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第14話:本物はどこに居たのか

 別荘滞在中の湊誠人の朝は早い。

 彼はまず、太陽が(のぼ)る前に()(しょう)すると、そのままの勢いで、昇る前に朝シャン、朝食などを済ませる。


 そして今回の別荘滞在の目的のために、彼は特製のサングラスをかけ……ようとした、その時だった。


 バラバラバラバラ、とプロペラが回る音が河濤村にこだまする。

 そのけたたましい音に、誠人は激しい(いら)()ちを覚えた。まさか、こんな時にヘリがこの村を横切ろうとするとは。まさか近くで、ニュース番組で放送せにゃいかんような事件や事故でも起こったのかと。


 だが、事実はその予想とは違った。

 いや、事件や事故が起きた事は間違いない。


 違うのは、起こった場所が……河濤村である事だった。


     ※


 あのピッセさえも、標的がバッティングした時は苦戦させられた伝説の宇宙怪盗サウザンディアンフェイサーサードインパクリュパーンカーメラーダディエンドスは担架に乗せられ、ありとあらゆる拘束具でグルグル巻きにされた状態で、IGAがチャーターした救助用のヘリに乗せられ、宇宙警察が待機しているIGA肘川支部へと搬送(はんそう)されていく事になった。


 本当は宇宙警察が、直接、河濤村に来訪して、伝説の宇宙怪盗サウザンディアンフェイサーサードインパクリュパーンカーメラーダディエンドスを確保したかったらしいのだが……さすがに、宇宙船をそうポンポン世間に見せるワケにはいかないために、IGAが代行でやってきたのである。


「…………まさか、こんな結末になるとはな」


 田井中は、多くの拘束具によって拘束されている、伝説の宇宙怪盗サウザンディアンフェイサーサードインパクリュパーンカーメラーダディエンドスを見ながら、今朝、椎名から聞かされた情報を思い返していた。


 ――俺と同じで現代風で、読み方が特殊な名前の人物で、名前を真下明日(トゥモ)()って言うんスけど、どうもこの子、半月ほど前にTVで紹介された天才少女で、今では大学レヴェルの超難問さえも五分とかからずに解いちゃう天才児なんスよッ。でもってここからは余談なんスけど、TVではトゥモコとフリガナが振ってあったんスけど、本人としてはトゥモコと呼ばれるのが嫌で、アスコ読みを、知り合った人達に強要しているらしいっス。彼女の家のご近所さん達の情報によれば。


「…………そういえば、アイツの名前……椎名正義(ジャスティス)だったな」


 椎名の履歴書の、名前のふりがなの欄に、そう書かれていた事をふと思い出す。

 それを知った当時――IGA肘川支部で、履歴書を渡された時は、フザけてるのかと思ったが、局員の中に同じくキラキラネームのヤツがいたため……いつの間に日本人のネーミングセンスが変わったのかと困惑しつつも、これも時代の流れかと割りきり、田井中はいつの間にか彼の名前を気にしなくなっていた。


 そしてそれが、伝説の宇宙怪盗サウザンディアンフェイサーサードインパクリュパーンカーメラーダディエンドスの正体を知るための手がかりになるとは、さすがの田井中も思わない。


 昨日の聞き込みの際、護は明日子を、トゥモコではなくアスコと、彼女が嫌がらないように呼んでいた。宇宙警察やピッセの情報によれば、怪盗は(さわ)った相手の情報を完璧に知る接触感応能力(サイコメトリー)を持っているため、明日子に()れさえすれば、彼女の正確な名前などが一発で分かるハズだ。


 にも拘わらず、昨日は彼女の嫌がらない方の名前で呼んでいた……という事は、彼は彼女に嫌われ、自分の正体が疑われないように、()えてアスコと呼んだのか。もしくは何か他に理由があるのか。とにもかくにも、そのミスのせいで彼の変装はこうも簡単に(かん)()されたのだった。


 なぜか苦しみ、その正体を(さら)すという失態を犯さなければもっとドラマチックに盛り上がっただろうに。


『フッ、田井中。ヤツがなぜ倒れたのかは、こちらでも詳しく調べよう』

 ヘリからロープで降りてきた、なぜか防護服姿のIGA参課課長こと、峰岸梅(みねぎしうめ)は田井中に言った。


『それと、お前からの報告によれば……どうもこの村は怪しいな。もしかすると、ヤツが倒れていたのも、麻薬絡み、もしくはそれに(じゅん)ずる理由があるかもしれん。とりあえずは麻薬その他諸々(もろもろ)の検査を、お前も受けてもらうが問題ないか?』


「ああ、問題ない。というか梅ちゃん……お前一人か。他の参課局員は?」

『フッ、残念な事に……あの沙魔美先輩を抑えるためみんな駆り出されていてな。私はその中で、なんとか抜け出してきたワケだ』

「沙魔美ちゃんの方は大丈夫なのか?」

『フッ、耳には聞こえない波長の催眠音波をなんとか聞かせてぐっすり眠っている……が、まだ安心できん。とりあえずお前を始めとする宿泊客と村人全員の血液を採取した上で戻らせてもらう』


「それがいいな」

 沙魔美のスペックを分かっているが(ゆえ)に、田井中は肩を(すく)めながらそう言った。


     ※


 麻薬。

 もしくはそれに(じゅん)ずる何か。


 それが原因で、伝説の宇宙怪盗サウザンディアンフェイサーサードインパクリュパーンカーメラーダディエンドスが倒れたのだとするならば、田井中や伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサン、それ以外の宿泊客や村人も、その麻薬の中毒になっている可能性がある。


 なので梅は、一応警戒のために防護服に身を包み、彼らの血液を採取した。


 そしてその中で、田井中と伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの血液の採取は、特に早めに(おこな)われた。

 ヘリに運び込まれた伝説の宇宙怪盗サウザンディアンフェイサーサードインパクリュパーンカーメラーダディエンドスが化けていた、()()()真下護の捜索のためである。


 血液採取のための列に並んだ明日子に許可を(もら)った上で、彼らはまず真下家が利用している別荘へと向かった。

 麻薬ではなく、毒ガスが充満している可能性もあるために、一応、梅から借りた毒ガス検知機『ガスワカール』を持った上で中に入る。


 本当は梅と同じように防護服を着込まなければいけないだろうが、それらは別件で使われているらしく無理だった。さすがは肘川市か。


 河濤村の別荘は、どれも二階建ての木造建築だ。

 一階には台所、風呂場、トイレ、洗濯機のある部屋、そして大広間があり、二階には利用者用の寝室がある。


 台所、風呂場、トイレ、洗濯機のある部屋、大広間をまず捜索する。

 家具を移動させるだけでなく、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの髪の毛を使って、隠し扉の有無まで徹底的に調べる。


 しかしどこにも、本物の真下護はいなかった。


 今度は二階を調べる。

 さすがに明日子の部屋は最後に調べる事にし、先に護の部屋へと入り、それぞれが可能な捜索手段で徹底的に調べて――。











 ――下着だけにされ、(さる)(ぐつわ)を嚙まされ、縄で縛られた状態の本物の真下護が押し入れで見つかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] まさか名前が伏線だったとは! お見事です!
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