3 砂漠の蝙蝠 ③ 利便性は魔力に比例する
わたしの首を狩る、二つの影が迫る·――――――――いや、先輩と狂人なんだけどさ。なんで二人が乗り込んでいるのよ。ヘレナと眼鏡エルフから、美声君を使って連絡が届いたけど、泣いていたよ。
「この目で見てみないことには、議論のしようがないではないか」
「首を狩るのは我輩ねィ」
もっともらしい事をを言ってるけどさ、屁理屈ですよね先輩。あとバステトは街に連れて来ないで、農園に置いてくるべきだったわね。どっちが忍び込む事を提案したのかは知らないけれど、案外仲良くやってるようで良かったわ。
「バステト、貴女ついてきた以上はわたしの首を狩ろうとするのは禁止。それと先輩の事をしっかり守るのよ」
「首をくれないのねィ」
がっくり項垂れる狂人。何をしに来たのよ、まったく。
「ノヴェル、馭者の操作を替わって。二人の分の日除けを作ってくるわ」
わたしは錬金術部屋が入っている、ノヴェルの魔本を設置する。本を開くと入り口が飛び出すように浮かぶ。
「本当にこれは便利よね」
背表紙には名称が記されていて魔本に鍵をかけたり、使用者の制限もかけられる。魔本自体に魔力が込められていて、炎や湿気や虫食いにも対策が施されていた。
魔法収納ではあるけれど、自分で運び入れる必要があるのは以前と同じだ。魔本を作るには魔力が凄く必要になる。そのかわり一度作ってしまえば魔力消費は、本人確認や保護魔法のみで済む。魔本の形をした魔道具というのが正解ね。もっと言うのなら一頁の魔法用紙なのよね。
このノヴェル製魔本の利点は、違う頁を開くと別の用途を組み込める事だと思う。わたしの魔本には、錬金術部屋に素材と人形保管庫に食糧庫とお風呂場が入っている。
先輩は衣装部屋に寝室にわたしの作った先輩人形の部屋があるし、ノヴェルは図書室と製本室に寝室だ。フレミールや、バステトは武器庫と食糧庫が混ざっただけのものだ。
必要に応じて増やせるけど、何を加えるかは各自に任せている。寝室は、大体各自の魔本に入っているけれど、旅先では、共用の頁の部屋を使うようにしていた。それぞれ出すの面倒だもの。
「次に魔女さんに会ったら、魔法で魔本を出せないか聞いてみないとね」
出来れば、任意で使用中に本を隠蔽出来るようにしたい。ヤムゥリ王女様に嵌められた時のように、何らかの理由で孤立した時にあると便利だし、生存確率が違うものね。生体に組み替えて、召喚式に変えればいいのかしら。もう少し研究しないと難しいわね。
日除けが出来たので、気配遮断と迷彩を付与する。これで遠目からなら目立たつに動ける。アルヴァルと馬車にも、いまは日除けを掛けている。馬の足音は蹄鉄に消音効果をつけて消しているけれど、砂地だと足跡だけは残るのが難点ね。
「浮揚させて引く事は出来ないのかね」
「それならはじめから自走式にするわよ」
結局の所は魔力の問題になる。いまは反重力を利用しているけれど、風に乗る船とかなら魔力なしでも自走出来るかしら。考えておきましょう。
魔本や浮揚式について、いろいろと考え事をしていると、シンマ王国領の街へついた。街が慌ただしいのは自国の王都の陥落を聞いているせいだろう。
フレミールとノヴェルを馬車に残し、先輩と不本意ながら狂人を連れて街で情報収集にあたる。街の混乱は王都方面から逃げてきた人々の大量流入のせいだろう。見慣れないわたしたちのような旅人がいても、不審に思われる事はなかった。
「シンマの王都から一番離れた街でこれだと、結構な数が襲撃しに来たかもしれないわね」
王都から逃げ出してここまで来たものと、王都から来た人々を見て、途中の領土からやって来た人々が混じり酷い喧騒になっていた。
「先の戦禍の時、我々の国は自発的に動いたから混乱は少なかったのだろうな」
先輩がもっともらしく分析している。あの時は魔物の大暴走が先にあって、いっそ街を放棄してまとまろうって話しが通り、統率しやすかったのよね。
シンマの現状は逆だとわたしは思ってる。戦禍で被害を受けたのは、実際は地方ばかりで戦争を仕掛けた王家、つまり王都近辺は兵を失った程度だったからだ。
「不満が溜まっていたところに先輩の仕掛けもあった後の、この体たらくだものね」
そこかしこで揉めている内容は助けた助けないの罵りあいで、元の住人や街の商人が逃げてきた人々への支援を拒んでいた姿だった。
「防壁を先に作っておいて正解でしたね。この殺気だった難民が元王家のヤムゥリ王女様をあてにして雪崩れ込んで来たら、ロブルタがまた荒らされていたでしょうから」
難民がどうなろうと、ロブルタ側には知った事ではないのが本音だよね。散々彼らに荒らされたわけだから。わたし達は馬車へ戻るとすぐに行動に移す。
「先輩、一旦海辺の街へ行きましょう。この連中がやって来ると、絶対に荒らされます」
「うむ、そんな気配があるな。ノヴェル、キミには海辺の街へ着いたらロムゥリのように外壁を築いてもらう。いまのうちに休んでおきたまえ」
偵察なのか、数匹の蝙蝠が空を飛んでいるのが見えた。吸血鬼達が王都から、シンマ各地に侵略の手を伸ばそうとしているのかもしれないわね。




