺さねばならなくなるだろう。

 下々の不満を解消するのも統治者の重要な責務であり、南蛮人への怒りが領内に溜まっている今、下手に許すとその怒りが自分に向きかねないので、おいそれとは選択出来ない。

 大将が潔く散れば丸く収まるのに、どうしてそれをしないのか内心はイライラしていた。

 

 『命だけは!』

 「くどい!」


 尚も命乞いをするドレークに堪忍袋の緒が切れた。


 「行け!」


 乱暴に蹴飛ばし、無理やり出発させる。

 しかし直ぐに地面にへたり込み、動かない。

 そんな敵の大将に観衆から侮蔑の言葉が飛んだ。


 「馬に括りつけて放て!」

 

 堪りかねた義久が命令した。

 ドレークの必死の抵抗も虚しく瞬く間に馬に乗せられ、縄で結ばれる。

 兵の一人が馬の尻を叩いて走らせた。

 途端、崖の上から大歓声が響く。

 薩摩に住む者の娯楽となっていた、ひえもんとりの始まりだった。


 先に出たドレークを追いかけ、東西に分かれた陣営が争うように馬を走らせる。

 槍を持つ者、抜いた刀を握る者、様々である。

 獲物を追い立てる猟師のようにドレークを追った。

 多数の馬が背後から迫っている事に気付き、ドレークは振り返る。


 『ヒッ!』


 その光景に思わず悲鳴が漏れた。

 手に武器を持った兵士達が、土埃を巻き上げて自分を追っている。

 追い付かれたらどうなるのかは考えるまでもない。

 

 『走れ! 走ってくれ!』


 必死に馬を走らせる。

 故郷の馬とは違い体格は小さいが、馬は馬だ。

 その首に抱きつくようにして懸命に走らせた。

 しかしその最期は呆気ない。

 あっさりと追っ手に追いつかれ、槍の直撃を受けて絶命、落馬した。


 ひえもんとりはここからが本番である。

 追っ手がドレークの死体に群がり、かじり付いて皮膚を食い破り、遺体から肝を取り出した。

 刀を使わないのは仲間で傷つけ合わない為の措置だ。

 東西の陣営の間で、肝を巡って熾烈な争奪戦が始まる。 

 出発地点まで持ち帰った側の勝利なのだ。 


 「東!」

 

 義弘が判定を下す。

 初めに取った肝を最後まで守り通した東側の勝利であった。 

 顔を血で赤く染めた男達が勝鬨かちどきを上げる。

 トーマスら残りのイングランド人は、血の気をなくした顔でそれを見つめた。

 知らずに失禁している者もいる。

 胃の中の物を吐き出す者も多かった。


 「つまらん!」


 抵抗らしい抵抗をしなかったドレークに薩摩兵らは不満げだ。

 必死に抵抗する者に一番槍を突き立ててこそ名誉である。

 そんな兵らに義久は内心、頭を抱えた。

 血の気が多い兵は戦場で活躍するが、平時は要らぬ騒動を起こしてしまいがちである。


 「義久様にお願いがございます!」


 そんな中、一人の男が進み出た。

 見覚えのある顔だ。


 「お前は確か久道の……」

 「はい、喜入久道は伯父になります!」

 

 犬追いで久道が活躍した際、近くにいたのを覚えている。

 

 「そうだったな。名は?」

 「喜入孝道たかみちと申します」


 孝道は頭を下げた。  


 「では孝道よ、一体何だ?」

 「この手で直接仇を討ちたく、願い出ました!」

 「何?」


 意外な申し出であった。

 

ひえもんとりに関して正確ではないと思いますが、ご容赦下さい。

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― 新着の感想 ―
[一言] ひえもんとりの正確な資料なんかあるのだろうかwww
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