第四十三話:だが、ハズレだ
マクネスさんは、僕の言葉を黙って聞いていた。だが、その瞳には動揺の欠片も見えない。
周囲は静かで増援の気配などはない。だが、マクネスさんにはスレイブがいる。
その一体がいれば僕なんて瞬きする間に殺せるだろうし、仮にスレイブ抜きでも僕とマクネスさんの間には隔絶した差が存在しているだろう。
だが、それはさておき、話を続けた。
「そもそもこの荒野自体が奇跡としか言いようがないのに、その事に関してギルドが何も情報を持っていないのは不自然だ。あえて静観しているようにしか見えないし――何でもかんでも調査中で済ますのは無理もある」
広範囲に構築された魔導機械による生態系。これは、相当な規模の事業だ。
このクラスの規模の改変を幻想霊体種などの特異な力を持つ種族の協力なしにやろうとするのならば、間違いなくギルドの、探求者の目に引っかかる。そして、幻想を、伝説を、物語を存在の礎とする幻想精霊種は根本的に人の生み出した無機生命種と相性が良くない。
魔導機械の王国に街ができたのではない。逆だ。
恐らく――ここを起点に王国を作ったのだ。
事業は0を1にするのが一番難しいし、時間もかかる。《機械魔術師》は魔導機械を作れるが、無から有を作れるわけではない。
「僕に浄化を当てたあのモデルファイアフライ――君が出したんだろう? 《機械魔術師》の使う転送スキルで――エティの『機神』を壊したのも君だ」
超遠距離狙撃はともかくとして、小型の魔導機械であるモデルファイアフライが監視網に引っかからないのは、そしてそれについて何もわからないのは、明らかにおかしい。
エティの機神についても、あれを気づかれずに破壊できる者は限られている。恐らく、出立前に背中を叩いた時にいじったのだろう。
製造系スキル特化型の《機械魔術師》であるマクネスさんならば、起動後ならばともかく起動前の『機神』を壊すことなど容易いはずだ。
恐らく、あわよくば事故に見せかけてエティを消すために――。
「マクネスさん、君は完璧を求めすぎだ。よほどの馬鹿でもなければ気づく。君は――魔導機械達の力を信じていなかった。だから、全ての懸念を自分の手で潰した。こんなに面白い場所なのに他の《機械魔術師》がいないのは囲い込んだからか?」
全てが状況証拠だ。絶対的な証拠さえ残さなければいいと思っていたのかもしれないが――それは誤りである。隙がないという事自体が隙になる事もある。
僕達、高等級探求者にとって証拠なんてどうでもいい。なるべくやりたくないが、時にでっち上げる事だってある。
それが――目的を達するためならば。
まぁ、今回の場合はギルドに所属するという『戦闘のできない《機械魔術師》』とやらを調べれば、証拠も見つかるだろうが――。
「手段は、『アマリスの壺』――薬屋に売っていた惚れ薬――『比翼の血』かな? あれは毒じゃない、《機械魔術師》の探査スキルには引っかからないだろう。アレンさんもよく売れると言っていたし――」
《機械魔術師》を始末するのは大変だ。だが、僕達が容易くアルデバランの死骸までたどり着けたように、ピンポイントで方法を探せばやりようはある。
殺せる毒が作れないならば別の方法を使えばいいのだ。ましてや……同じ《機械魔術師》のマクネスさんならばいくらでも方法は思いつくはず。
あの映写結晶を撮影した《機械魔術師》も、本当に死んでいるのか怪しいものである。初見殺しにやられたのならばともかく――
黙り込むマクネスさんの目の前に、先日店で購入した『比翼の血』と除草剤を置く。そして、除草剤を手で弄びながら言う。
「ザブラクも気づいていたよ。気づいていて、何も言わなかった」
ザブラクのスキルは強力無比だ。マクネスさんも色々手を打ったのだろうが、彼の『植生交感』は除草剤なんかでは防げない。何しろ彼は――目に見えない程細かい花粉や枯れ木からでも情報を取れるのだ。
だが、同時に樹人は――事なかれ主義だ。知恵者である彼らはあらゆる情報が手に入るが故に、あらゆる事象に強い興味を持たない側面がある。
常に刺激に飢えている。だから、自分に危険が及ばない限り、口を噤むし、フェアを貫く。まさか逃げ出すとは思わなかったが―。
アリスの出会ったというオリジナル・ワン。魔導機械の神は実在しているのだろうが、それだけでは環境を維持するのは無理だ。人間側からの工作は確実に存在している。
魔導機械を自動生成するシステムにも限界はあるし、時に探求者のレベルに合わせての魔物のチューンナップを行う事もあっただろう。あのファイアフライが多分そうだ。浄化の力を持つ魔導機械を短時間で開発するなど、《機械魔術師》にしかできない。
そしてついでに――マクネスさんの種族、『絡繰を操る悪魔』は強い好奇心で知られる種でもある。
「終わりだよ。確かに確固たる証拠はない。だけど、状況証拠だけで十分だ。SSS等級探求者の権力を使えば、正規の手段でギルド内を捜索するのも難しくない。時間はかかるけどね」
無機生命種を使った自然環境の構築。規模が小さければ研究として認められていたかも知れないが、この規模だと、どの国の法に当てはめても間違いなく違法だ。何しろ、恐らく探求者が何百人も死んでいる。
先にこの地に来ていたのは自分達だったなんて言い訳は通用しない。人は外敵を、脅威を言い訳の余地なく排除する。本来それを主導する機関であるギルドに潜り込むのはそういう意味で英断ではあった。
生態系のコントロールは数年数十年でできるようなものではない。これまで見てきた感じでは、マクネスさんは恐らく数代目だろう。
脅しじみた僕の言葉を聞いても、マクネスさんの反応は変わらなかった。
だが、恐らく、何も考えていないわけではない。
これは――覚悟だ。
彼は悪党ではない。ただ、選んだ道が世間に認められなかったモノだというだけで。
マクネスさんの後ろに配置された戦闘特化の機械人形はぴくりともせずに待機していた。
やがて、マクネスさんがゆっくりと口を開く。
「面白い話だ。本当に、全く、SSS等級探求者というのは、興味深い。だが、フィル。わからないな――」
その人差し指が僕に向けられる。
クラス《機械魔術師》。
魔導機械を生み出し自在に操る上級魔術師。その技術樹に刻まれた力はそのほぼ全てが無機生命種に致命的な影響を与える事で知られているが、決して人間相手に効かないわけではない。
彼は魔術師だ。万能型の、魔術師。指一本で人を殺せる。
だが、僕はまだ死んでいなかった。マクネスさんが訝しげな表情で続ける。
「どうして……君の言うことが真実ならば、どうして君がこうして私の目の前に出てきたのか、わからない」
その呼吸は僅かに乱れていた。細められた双眸の奥には僅かに警戒の色がある。
「受付をすり抜け、カウンターの中に侵入してみせたのは確かに凄い。凄い、度胸で、とても――馬鹿げている」
ああ、その通りだ。僕はただの純人だ。ただの、《魔物使い》だ。
知識と経験だけではカバーできない隔絶した力の差が、僕達の間には存在する。
緊張感が、冷たい戦意が、この上なく心地よい。最高の気分だ。
「受付は警備じゃない。このギルドは私の力によって完全なセキュリティが敷かれている。まさか君は、私が君を見つけた事を偶然だと考えているわけじゃ、ないだろうな?」
当然、考えてなどいない。《機械魔術師》はあらゆる能力に秀でるが、特に諜報能力については数ある職の中でも最上位に位置づけられている。たとえ隠密系に特化した職持ちでも《機械魔術師》による特殊な監視網をくぐり抜けるのは難しい。
「いや――ギルドだけではない。自慢じゃないが、レイブンシティは私の庭だ。道路の整備も建築も電灯も水道も通信インフラも、この街の発展の全てに私は関わっている。この街の出来事で私の耳に入らない事はない。ふん……だから、君がこの夜中にギルドにやってきた事にも、すぐに気づいた」
「マクネスさんは、この街の王なんだな」
「だから、わからない。正当な方法で大々的に捜査できる君が、無防備でこのギルドの奥にまでやってきた理由が! 私は、知っている。君がここにいる事は――誰も、知らない。頼みのナイトウォーカーも、断ち切った。こちらの姿を見られる事もなく」
双眸が輝いていた。囁くようなその声は、こちらを脅しているかのようだった。
まるで内緒話でもするように、マクネスさんが身を乗り出す。僕もまた、それに倣う。
「わかっている、やせ我慢じゃない。君は、その最弱の身体で、職で、ここまでやってきた」
まるで秘密の話でもするかのように顔を突き合わせ、マクネスさんが言う。
「君の、目的は、なんだ? 君の、自信の源は、どこにある? 君の自信の源は、エトランジュ・セントラルドールか? 確かに、彼女の家から出てきた――何か吹き込んだようだな。さすがに同職の屋敷に監視は張れないが……やれやれ」
恐らく、エトランジュだ。エトランジュこそが、マクネスさんが最も警戒している相手だった。だからこそ、今回、大規模討伐にかこつけて呼んだ。その力を引き入れるないしは、殺すために。
【機蟲の陣容】で暗殺を狙ったのは、僕がいる状態で仲間に引き入れるのは不可能だと考えたからだろう。マクネスさんが深々とため息をついて言う。
「確かに、あの子は強い。単純な戦闘能力だけだったら、《機械魔術師》の中でもトップだ。探求者としての資質は偏っているが、それを補ってあまりあるだけの力がある。一対一ならば、正直私でも勝つのは難しいだろうな」
エティは強い。この地で何人もの優秀な探求者に会ったが、彼女は僕の知る探求者の中でもトップクラスの才覚だ。
油断して負傷したりもしたが、心は折れなかった。大量の仕事を押しつけられ真面目に取り組んでいたように、ただの才能にかまけたエリートでもない。
そして、それをマクネスさんは正確に理解しているようだった。
もしも仮に、最低の力しか持たない探求者が敵陣の最奥に取り残されたとして、それを救おうとするのならば、エティの助けが不可欠だろう。
――だが、ハズレだ。
「無駄だ。無駄だよ、フィル。私の知る限り、エトランジュは屋敷の中から出てきていないが――無駄だ。彼女は動けない。私が君の侵入を知って、今の状況を予想していないとでも、思ったのか? 確かに私は、手を出すのをやめた。だがそれは、不可能だったからじゃあない。『非効率』だったからだ」
その声には、自身を納得させるような響きがあった。
威嚇とは恐怖の裏返しだ。絶対の自信を持った時、人の感情は動かない。後ろに立っていた、黒き鎧に身を包んだスレイブが、初めて動き出す。
「舐めるな、SSS等級。いくら強力でも、力は割れている。エトランジュ一人を始末するのは、難しくない。手は既に、打った。私を、誰だと思っている?」
マクネスさんの体勢は変わっていなかった。だが、心の方は切り替わっている。
きっと、戦闘に入る可能性も考えていたのだろう。
性格。資質。奇しくもマクネスさんは、エティと同職でありながら、正反対だった。
思わず笑みを浮かべる。
どんな手を打ったのだろうか?
殺し屋? 魔導機械? 探求者を派遣したという事はないだろう。
いや、十中八九、派遣したのは――手駒の機械魔術師だろう。地下で飼っていた、薬で心を奪った手駒達。エティは強いが、同職複数人で囲めば劣勢を強いられるだろう。
――そして、マクネスさんは輝く瞳で宣戦布告の言葉を放った。
「機械魔術師に、戦闘用機械人形。才能は惜しいが、仲間にするのは諦めた。まったく、まったく、予想外だッ! この地に、君みたいな男が、飛ばされてくるなんてなッ! さぁ、君の知る、エトランジュは、知り合いを――小夜を殺せるか!?」




