第三十五話:のんびりやってはいられない
「やっかいな……ダンジョンなのです」
「元々、仲間を呼ぶモデルアントは嫌われ者だからな……」
エティの言葉に、ランドさんが頷く。
「【機蟲の陣容】は人気のないダンジョンだ。うちのクランも、キングアント――個体名セイリオスが定期的に外に現れるのを偶然発見し、モデルアントに興味を抱くまではこのダンジョンについてほとんど知らなかった」
作戦会議は長引いた。映写結晶で確認した【機蟲の陣容】の構造はダンジョン攻略に挑んだことのない探求者にもこの依頼の困難さを想像させるものだった。
特に今回の攻略対象は人型ではないので、【機蟲の陣容】の内部は人にとって非常に移動しづらくなっている。もしかしたら虫型種族だったら簡単に攻略できるのかもしれないが、あいにく虫型の種族は余りにも感覚が違いすぎるため、人間社会に溶け込んでいる者はほとんどいない。
さらにやっかいなのは、この映像が撮られたのが最近ではないという事だった。
【機蟲の陣容】はモデルアントが掘り進めた巣である。下級のモデルアント――ビルドアントはやろうと思えば一晩に何メートルも幅広のトンネルを掘り進められる魔導機械だ。掘った土を運ぶ手間を考えても、アルデバランの居室が今も映像と同じ場所に存在する可能性はかなり低い。
キングアントのように外に出てくるのならば迎え撃てばいいが、モデルアント達は引きこもっている。巣の内部構造の把握は必須だ。
話し合えば話し合う程、今回の大規模討伐依頼でクリアせねばならない課題の多さが明るみになってくる。
必要なのは純粋な戦闘能力ではない。安全策を取るのならば――少なくとも準備含めて半年は必要だろう。
「モデルアントは軍だ。高度な連携能力を持つ軍。チェスに準えた六種のモデルを基本として他にも幾つものモデルが確認されている。総数も――不明だ」
「キングを獲られたのにまだゲームを続けるなんてとんでもない蟻だな」
「違いない」
肩を竦める僕に、マクネスさんが呆れたようにため息をついた。
だが、なかなか完成度は高いが、やはり本物よりはマシだ。
僕がかつて戦った蟻の魔物にはもっと獰猛な悪意があった。相手の心胆寒からしめる生物故の必死さがあった。彼らはあらゆる手を使い生存の道を模索し、敵の全てを率先して排除していた。
思うに、ワードナーもアルデバランもそして他の魔導機械達も――この地の魔物は消極的過ぎる。
ランドさんが顔を顰めて言う。
「倒すだけならばまだいい。問題はどうやってこの複雑怪奇に広がる相手の陣中を進軍し、主力をその場所に送り届けるか、だ」
「ギルドで保有している監視ドローンを幾つか放ったが、【機蟲の陣容】の広さは既に認識できない域にまで達している。直線距離はともかく、斥候系職のスキル持ちが複数人いないと、とてもアルデバランまでの正しい道はわからない」
「《機械魔術師》の術にも限度があるのです。壁や床が何で構成されているかにもよりますが――広すぎます。恐らく、入り口でスキルを使っただけで内部構造を全て解き明かすのは不可能なのです」
「あ、わかったッ! フィルさん、もしかして……ここは私の持つ《探偵》の出番なのでは!?」
何もわかっていない。何もわかっていないよ……アム。
君、字面だけでその職選んだでしょ? もしかしてとか言っている時点でわかってないから!
アムの脳天気な意見に、視線が僕に集まる。咳払いを一つして、僕は自信満々に言った。
「君達の懸念はもっともだ。だけど、時間はかけない。僕に一つの心当たりがある」
モデルアント達の目的は明らかに時間稼ぎだ。何を目論んでいるのかは不明だが、僕個人の事情からしてもそんなにのんびりやってはいられない。
§
僕が出席して初めての会議を終え、皆がバラバラと帰って行く。
アムがしきりに名残惜しげな視線をこちらに向けてきたが、視線だけ合わせて頷いてやると、がっくりしたように帰っていった。
そんな奔放な子に育てた覚えはありません。
「しかし、心当たりって――何をするつもりだ、フィル」
「いきなり参謀とか言い出したと思ったら――また奇策でもあるのか?」
「……まさか、アリスに探索させるとか?」
ランドさん達が期待半分、不安半分で話しかけてくる。アリスを使うというセーラの推測はかなり僕の事をわかっているが、今回は使わない。
この地にやってきて色々調べてわかったことだが、この地のダンジョンは全て盤石だ。
【黒鉄の墓標】もダンジョンとしての構成はぬるかったが、恐らくそれは、かのダンジョンが『攻略済み』という隠れ蓑を得る事を前提に構築されていたからだろう。それだって、クリーナー達は幾つもの機能を隠し、何かあったら敵を倒せるように盤石の態勢を整えていた。
そして、【機蟲の陣容】はそれよりも少しだけ暴力的だ。
恐らく、既にアリスの能力はアルデバランに露呈している。その対策は打ってくると考えるべきで、これでは仮に力尽くで突破できたとしても余計な消耗を強いてしまう。
「……まぁ、僕の心当たりも――まだ本当にうまくいくかはわからないけど……」
「まったく、おかしな事を言うなら事前に話をしておくべきなのです。フィル、貴方は私のサポートをするのではなかったのですか?」
エティが腕をつついてくる。そう言われると……つらいな。だが、魔導機械の神が何らかの方法で街での僕の動向をキャッチできているのだとしたら、迂闊に会話もできない。僕のような探求者は秘密主義であればあるほどいいのだ。
そこで、ギルドの職員と共に帰る準備を進めていたマクネスさんが思い出したように声をかけてきた。
「そうだ、フィル。君にギルドの副マスターとしてしなければならない話があったんだ。…………報酬の話だよ」
「報酬の……話?」
大規模討伐依頼は参加者の人数も報酬額も莫大だ。通常は、国から出る報奨金を、人数と探求者等級、功績を配慮した上で配分する事になる。つまり、強力な探求者が参加すればするほど、皆が受け取る報酬が減る。等級が高いのに戦闘能力が低い僕が王国での大規模討伐依頼で出禁を食らった理由の一つでもあった。
今回、参加者の中で最も等級が高いのは僕だ。普通に考えたら報酬額の配分は僕、ランドさん、エティのスリートップになるだろう(もちろん、貢献度などの基準もあるので、僕が一番高くなるとは限らないが)。
だが、今回の僕はあくまでこちらの都合での飛び入り参加、事前にギルドに話を通していたわけでもないし、報酬を受け取るつもりはない。
「フィルが何を考えているのかは想像がつくが、そういうわけにもいくまい。SSS等級探求者を無給で働かせたと知られたらギルドの沽券に関わる」
ごもっともだ。僕の意見はあくまで探求者意見である。彼らには彼らの筋というものがある。
本来はそういう話はギルドマスターからあるべきだが、この地方を牛耳るギルドマスターは武人で、余りやる気がないらしい。
マクネスさんもなんだかんだ苦労しているようだ。
「だが、募集が終わった後、飛び入りで参加を決めた君に元々の報酬を分配し、一人頭の額が大きく減ってしまえばそれはそれで問題になる。そこで――我々はせめてもの誠意として、君が今必要であろう物を報酬として用意した。手に入れるのには非常に苦労したが……」
必要な物……? 何だろうか?
目を瞬かせる僕に、マクネスさんはしかめっ面のまま言った。
「次の『境界船』のチケットだよ。境界線を跨ぎ大陸の北に戻る唯一の現実的な方法だ。全く、大赤字だ」




