第102話 小切手
フェリペ2世はマクシミリアン1世の曾孫でした。
訂正します。
フェリペ2世の父がカール5世、その父がフェリペ1世、その父がマクシミリアン1世です。
『これが我が国の銀貨です』
勝二は日本で使われている石州丁銀を、フェリペ2世らスペイン政府代表に見せた。
本日は経済関係に横たわる諸問題について話し合っている。
フェリペらは差し出された銀貨を手に取り、しげしげと眺めた。
いくつかを見比べて違和感に気付く。
『形が不揃いな気がするが?』
丸くもなく四角でもない長細い楕円形で、その形はいびつだった。
一つ一つの大きさも一定でなく、重さも若干違う気がした。
勝二がその理由を説明する。
『我が国の銀貨に額は定められておらず、支払いの際は重さを計って決済します』
『ほう?』
それを秤量貨幣という。
金を例にすれば、99%を超える純度の24金で支払うなら100グラムであった時、純度75%の18金で支払うなら134グラムといった具合である。
一方、額が定められている物を計数貨幣と呼ぶ。
秤量貨幣の利点は、額面を保障する権威を必要としない事と、細かな加工を省けるので流通が容易な事である。
金であれば金の価値そのものを取引に使えるので、例えば川から採取した砂金のままで支払いが可能となる。
19世紀、ゴールドラッシュに沸いたカリフォルニアでは、砂金掘りはその日に採った砂金で酒を飲み、女を抱いたという。
短所としては、24金と18金といった品位を正確に見分ける技術がなければ成立しないし、質の混じった物で支払うとなると店側の計算が面倒である。
計数貨幣の利点は分かりやすさであろう。
額面通りの貨幣を用意すればよく、混乱は起きない。
短所としては貨幣への信用が必要となる点だ。
秤量貨幣は取引に使われる金の価値そのものが重要だが、計数貨幣では貨幣そのものの価値はそこまで必要とされない。
流通している貨幣に、額面通りの価値があると使用者が信頼していれば問題は起きないからである。
しかし、贋金でも出回ろうモノなら大変だ。
貨幣そのものに額面通りの価値はないので、瞬く間に貨幣価値は暴落する。
そして信頼とは、その貨幣の価値を保障している権威へ向けられたモノだ。
いい加減な政府であれば貨幣の粗製乱造に走り、その価値を信じる者はいなくなる。
『双方で使う銀貨、金貨の質を一定に定める必要があります』
『ほう?』
勝二の言葉にスペイン側は頷いた。
今のところは取引量も小規模で不都合は起きていないが、量が大きくなってくるに従って問題も発生してこよう。
今後の課題として話し合う事が決定した。
『我が国は我が国にある石見銀山から産出する銀で、国内の銀需要のおおよそを賄う事が可能です』
『ソーマか』
日本の銀をソーマと称し、マカオを通じてヨーロッパ諸国にも情報として伝わっていた。
以前は明国へ大量に輸出していたが、大西洋に移動した今、大口取引先を失った銀は国内でだぶつき気味である。
むしろ足りないのは銅貨であった。
銀を売って明国の銅銭を輸入していたくらいなのだ。
『我が国と貴国との交易では、銅貨での決済を求めます』
『成る程』
銀銭を作る事も考えたが、銅銭を銀で作ると足りなくなりそうなのだ。
チリに世界的な銅鉱脈が眠っているが、ここでそれを言う事は出来ない。
『交易に関し、海賊対策を考えました』
『何?!』
スペイン側は色めき立った。
海賊の襲撃は未だに止まない。
日本との協力体制の下、徐々に効果を出し始めているようだが、まだまだ不十分だ。
『海賊から襲われる理由、それは積荷で船足が遅いからです』
『それはそうだが……』
スペイン側は何を当たり前の事をと言いたげな顔をした。
澄ました顔で勝二は続ける。
『積荷を減らす方法の一つは我が国との交易です。我が国で重い砂糖などの荷を降ろせば、船はそれだけ軽くなります』
『それはそうだ』
当然であった。
『しかしそうなれば銀貨を積む事になり、益々海賊から狙われますぞ!』
スペイン政府の一人が意見を述べた。
砂糖を積んでいるよりも一層狙われるようになるかもしれない。
待ってましたとばかりに勝二が言う。
『小切手です!』
『小切手?』
聞いた事もない単語に政府代表団は首を傾げる。
勝二は見本を取り出して説明を始めた。
『小切手は予め金額の欄だけ空白にして発行された帳面で、支払う側が金額を記帳し、お金をもらうべき人へと渡します』
見本の用紙に金額を書き、フェリペに渡した。
『陛下はそれを持ってしかるべき場所へ行けば、そこで記帳された金額を受領出来るという訳です』
『余の出した支払い命令書のようなモノか?』
『似ておりますね』
理解が早くて助かると思った。
『つまり我が国で物を売った貴国の商人は、我が国が発行した小切手を持って悠々帰国し、我が国が貴国に設立した支払い所にその小切手を持っていけば、額面通りの金額を受け取る事が出来るという決済方法です』
『仮に金貨千枚が紙一枚になるなら、確かに船足は早くなろう』
それだけ海賊から逃げられる可能性が高くなる。
反論が上がった。
『偽物が出回るに決まっておる!』
『仰る通り、偽造対策は最も重要です。それについては色々と考えております』
『どうするのだ?』
『紙では濡れて駄目になる気がするが……』
『盗まれたら同じではないのか?』
落ち着いた様子の勝二に質問が集まる。
『まずは複製の難しい精巧な用紙を準備する事です』
『精巧な、とは、どのような?』
『では、我が国の紙をご覧下さい』
勝二は特別に作った和紙をフェリペらに見せた。
『厚いな!』
『なのにすべすべしている!』
その違いに彼らは驚いた。
『貴国が発行する小切手は貴国でしか作れない紙で、我が国が発行する小切手は我が国でしか作れない紙で製作すれば、ある程度は複製を防げましょう』
『成る程!』
妥当性があるように感じた。
『水に濡れる対策は?』
『油紙に包み、密閉容器に入れて保管します』
封筒に入れて油紙で包み、水が侵入しにくい容器を用意した。
『盗難はどうする?』
『事前に登録した商人しか、支払い所に小切手を持って行けないようにし、誰に発行したか名前を記入すれば盗難を防げる筈です』
『確かに』
そのような調子で話し合いは続いた。
後日、勝二にとっての悲報が届く。
『舞踏会への招待状をお持ちしました』
『やはりあるのですか……』
最も苦手とするモノへの誘いであった。
ガバガバですが・・・




