第12話:覗き魔はなにを見たのか
聞き込みの時、自宅を留守にしていた戸泉をようやく捕まえた田井中と伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは、近くの別荘に彼を連行した。伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンが借りている別荘にして、田井中も今晩は泊まる事になる別荘だ。
「で、アンタ……奥さんに聞いたところによれば、女好きだってね?」
残念ながら、村と別荘に電話がないために、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンが戸泉を見張っている間に……偽者か否かの判別ができるよう、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの髪の毛を手に巻いた状態の田井中が直接、戸泉の家に出向き……彼の妻へと夫を少しの間だけお借りする事を伝えてから、田井中は戸泉へと改めて問いかけた。
自分達を観察していたのならば、おそらく、自分達が法の番人側の人間であると分かっていると判断し、自己紹介などの余計な手間を省いた上で。
「アンタが、川で遊んでいた学生グループを覗いていたって証言があるんだが?」
「フン、た、ただの子供の戯言だろうッ」
髪の毛で縛られている中で、戸泉はシラを切った。
だが間抜けな事に、その時点でもう自滅している。
「なんで証言者が子供だって知ってる?」
「うぐっ!?」
「俺は子供が証言者だって一度も言っていないんだが……あぁそうか。その現場を見た子供とうっかり目が合ってしまったのか。という事は、隠れてコソコソと……学生グループの水着だけでなく、その子供の水着も見ていたって事だな」
「ッ!? はぁ!? ちょっと待て、俺はロリの水着に興味はないぞ!?」
話がだんだん、思った以上に怪しげな方向へと傾いていく。
戸泉を毛髪で縛りつつ、二人の会話を聞いていた伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは苦笑した。
(田井中さんはもしかして……マスターがいつ、堕理雄さん達の包囲網を突破して伝説の宇宙怪盗を殺しに行くか分からないから、勝負をかけているのでしょうか)
事情を知っているが故に、迂闊に田井中に指摘できない。
多少強引にでも事態を動かさねば、余計な死者が出てしまうとなれば、なおさらだ。
「学生グループの水着を覗いていた、ってだけで犯罪だっていうのに、子供の方もか……世間にこの事件が知れ渡ったら、警察に捕まったお前はともかく、残された奥さんはいったいどんな風評被害を……いや、この別荘地自体もヤバい事になると俺は思うな」
「ッ!? た、頼む!! 俺を捕まえてもいいからこの事は世間には――」
「――だったら司法取引といくか、戸泉さん」
さすがに自分の妻や村への思いはあった戸泉の顎を、右手で、顔の形が歪むほど強く掴みながら田井中は要求する。
「…………俺達がアンタの覗きを世間にバラさない条件は二つ。一つは、もう二度と利用客の迷惑になる事、そして覗きなどの犯罪行為をしない事。そして二つ目、俺達はこの村に入り込んだ窃盗犯を捜している。変装が得意なヤツだ。それらしき人物がいたかどうか……それを知りたい」
※
「結局、決め手となる情報はありませんでしたねぇ」
ひと通り話を聞いて、戸泉を家に帰した後の事。
伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは夕食の準備を始めつつ、田井中に言った。
「村人達は、いつも通り。別荘地の客に関しても、学生グループと真下家には変な行動をする人はいなかった。しいて言えば、明日子さんが父親に怯えていた様子であったくらい。湊さんはずっと別荘に籠っていたから不明。教授達は、森の方へと出かけたからこちらも不明。もしもまた聞き取りなどをするとしたら……真中家と湊さんでしょうか」
「ああ、そうだな」
田井中は現状報告のためか、コッソリートを操作しながら言った。
「だが、もう一つ分かった事がある」
「え、何か他にありましたっけ?」
いくら思い返しても、新たに判明した情報らしきモノは、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの記憶の中にはない。
「戸泉が、伝説の宇宙怪盗サウザンディアンフェイサーサードインパクリュパーンカーメラーダディエンドスじゃないって事だ」
「へっ?」
伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは、あまりに意外な意見であったため間の抜けた声を出した。
「一番怪しいじゃないですか、彼」
「確かに怪しい。だが、動揺させたところで顔を強く掴んではみたが……あれ以上変わる事はなかった。変身能力者は大抵の場合、動揺させれば顔が変化する。能力を維持するのには集中力がいるからな。普通にマスクを被って変装していたにしても……触れば分かる。だからヤツは少なくとも、伝説の宇宙怪盗サウザンディアンフェイサーサードインパクリュパーンカーメラーダディエンドスじゃない」
それは田井中に、特殊能力者との戦闘経験があったからこそ出せた結論だった。
「ああ、なるほど」
そして、そんな田井中の意見だからこそ、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは納得できた。
「特殊能力というのは、集中しないと失敗するモノですからね。私も髪の毛を操る時は結構集中しますし、動揺させられると失敗もあります」
「そういう事だ」
そうして話を切り上げると、田井中はコッソリートを懐にしまい、代わりに携帯食料を取り出し齧った。
「田井中さん、それだけで足りますか?」
確かに携帯食料にもそれなりに栄養はあるだろう。
だが、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンにしてみれば、携帯食料による食事は、ビタミン剤で誤魔化す事のようにしか見えないため、彼は首を傾げた。どうせならガッツリ食べた方が、これからの調査のためにもいいのではとふと思う。
「オジサンに食料を恵んでもらうワケにはいかないよ。滞在期間中に使う食材しかないだろう?」
「まぁそうですけど」
田井中の気遣いに、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは苦笑した。
「ですがだからと言って、お裾分けできないほどではないですよ。この森には私の好みの食材がいっぱいいますし」
「……いますし?」
田井中は嫌な予感がした。
IGA肘川支部弐課課長こと、堕理雄から聞いた情報が正しければ、確か伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの食性は――。
「はい、カブトムシのから揚げです」
――しかし、出てきたのは田井中の想像したモノではなかった。
「……ああ、なんだ。カブトムシか」
てっきり台所のG関連の料理が出てくると思っていた田井中は安堵した。
確かにGは食用になる。中国では漢方薬の原料にするらしい。いやそれ以前に、小動物にとっては、貴重なタンパク源なのだから食べられない事はないのだが……さすがの田井中も日本人としてGには抵抗があったのだ。
「種類こそ違うが、タイで同じ物を食べた事がある。非常食にも良いよな、カブトムシ」
「おや、タイですか……って非常食ですか。携帯食料といい……田井中さんらしいですね」
「らしいってなんだよ、らしいって」
田井中は苦笑しながら、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンが作ってくれた、カブトムシのから揚げへ「いただきます」と律儀に挨拶をして手を伸ばす。塩が少々足りない感じがしたが、それでもから揚げはおいしかった。
こうして、その日の夜は……何もなく淡々と過ぎていった。
次の日に、彼らの予想を裏切る展開が起こってしまうとは知らずに――。
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