幕間その9 信仰
フランス国王との謁見の場
通訳を交えての会話
アンリ3世『神の示したもうた奇跡を体験した貴君に尋ねたい』
信長『何であろう?』
アンリ『神の奇跡は一体どのような物であった?』
信長『どのような、とは?』
アンリ『いや何、貴君の国が大西洋へと移って来た際、眩い光に包まれたとか、この世の物とは思えない大音響があったとか、天使が現れてお告げをしたとか、神の御業を象徴する何かがあったのかと思ったのだ(興味津々)』
信長『生憎そのような物はなかった』
アンリ『そうなのか(残念)』
信長『と言っても異変は多くが寝ている間に起きたので、誰も気づかなかっただけやもしれぬ』
アンリ『どうして寝ている間に起きたと言える?』
信長『日が沈む方角はそれまでと変わらなかったが、次の朝日から方向がおかしかったのでな』
アンリ『成る程、それならば明確だ』
貴族の男その1『蛮族にそのような知恵があるのか?(ヒソヒソ声)』
貴族の男その2『適当に言っているだけじゃないのか?』
アンリ『大西洋に移っているとは、いつ頃気づいた?』
信長『異変が起きていると理解してから数か月後だ』
アンリ『どうして分かった?』
信長『緯度が変わった事は、北極星の角度の変化から理解していた』
アンリ『ほう?』
貴男1『北極星の角度で緯度を?!』
貴男2『落ち着け! 船乗りならば常識だ!』
信長『しかし、それだけでは何が起こっているのか判然とせぬ。地球の傾きが突如として変化した可能性も考えられるのでな』
アンリ『地球の傾きが変わる?』
貴男1『何の事だ?』
貴男2『さあ……』
周りの反応から説明が必要と判断した信長
信長『地球儀を所望する』
アンリが家臣に命じ、地球儀を持って来させる
アンリ『これで良いか?』
信長『結構だ』
信長が北極星の角度を調べる事で緯度が分かる理屈を説明
信長『という事で現在地の緯度が分かる』
アンリ『分かりやすい』
貴男1『そんな理屈とは知らなかった……』
貴男2『天体への理解が出来ているのか。蛮族と侮ったのは間違いだったな』
信長『その緯度が突如変わり、北極星の角度が大きくなった。真っ先に考えられるのは北極星の位置が変わった事だが、他の星との位置関係からそれは否定された』
アンリ『成る程』
信長『次に我が国が北へと移った事だが、大地が移動するなどと考える者はいまい』
アンリ『それもそうだ』
信長『なのでこう考えた。地球の傾きが変わったのだと(地球儀の傾きを5度だけ戻し、新しい日本の緯度が古いヨーロッパの辺りにくるようにした)』
アンリ『ほう?』
信長『地球の傾きが変わる理屈などまるで分からぬが、これならば無理なく現状の説明が出来よう』
アンリ『妥当な判断だ』
信長『しかし、直ぐにそれを覆す事態が起きた』
アンリ『何が起きた?(興味津々)』
信長『(笑みを浮かべて)新大陸からスペイン本国に帰る途中の船が現れたのだ』
アンリ『そうか!(興奮)』
信長『初めはその証言を疑った』
アンリ『無理もない!』
信長『しかし、航海日誌などから彼らが嘘を言っていないと分かった』
アンリ『彼らも混乱した事だろう』
信長『アゾレス諸島にしてはやけに大きいので、未発見の島だと興奮したそうだ』
アンリ『その様が思い浮かぶ!』
信長『それがどうして、日本だったという訳だ』
アンリ『未発見の島だった方が納得出来よう(笑)』
信長『信じられぬと繰り返していたぞ』
アンリ『当然であろう!』
信長『そのような事があって我らも認識を改めた。地球が傾いたのではないとな』
アンリ『残るは……』
信長『そうだ。船乗りの言う通りであるなら残りはただ一つ、日本が大西洋へと移動したのだと』
アンリ『にわかには信じられんが、そう信じざるを得なかった、か』
信長『世の中は時に我らの想像を越えてくる事がある』
アンリ『国を率いる上で頷ける言葉だ……』
宮中での晩餐会
珍客を見にフランス全土から貴族達が集結
元春「何やら対立しておるな」
氏郷「会場を二分するような険悪さです」
イサベル「恐らくは、カトリックとプロテスタントを信仰している貴族達の対立ですわ」
忠勝「招いた客の前で国の内情を晒すとは……」
義弘「思慮が足りぬ」
質問が集まる
カトリックの貴族『日本の方々はカトリックなのですか?』
信長『カトリックではない』
プロテスタントの貴族『(満面の笑みを浮かべて)それではカルヴァン派?(プロテスタントと同義)』
信長『それも違う』
カ貴『はて、カトリックでもユグノー(プロテスタントと同義)でもないと? ならば一体何を信じておられるのですか?』
信長『何を信じるも信じないもない』
プ貴『それはまたどのような意味です? まさか、神を信じていないとでも仰るつもりか?』
信長『政を為す者が神を信じるだと? 儂に言わせれば滑稽この上もない!』
カ・プ『(怒りを露わに)神への信仰が滑稽ですと!?』
信長『ここにいるのは貴族と聞く』
カ貴『その通りだ!』
信長『貴族はその領地において政を為す者と聞いたが?』
プ貴『まさしく!』
信長『政を為しておれば戦が起こる事もあろう?』
カ貴『当たり前だ!』
信長『自身が兵を率いるならその足で戦場を駆け、家臣に命じる場合でも敵を打ち破らせるのだろう?』
プ貴『負ければ領地も金も失いかねないのですから当然です!』
信長『戦に赴いては自ら敵を殺し、家臣に命じて敵を殺させるのが政を為す者の役目だが、そのような血にまみれた者が懺悔し、神へ祈ったからとて、天国へ行けると思う方が間違っておるのではないか?』
カ・プ『何?!』
信長『散々に人を殺し、人に命じて殺しておきながら、人を殺すなと戒める神に救って欲しいなどと、余りに都合が良すぎるだろう?』
カ・プ『何だと?!』
信長『それとも、免罪符さえ買えば人を殺しても許されると?』
カ貴『そ、それは……』
信長『それとも反省し懺悔さえすれば、何度でも人を殺して良いと聖書に書いてあるのか?』
プ貴『そうではない!』
信長『神への信仰など、慎ましく暮らす下々に許された特権に過ぎん』
カ・プ『ならば我ら貴族はどうせよと言うのか?!』
信長『人の上に立つ事を覚悟した者は地獄に行けば良いのだ』
カ・プ『地獄を何だと思っている!』
信長『地獄に落とされたとて何を悲観する?』
カ・プ『何?!』
信長『同じように地獄へ行く者は他にも大勢いよう? それらをまとめて兵とし、地獄を奪って自身の暮らしやすいように治めれば良いではないか』
カ・プ『この男は何を言っている?』
信長『地獄に落ちるのが嫌で神の救いに縋るのなら、貴族などさっさと辞めて頭を丸め、出家して信仰の道に入れば良いだろう?』
カ・プ『……』
信長らの会話はイサベルが訳す
元春「流石は第六天魔王を自称する男」
氏郷「お館様の地獄盗り、面白そうです」
忠勝「六道の修羅道とキリスト教の地獄を混同しておらぬか?」
義弘「彼らの信仰だと死後に復活し、最後の審判を経て天国と地獄行きが決まるのだったか」
イサベル「カトリックにおける地獄は永遠なる神との別離を意味しますが、信長様の仰りたい事は分かります」
フランス中を混乱させて出国す
イメージです。




