第十三話:面白みに欠けるという事でもある
セイルさん達の表情が変わる。スイッチが入ったということだろう。緊張と弛緩と上手に付き合うのは探求者にとっての必須スキルだ。
自然と笑みが溢れる。初見ダンジョンの初戦程、楽しいものはない。今回はアムの時程、不安もないし…………。
ちょっと変わったパーティではあるが、彼らは間違いなく熟達している。幾つか存在する僕がセイルさん達を選んだ理由の内の一つでもある。
「フォーメーションはいつも通りだ。私が先に行く」
セイルさんが最後の確認をする中、僕は頭の中で呼びかけた。
アリス、起きてるか?
時間は夕方。まだアリスの活動時間には些か早い。だが、頭の中にすぐにアリスの返事が響き渡る。
『はい』
いざという時は任せたぞ
『はい 何もかも滅ぼしてご覧に入れましょう』
……その何もかもにセイル達は入ってないよね?
『……セイルは入ってない』
表情が見えないのに、僕にはわかった。今、アリス、そっぽ向いた。
どうやら、最近顔を合わせていないので拗ねているようだ。長期間の単独任務はこれまでもあったのに、どうやらこれまでも我慢していたようだ。
まぁ、そうは言ってもおかしなことされると困るんだけど……大丈夫だよね?
『手が滑らないように気をつける』
よし、分かった。アリスが手を滑らせたら、僕も手を滑らせてやる。
「お兄さん、私達の後ろに隠れてて!」
「ああ」
パーティでの連携において僕のような知識だけの戦闘素人はただの邪魔だ。後ろに下がると、目を凝らし闇の先を見据える。
気配を隠す意味は恐らくない。情報によると、モデル・クリーナーの探知能力は極めて高い。ましてやここは奴らの縄張り、こちらが確認した時には既に相手もこちらを認識しているはずだ。
セイルさんが疾走する。床を蹴る音が迷宮内を反響する。それと同時に、トネールがとんと軽い音を立てて床を蹴った。
その背から薄緑色の羽が顕現する。近距離の飛行を可能とする補助魔法だ。
一小節すら呪文を唱えない完全な無詠唱。その表情にはこれから悪戯でもするかのような笑みが浮かんでいて、何の気負いもない。
「お兄さん、スイに守られてて? 死んじゃうよ?」
そこで、ようやく僕の視界に敵の姿が入り、セイルさんが最初の接敵を果たした。
モデル・クリーナーの顎とセイルの銀の刃が交差する。
暗闇の中、火花が散る。【黒鉄の墓標】の支配者である、D923四足動体モデル・クリーナーの姿がはっきりと視界に入る。
数は――少なくとも一体ではないようだな。
D923四足動体モデル・クリーナー。
その姿は一言で表現すると、短い脚が生えた蚯蚓である。
有機生命種のワームには蛇に似たタイプと蟲に似たタイプがあるが、D923四足動体モデル・クリーナーは蟲の方だ。
有機生命種に存在する魔物と異なる部分は脚があるところだろう。有機生命種のワーム系の魔物も多種多様だ。今まで色々討伐してきたが、短いとはいえ、脚があるタイプは見たことがない。
つまり、そこが――このモデル・クリーナーを生み出した創造主の独創性だ。
この地に来てしばらく経つ。倒してきた魔物の種類もそれなりに豊富だが、この地を縄張りにする魔導機械にはそれぞれモデルとする動物・魔物が存在し――そしてそのモデルに一工夫加えられている。
気味の悪い細い身体をうねらせ、魔導機械が大きく宙を舞いセイルさんを襲う。脚が短いだけあって速度はそこまででもないが、大きく開いた頭頂に存在する口腔にはずらりとメタリックな牙が生え揃っている。
セイルさんはその奇怪な動きに対して、一歩後ろに下がると同時に剣を振り下ろした。
メタリックな巨大な牙とセイルさんの剣が噛み合い、鋭い金属音が響き渡る。セイルさんとクリーナーの力は一瞬拮抗したが、すぐにセイルさんは押されるように更に一歩後退った。
一般的にエルフの筋力はそこまで高くない。それと比べて魔導機械のパワーは全体的に高めだ。
だが、優れた探求者は誰よりも自分の能力を把握しているものだ。セイルさんもそれくらい承知の上だろう。
剣が傾き、力をうまくいなす。攻撃を受け流された魔導機械が勢いのままに地面に落下する。
だが、攻撃に対処した事によりセイルさんに一瞬の隙が生じた。後ろから続いていた別のクリーナーが四脚を操り、その姿形からは想像できない俊敏な動作で地面を蹴り、横から襲いかかる。
脚の力だけではない。身体の下部から何か噴射している。それは、ギルドで確認した図鑑に記載されていなかった能力だった。
思わず目を見開く。しかし、セイルさんは想定外の動作にも全く焦っていない。
牙がその鎧に突き刺さる瞬間、横から生じた衝撃にクリーナーの身体が大きく叩きつけられた。
「ふーん、気持ち悪ッ。やっぱり僕、クリーナー嫌いだな」
風の魔法だ。風撃。『撃』系の魔術は元素魔法のスキルツリーでも最弱に位置する基本的な攻撃魔法だ。威力は低いが詠唱もいらず、連続で使用でき魔力の消費も極めて小さい。
風の羽で空中を舞いつつ、トネールが人差し指を銃口のようにセイルさんの方に向け、連続で魔法を放つ。なるほど、トネールの役割は牽制か。
元素精霊種は魔法に極めて高い適性を持っている。操る属性こそ偏っているものの、天性の魔術師を揃えたこのパーティの対応力は相当なものだろう。
トネールの打ち込んだ風撃の威力は高くない。金属製のクリーナーの装甲はとても破れないものの、その衝撃はクリーナーの攻撃の手を遮るのには十分だ。
強襲を遮られ地面に転がったクリーナーが再びセイルさんに向かって走ろうとするが、連続で放たれる風の衝撃がその動きを妨害する。
威力の高い攻撃だけが元素魔法の価値ではないという事をよく知っている。基礎がしっかり身についている。僕はもう少しだけトネールの評価を上げた。
普通のパーティは前衛を厚くするものだが、なるほどたった一人でやっていけるわけだ。
幾度も動きを潰され、焦れたクリーナーが標的をトネールに変える。宙を舞っているトネールに対して、その顎が向き、その顎の奥から何か液体が射出される。
特殊な酸を射出する攻撃は図鑑に記載されているものだ。この分だと、身体の下からジェット噴射のように飛ばしていたのも酸だろう。
高度なセンサーを備えているのか、正確にトネールを捉えていたその攻撃はしかし、途中で突如トネールの前に生成された水の壁で遮られた。
飛ばされた酸を吸収した水の壁が、無数の矢に形状を変え、攻撃直後で固まっているクリーナーに襲いかかる。
矢がクリーナーの装甲を貫き、蜂の巣にする。
「『矢』で貫けるかー、『弾』はいらないねー」
ブリュムが陽気な声で言う。
水矢。『矢』系のスキルは、元素魔法に共通で存在する下の中に位置する攻撃魔法だ。『撃』系より殺傷能力が高く、刺し貫くことに特化している。それだけ発動までの時間も長く消費魔力も高いが、複数展開できるという利便性と、視線の先を自動的に追尾するという特性から、下級から中級の探求者が好んで使う魔法だった。
だが、壁から矢への形状変化となるとわけが違う。スムーズな術の切り替えは手足のように自然を操る元素精霊種にのみ許された妙技だ。
硬い装甲に穴を開ける音が四方八方に反響し、まるで銃撃のような轟音を撒き散らす。
さすがの疲労のない無機生命種でも核を貫かれたら動き続ける事はできない。D級という十分脅威に分類されるクリーナーはわずか数秒で廃棄にされ、重力に引っ張られて床に派手にぶち撒けられた。
見事なマジックアローだ。やはり元素精霊種の魔導師は他種族の魔導師とは隔絶した力を持っているな。
ブリュムがどこか得意げに僕を見上げる。
この表情、堪らないな……凄く…………凄く、褒めて上げたい! 《魔物使い》の性が……うちの子になる?
うずく腕を押さえていると、その気分を霧散させるような冷たい声が響き渡った。
「まだ終わってない、油断し過ぎ」
声の主は――僕の護衛として近くに待機していたスイだった。顔をあげ、正面を見る。
暗闇の中、巨大な水の塊が宙に浮かんでいた。中にはモデル・クリーナーが四体程閉じ込められ、もがいている。
どうやら僕の注意がそれている間に襲いかかってきた魔導機械を捕らえてしまったらしい。
水に閉じ込める術は呼吸が必要な種族に絶大な威力を発揮する。呼吸不要の魔導機械に効果は薄いはずだが、それでも魔導機械が水の中から飛び出してくる気配はない。
ジタバタと四肢をばたつかせるクリーナーの姿はどこかコミカルで、変な笑いを誘った。
ああ、おっかないなあ。魔物の方に同情してしまいそうだよ。
僕の目には見えないが、恐らく絵の具でも流せば、水の中に発生しているモデル・クリーナーの身動きを止める水流の流れがはっきり見えたはずだ。
素人ではわからないかもしれないが、その御業は間違いなく、水の壁で攻撃を受け止めるなどとはかけ離れた難度である。
スイが手の平をクリーナーに向けたまま、詰まらなさそうに呟く。
「水重圧」
べコリ、と。重い音がして、頑強な装甲が大きく凹む。
水の中に捕らえられていた無数のクリーナーが得も知れぬ奇妙な鳴き声を上げるが、それを打ち消すように全身が押しつぶされる。
クリーナーの息の根が止まるまで時間はかからなかった。
全長二メートル以上あった機体は僅か十数秒で一メートル弱にまで圧縮されると、重要器官までダメージが達したのか、目に灯っていた光が消える。
スイは何も言わずに、魔法を解除した。クリーナーの死骸が虚しく転がり、剥離した金属片を散らす。
なるほど、このパーティで一番強いのは、彼女か。
今回の相手はそこまで強い魔導機械ではないが、一般的に攻撃に適さない水の魔法でここまでやれるとは、驚きだ。
…………見た目もマスコットみたいでとっても可愛いし、うちの子になる?
そこで、セイルさんが短く息を吐き、戦闘で篭った熱を逃がしながら剣を鞘に収めた。その様子は、整った相貌もあって英雄と呼ぶに相応しく精悍だ。
「どうだった? お兄さん」
「皆……凄いね。ここまであっさり倒せてしまうなんて予想外だよ」
手放しで褒めると、ブリュムが照れるように髪を梳いた。
セイルさん達は、思ったよりも強い。
いや――強いというよりは、うまい。優秀なリーダーによる統率された陣形はまさしく一つのパーティのお手本だ。
このランクの迷宮に挑むパーティとしては陣形が高いレベルで完成されている。
メンバーが途中で欠けさえしなければ、年月が彼らを上級のパーティに育ててくれるはずだ。
安定した高い実力の中級パーティ。
だが、それだけに、惜しい。こんな所に留まっている事実が。彼らはきっと、もっと上にいける逸材だ。
思ったよりも強いが、実際にこの眼で見た戦闘スタイルは、僕が事前にイメージしていたものとそう離れていない。
無難で安定しているということは逆に面白みに欠けるという事でもある。上に行くのに必要な挑戦心が、狂気が欠けている。その方面ではまだアムの方が上だ。
いや――この程度で留まっているからこそ、まだ生きているのか?
彼らはパーティの役割を全うした。僕も依頼人としてやるべきことをやることにしよう。
腰から分解ペンを引き抜き、地面に転がった穴だらけのモデル・クリーナーの残骸に向かう。
呼吸を整えたブリュムが目を丸くした。
「あれ? お兄さん、まさか分解するの? どうせ安いよ?」
「依頼は最奥までの護衛だろう?」
予想外だったのか、セイルさんも目を瞬かせている。
「下面からジェット噴射しただろ? あれは図鑑に乗ってない新情報だ。クリーナーも詳しく調べてみたかったんだよ。セイルさんは周囲の警戒を、スイは何かあった時のサポート、頼んだよ」
モデル・クリーナー。破壊された魔導機械の残骸を溶かし片付ける、荒野の掃除屋。
それぞれ魔導機械がモデル別で縄張りを持つ荒野――魔導機械の楽園で、数は少なめとは言え、荒野全域に生息するこの機械は明らかに異質だった。
高価な部品を持たず誰も狙わない、つまらない魔導機械。金にはならないが興味を惹かれる。
残骸を持ち帰りエティに解析を頼めば何かしらわかるかもしれない。分解ペンのスイッチを入れ、『モード切除』を発動する。
エネルギーで構成されたメスを慎重にその機体に入れようとしたその時、完全に光が消えていたクリーナーの双眸に僅かに紫電が散り――。
「!? フィル、下がっ――」
視界が激しい光に包まれた。




