第11話:学者はなにを調べるのか
学生グループが借りている別荘から、さらに南東。
その方向へ進むと、最後の聞き込み相手がいる別荘に辿り着く。
田井中達は少々、サトとの会話のせいでゲンナリしながらも、なんとか気を取り直してインターホンを押した。
「押忍ッッッッ!! 回覧板の件っスねッッッッ!!?」
するとそんな田井中達を、さらにゲンナリさせる相手がドアから出てきた。
見るからに体育会系の、ガッシリした体格をした青年だ。身長は、田井中達よりもデカい。玄関のドアを出入りする際に、屈まなければいけないほどだ。
そして声も、なかなかデカい。もしも大声コンテストに出場したら、肘川北高校の空手少女こと熊谷強子と良い勝負をするのではないだろうかと……彼女を知る者であれば確実にそう思うレヴェルだ。
伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは、思わず耳を塞いだ。
一方で田井中は、不快そうな顔をしたものの、銃火器の炸裂音を聞き慣れているおかげか、なんとか平静を保ちながら聞き込みを開始した。
少なくとも、サトよりは好感を持てそうだと思いながら。
「ああ、そうだ。それでいろいろと訊きたいんだが」
「押忍ッッッッ!! 今日は朝早くから、ウチの大学の教授と一緒に森を探索していたっスッッッッ!!」
「探索? 内容を訊いても?」
さすがに耳を適度に塞ぎながら、田井中は訊ねた。
失礼な行動ではあるが、さすがに連続で聞けるほど彼の耳は丈夫ではない。
しかしそんな田井中の行動を、男は不快に思わなかったのか「押忍ッッッッ!! 問題ないっスッッッッ!! でも自分よりも教授に訊いた方がいいと思うっスッッッッ!! 自分は説明が下手なのでッッッッ!!」と笑顔で答えてくれた。
大声さえなければもっと印象が良い青年なんだがなぁと、田井中達は思った。
「では教授ッッッッ!! よろしくお願いしゃすッッッッ!!」
「あぁーもぅっ!! うるさいうるさいうるさぁーーいっ!!」
青年が、今度は室内に向けて大声を発すると、中から小柄……いやそれどころか少年にも少女にも見えるほど若々しい、白衣を羽織った人物が現れた。
いや、山中で男女、しかも教授とその助手……もしくは教え子という禁断の組み合わせを、教授と呼ばれる時点で、教職員だろう目の前の人物が許すとは思えないので、おそらく男だとは思うのだが……。
「江島くん!! 君は夕食でも作っていなさい!! 君が得意な〝男飯〟とやらでいいからっ!!」
「押忍ッッッッ!! 了解でありますッッッッ!!」
教授の指示に、その教え子ではないかと思われる江島は素直に従い、別荘の奥の台所へと去っていった。
「えーと、ごめんねウチの江島が」
江島が台所へと向かったのを確認してから、教授は小声で田井中達に謝罪した。
するとその直後、江島が台所で、変な歌を歌いながら料理を始めて……彼は苦い笑みを見せた。
「元々はウチの……肘川大学の、ワンダーフォーゲルサークルにいたんだけど、山で出会う小動物に魅せられて以来、サークルを辞めて、ボクの作った山岳生物ゼミにドップリと浸かっている、変人さんなんだ」
「……というと、ここへはその、生物の調査に?」
江島がワンダーフォーゲルサークルに所属していた事を、体格からして納得しながら、田井中は訊ねる。
「うん。日本の他の地域とは違って肘川市には固有種が多いからね。研究のしがいがあるよ」
「…………確かに、そうだな」
友人であり同僚の、薬学者のアカネが、同じような事を言っていたのを思い出しながら田井中は言った。
「という事は、朝から今まで、ずっと一緒にいたと」
「うん。それで間違いないよ」
教授は即答した。
それを聞いた田井中は、顎に手を当てながら考えた。
少なくともどちらかが入れ替わられた心配はなさそうであると。現時点ならば、入れ替わられる心配が充分にあるのだが……江島が未だに【きんにくにくにくきんにくに~ん♪】と変な歌を、途切れずに歌っているところからして大丈夫だろう。
「それじゃあ、不審な人物を見たりは?」
「…………あ、そういえば」
今日の事を振り返ると、すぐに教授は思い出す。
「森の探索から戻った時……二時頃だったかな? 川の近くの茂みで、うつ伏せで寝ていた変な人を見たな」
「…………情報提供、ありがとうございました」
ひと通り訊きたい事を訊けた田井中は営業スマイルをした。
※
「そういえば、オジサンが借りてる別荘はどこだ?」
「ああ、すぐそこです。教授達の別荘の西隣のアレです」
江島達の別荘を後にしてから時計を見ると、すでに五時を回っていた。
まだ八月下旬であるため、日は沈みきっていない。けれど、そろそろ夕飯の支度をしなければいけない時間ではあった。
田井中は時間を気にしてそう言ったのだと思い、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンはそう返したのだが、田井中が真剣な表情をしつつ明後日の方向を見たために……伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは怪訝な顔をした。
「…………そうか。オジサンがいればすぐ済むな」
「?? 田井中さん? いったい何を言って――」
「――オジサン。そこから二時の方向。約二百メートル」
「ッッッッ!?」
田井中が何を考え、そして何を言っているのか。
最初はまったく理解できなかった。だがその言葉だけで、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは全てを理解した。
すぐに毛髪を伸ばし、指示された地点へと勢いよく向かわせるッッッッ。
するとすぐに「ぎゃぁ!?」と悲鳴が聞こえてきた。
そしてガサガサガサッと、悲鳴の主は草むらから無理やり上に引っ張り上げられ……ついにその姿を田井中達の前へと現した。
「な、なんじゃぁコレ!? え、髪の毛!?」
捕らえられたのは、一人の老人。
田井中や伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンと比べると、頭が寂しい……なぜか双眼鏡を手にした老人だった。
「悪いが、俺は視線に敏感でね」
そしてその老人に向け、田井中は告げる。
「ようやく会えたな、戸泉さん。学生グループを茂みから覗いていた件も含めて、いろいろ訊かせていただこうか?」
「それいけ肘大、ワンダー! フォーゲル! 富士山だぁってヘッチャラさぁ! 筋肉さえあれば、なんでも! できる! みんなも一緒に、筋肉体操! さん、はい! きんにくにくにくきんにくに~ん! きんにくにくにくきんにくに~ん! 身体の節々の痛みはぁ! 筋肉育った証拠だZE! イェイ! きょ~うも――」
「う、うるさいうるさいうるさぁーーーーいっ!」




