第19話:何故にしょうじょが狙われるのか
お父さんもお母さんも、最初は優しい人でした。
叱る時は時々あったけど、それでも基本的には優しい人でした。
だけど私に、計算の才能がある事を知ってから……最初に、お父さんがおかしくなりました。
私をTVに散々売り出して。
私が高評価を受けると……その時に貰ったギャラに、笑みを向けるようになりました。私には、一切笑みを向けてくれなくなりました。
お母さんはお母さんで、おかしくなっていきました。
私とお父さんが、TVの仕事で忙しい時……いつもお母さんが家で留守番だったのが、今思えばその原因だったのかもしれません。
お母さんは普通の日常を望んでいた普通の主婦でした。
しかしお金にお父さんを取られて、そのお父さんに私を取られて……そして家にかかってくる、私の成功に嫉妬した人達による、誹謗中傷の電話などのせいで……お母さんはノイローゼになり、自分の部屋に引き籠るようになりました。
私はそんなお母さんの心配をするけれど、お父さんは許してくれません。
相変わらず私をTVに売り込み続けて……ある日、お父さんは、私へと誹謗中傷を言う人達の一人によって、路上で刺し殺されました。
私を庇っての、死でした。
私に商品価値があるから庇ってくれたのか。
それとも親として庇ってくれたのか……それはもう、分からないけれど。最後に見たお父さんの顔は、穏やかな顔でした。
そして、お父さんが殺された事で。私が、お父さんから解放された事で……お母さんは外に出てくれるようになりましたが……それでもおかしいままでした。
誹謗中傷や、嫌がらせから逃げるため、私の事をあまり知らない人達がいる場所に。知っていてもすぐに別の話題に埋め尽くされる場所に。統計学的に見て、常になぜか、異常なほど多くの事件が起こっているらしい、千葉県肘川市に引っ越したにも拘わらずです。
そして、ある日。
私が、顔を多少変えてまで自分の正体、さらには本当の実力を隠して通っていた学校から帰ってきた時……私の家に、知らない男の人がいました。
ようやく元に戻り始めたお母さんが、最近始めたパート先で出会った……男の人でした。
そしてお母さんが言うには、どうやらその人との再婚を考えているようでした。
私は、お母さんが普通の家族としての生活を送る事を夢見ていたのを知っていたから、新しいお父さんの存在は必要だろうなと思って……うんと頷きました。
そして、二人が再婚してから半年後。
お母さんは家で、心臓発作で死にました。
※
「探偵さん、いないねぇトゥモコちゃん」
義理の娘と二人で、捜索隊の一員として田井中達を捜していた護は……明日子を嫌がる方の名前で呼んでいた。
彼が妻から聞いたところによると、どうも明日子の本当の父親の方が、巷で話題のキラキラネームに憧れていて彼女をそう名づけたそうで……今では彼がその呼び名を、第二の父親として受け継いでいるのだ。
明日子はこの呼び名が嫌いだった。
確かに、明日郎と書いてトゥモロウと読ませるようなキラキラネームが存在するので、明日子と書けばトゥモコと読めるかもしれないが、どういうワケだか彼女はキラキラネームに対し嫌悪感を抱いていた。
なぜだかは分からない。
もしや前世で何かあったのか。
しかし何にせよ、彼女はキラキラネームが。
そして、母親を殺したであろう目の前の男が死ぬほど嫌いだった。
だから彼女は、オトシマエをつけようと殺害計画を立てた。
しかしその計画は、宇宙怪盗のせいで台無しになったため、今度はもう一つ用意されていた方法を用いようとした……その時だった。
「やっと……素直になってくれたようだねぇ、トゥモコぉ」
小さい針を持った手を掴み、そのまま彼女を地面へと押し倒し……義理の父親であった男は、彼女を嘲笑いながらついに本性を現した。
「まさかお前が、俺を殺そうとしていたなんてなぁ。窃盗犯が死にかけたのを後で知って、驚いたよ。下手をすれば俺が……あの窃盗犯のように苦しんだ末に死んでいたかもしれねぇなぁ。いやぁ、俺を閉じ込めた窃盗犯には感謝しねぇとなぁ」
「ッ!!」
すぐさま彼女は、もう片方の手に針を――この辺りに生えている毒草の、即効性のある毒が塗ってある木製の針を持ち替えようとした。これで相手をひと突きさえすれば……この場を歩いている時に誤って刺したのだとして、完全犯罪を狙える。
しかしその行動を読んでいたのか、かつて義父だった男は「おおっとぉ!」と、芝居がかった声を上げながらその針を取り上げ、さらには明日子の両手首を彼女の頭上でクロスさせ、そのまま彼女の両腕を片手で押さえつけて固定した。
「針でどうしようってんだぁ? 毒でも塗ってあるのかぁ? まったく。後ろから殺気を感じたから振り返ってみれば、二段構えの殺害計画だったとはなぁ。ガキにしちゃなかなかやるじゃねぇか。さすがは天才少女ってか? だがよぉ」
そして男は、最後の仕上げとばかりに、取り上げた針を今度は少女に向けて、
「人を殺す時は、その計画を逆に利用される可能性を考えなきゃいけないぜぇ? じゃないと、こうしてお前が今度は殺され――」
しかし、その言葉は最後まで紡げない。
なぜなら次の瞬間、一発の弾丸が針を弾き飛ばしたからだ。
「ッ!? な、んだぁ!?」
まさかの事態に驚く、義父だった男。
すると間髪入れずに、今度は波打つ黒い糸……否、髪の毛がその身に巻きつき、そして空中に浮かばされて「ぎゃあああ!? な、なんじゃこりゃぁ――ッ!?」と、どこかで聞いた事があるような台詞を彼は絶叫した。
「ふぅ。間に合ったな」
「はい。それにしても、護さん……あなたがまさか、連続殺人犯だったとは思いませんでしたよ」
するとその時。混乱する護と、その彼に殺されかけたのだが、あまりにも超常現象じみた事態になったため涙目のまま困惑している明日子の、横の茂みから、田井中と伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンが現れた。
すると護は、ようやくそこで、自分に巻きついているのが伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの髪の毛だと気づき、思わず彼に向けて「ば、化け物!」と怯えた表情のまま絶叫した。
「…………確かに私は、人間ではありません」
伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは、落ち着き払った声で護へと言い返す。
「しかし私は、だからと言って……小さい子が殺されかけているというのに、それを見て見ぬフリをするようなヒトデナシではありませんよ」
たとえマスターの命令がなかろうとも。
勝手に動いてしまうくらい、譲れないモノは私にもあるんですよ。




