表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/192

第129話 お市の方

 「お市様は大層お美しいそうですね」

 「噂に違わぬ美人ですぞ。さしずめ野に咲く百合の花、ですな」


 輝元の言葉に家康が応えた。

 

 「野に咲く百合か。子持ちとはいえ、そのような女子おなごを娶った男は果報者だな」


 氏政がニヤニヤしながら勝二を見る。

 しかし、大名の会話中に口を挟む事など出来はしない。

  

 「そのお市様の娘なのですから、三姉妹も美しい娘達なのでしょうな」

 「親子揃って美人ですか!」


 三姉妹の輿入れ先は、どことなく鼻の下を伸ばしているように見える。


 「聞くところによると商いをされているとか」

 「左様。名物として我が領地でも評判になっておる」

 「大坂土産として買ってくるよう頼まれましたよ」

 「儂も同じだ」 


 諸侯がワイワイと話している。

 和気あいあいとしており、ここだけ見れば平和そうだ。


 「三姉妹を模した絵柄の包み紙が、大層可愛らしいと好評でございますね」

 「何ですかそれは?」


 控え目に口を開いた顕如に宗茂が尋ねた。

 

 「何ですかと言われましても、菓子を包む紙に絵が描かれているのでございますよ」

 「菓子を包む紙に絵が? どうしてそのような無駄な事を?」

 「私に聞かれましても……」


 顕如は困ったように信長をチラッと見た。

 意を汲んで声を発す。


 「考え出した本人に聞けば良かろう! 勝二!」

 「ははっ!」


 脇に控えていた勝二を呼んだ。

 

 「全てはこの者が考え出した事だ。何なりと聞くが良い」

 「それは助かります」


 宗茂は信長に礼を述べ、勝二に向き合った。


 「尋ねても良いか?」

 「なんなりとお尋ね下さい」


 豊後の地を引き継いだ若き領主、高橋宗茂(17)。

 道雪も信頼する父紹運を後見人にして、日々の統治に当たっている。

 文武両道にして有徳の士であり、既に多くの領民から慕われていた。


 「包み紙に絵を描けば手間も費用も掛かる筈。捨てる紙に金を掛ける理由は何なのか?」


 国を治める者としての威厳を保つ為、無闇矢鱈と親し気には出来ない。


 「菓子は食べれば跡形もなくなってしまいますが、包み紙は捨てない限り手元に残り続けます。絵を見れば我が商店の事を思い出し、また食べたいと思って下さるでしょう」

 「家紋では駄目なのか?」

 「それでも構いませんが家紋はありふれております。新商品に力を入れている五代商事としては、常に新しい試みに挑戦してきたいと思っております」

 「相分かった」


 納得したようだ。


 「しかし、武家の子女である三姉妹を店に立たせていると聞いたが?」


 景勝が眉をひそめて言った。

 新しい試みも良いが、武士として守るべき分があると思う。

 確かに金は大事だが、金儲けは商人に任せておけば良い。

 武士が商人の真似事をする必要はない筈だ。


 「その辺りは難しい問題です」

 「何が難しい?」

 「いえ、私が武士なのか、それとも商人なのか、です」

 「何?」


 景勝は聞き咎めた。

 とそこに、慌てたように信長が口を出す。


 「そのような話はどうでも良い! それよりも丁度良い機会だ! 大坂の名物披露を兼ねてここに茶々らを連れて参れ!」


 使いの者を五代商事へと走らせた。

 店で販売している商品を持ってこさせる。

 隙を見計らい、信親が小声で信長に申し出た。


 「信長様、出来ればサラもお呼びして戴きたく」

 「どうした?」

 「父上に異国の者だからと反対されました」

 「そうか」


 その顔は苦渋に満ちていた。

 長旅を共にした者の苦難に信長は決断する。


 「あの娘共も呼べ!」




 「あのぅ、信長様」

 「何だ?」


 三姉妹が来るまでの間、席を外した信長に勝二が尋ねる。


 「武家の娘はそのようなものだと理解しておりますが、信長様の妹君、つまり私の妻は織田家より縁を切られた存在だったのではありませんか?」

 「そうであったな……」


 表向きの理由付けだったので、すっかりと忘れていた信長だった。


 「今回の事は信長様の独断の筈。大丈夫なのでございますか?」

 「うむ……」


 妹のお市は気が強い。

 確かに面倒な事になりそうだった。




 「兄様は随分と勝手でございますね」

 「むむ」


 娘達と現れたお市が開口一番信長を責めた。

 隣の部屋では茶々らが日頃の接客経験を活かし、扱っている商品を諸大名に紹介しつつ、振舞っている。

 醤油の生産量が増えた結果、みたらし団子や醤油煎餅の製造が可能となり、瞬く間に人気商品となった。

 賑やかな声が響く隣室に思いを馳せつつ、お市は言った。


 「外から見れば私は母子共々織田家より追い出された身。それなのに娘の嫁ぎ先を兄様に決められる謂れはございません」

 「勘当は形だけではないか」

 「それでもです」


 兄の言い訳を許さない。

 その強情さは良く知っている。

 堪りかねたように大きな溜息をつき、尋ねた。 


 「どうすれば満足だ?」


 しかしそれには答えない。

 関係なさそうな話を始めた。


 「兄様はネーデルランドとやらに行かれるそうですね?」

 「そうだが」


 噂の広がる速さは驚く程だ。

 

 「当然、勝二様もご一緒ですわね?」

 「言葉を通訳してもらわねばならぬのでな」


 当然といえる。


 「兄様はスペイン語を覚えたと伺いましたが?」

 「一応な」


 若干得意げになって話した。

 他の者は自分程上手に話せないし、聞き取れない。 

 流石兄様ですねという賞賛を期待したが、返ってきたのは予想外の言葉だった。


 「では勝二様は必要ございませんね。勝二様はネーデルランドに行かない。それで手を打ちましょう」

 「何?!」


 それは困ると言いかけた信長に、非情な追い打ちがなされる。


 「嫌なら茶々達は嫁に出しませんよ?」

 「今更取り消せるか!」

 「ならばネーデルランドにはお一人でどうぞ」

 「くっ!」


 最早言い返す事も出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] さあ、信長窮地。 信親君は認めてもらえるのかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ