第20話:誰がしょうじょを唆したのか
――真下明日子ちゃんの事をさらに調べたんスけど、どうも彼女のお母さんは、一ヶ月以上前に心臓発作で亡くなっているみたいっス。
先ほどの弟子の報告を、田井中は思い返す。
――けど彼女が住んでいる場所の近所の方に訊いてみると、お母さんは死亡する前まで普通に元気だったそうっス。俺、この辺が引っかかって、師匠が送った映像をさらに詳しく調べて……その半年前に、彼女の隣にいる……真下護さんが彼女のお母さんと再婚していた事実を突き止めたんスけど、どうもその顔をどこかで見た事があるような気がして、IGAの犯罪者アーカイブで調べたら、驚いた事にその真下護ってヤツ、後妻業の女ならぬ後夫業の男かもしれないヤツだったんスよ!!
後妻業の女とは、先が短い男と結婚し、夫の死後、妻としてその遺産を受け取るのを目的とする女の事だ。場合によっては男を殺す事もあるので……警察としては注意すべき存在の一つだ。
対して後夫業の男とは、最近肘川市で生まれた言葉である。
女性に近づき結婚をして、妻の死後に夫として、その遺産を受け取るという……まさに後妻業の女とは反対の存在を指す言葉である。
(なるほど。真下護と会った時の既視感の正体はそれか)
おそらく前に、アーカイブで確認した事があるのだろう。
田井中は自分の中にあった既視感の正体をようやく知る事ができて安堵した。
(もしかすると、この子の母親の心臓発作は……コイツの仕業かもしれないな)
明日子と、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンによって空中で縛られている護を交互に見ながら、田井中は思う。
(西条から昔、聞いた事があるが……注射器で心臓に気泡を入れる事で心臓発作を引き起こせるくらいだ。コイツも同じような事をした可能性はゼロじゃない)
「正当防衛とかで、逃げられると思うなよ」
そして、だからこそ田井中は。伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンという超常の存在を前にしてビビっている護の耳元で、彼にだけ聞こえる声で呟いた。
「無力化するだけじゃなく、そのまま殺そうとしたんだ。それにその前後のお前の声も大体聞いてるから、殺意があったのは丸わかりだ。下手な言い訳はしない方がいい。あと、お前をブタ箱にぶち込んだら……殺人未遂だけじゃなく、お前の余罪も全部暴いて報いを受けさせてやるから覚悟しろッ」
「ヒィッ!?」
伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンという超常存在も前にしているために、護は完全にビビり、そのまま戦意喪失してしまった。
「それじゃあ、明日子ちゃん」
それを見て安心した田井中は、改めて、事件の全容を知るべく……護に返り討ちにされかけた明日子と向き合った。
「全て、教えてくれるかい?」
たとえ彼女が、殺人未遂の罪に問われる事になったとしても。
すると明日子は、殺そうとした存在が、田井中の言葉により完全に無力化された事で安心し、緊張が解けたのか。徐々に目元に涙を滲ませ……田井中の胸の中で、大声を上げて泣いた。
※
「…………もしも、明日子さんが言った事が事実だとしたら」
伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは護を拘束しながら、全てを……両親への想いまで、自供し、泣き疲れて眠ってしまった明日子をおんぶする田井中と共に河濤村を目指していた。ちなみに江島達に関しては、先に戻っているように言ってあるので近くにいない。
というか江島のようなキャラがいれば、もしかすると……明日子が心を閉ざしてしまうかもしれないので、戻しておいて正解だった。
そんな中で、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは、明日子が語った事実を未だに信じられず、険しい顔で田井中に言った。
「この河濤村は……確実に閉鎖ですね」
「ああ。だが……罪を犯しているとあっちゃ、IGAとしては放っておけねぇよ」
そして田井中は、片腕で明日子を支えながら、コッソリートを起動する。
連絡先は決まっている。宇宙怪盗が宇宙警察に引き渡され、少しずつだが本来の業務ができるようになってきているIGA肘川支部の参課課長こと、梅にだ。
『おお、田井中。フッ、お前の事だから現地ですぐに原因が分かったと思うが……一応聞きたいか? 検査の結果を(倒置法』
「いや、それよりも梅ちゃん」
田井中は眉間に皺を寄せつつ言った。
「真下明日子ちゃんが今まで使った、ネットの掲示板の記録を調べてくれ。もしかすると今回の事件の裏にある事実の証拠は……悔しいが、ネット上にしかないかもしれん」
※
彼は心の中で焦っていた。
大自然を凶器にした計画なので……絶対にバレる事はない。
たとえバレたとしても、決定的な証拠がないため、必ず状況的に事故として処理される……そう思っても、心のどこかでは焦りが止まらない。
そもそもこの計画を考える中で、探偵や、異星人のようなイレギュラーな存在は想定していなかったのだ。
というかまさか、殺すべき男が……二階に監禁されていたために、死ななかっただけでなく、その男と入れ替わった窃盗犯が、生命力が強いために生き残るとは。そして、その窃盗犯を追いかけてやってきた探偵が、窃盗犯が倒れた原因を細かく調査しようとするとは……さすがの男も思わない。
(面倒臭い事態にならなければいいが)
男は面倒臭い事が嫌いだった。
だけど男は、不幸にも、借金を背負っていた。
そして男にとって、それを返済し続けるのは耐えがたい苦痛だった。
――どうせならば一括で返しきりたい。
だがそのためには多くの金がいる。
だからこそ、河濤村の秘密に関する古文書を、押し入れの中から偶然見つけた時に思いついた……今回の計画を実行した。
しかし堂々巡りになるのだが、イレギュラーな事態が起こったせいで面倒臭い事になりかねない……そう思った時だった。
携帯電話にメールの受信があった。男はすぐにそれを開く。するとそこには、殺害対象がうつ伏せになって倒れている写真と共に『指定した秘密口座に礼金を振り込んでおいた』というメッセージがあった。
すぐに男は、その秘密口座を確認した。
メッセージ通り、そこには多額の振り込みがあった。
男は思わずニヤけた。
これで借金を一括で返せる。
そして改めてグータラな生活を送れる……そう思った、次の瞬間だった。
「動くな」
窓から部屋に、田井中が土足で入ってきた。
「永登、お前を殺人教唆と殺人幇助の疑いで逮捕する」




