第九話:日頃の行いが良いんだよ
魔術師系職、《魔物使い》。それは、契約した眷属の育成・使役に特化した特殊な魔術師だ。
実はこの世に魔力を原動力とした術を扱う魔術師は数あれど、本人の攻撃能力が皆無に等しい職というのはとても珍しい。セーラのような回復特化とされている《白魔導師》だって、光を用いた攻撃スキルを持っている。先人の足跡である職は常に必要に応じて培われているものであり、身を守るために攻撃の術を求めるのはとても自然な流れなのだ。ならば、《魔物使い》の先人たちは如何なる手段で身を守ってきたのか?
豊富な知識は身を助けるが、それだけではない。《魔物使い》は攻撃スキルを持たない代わりに、他職では持ち得ない少しだけ変わったスキルを持っている。
皆からの熱狂や注目を力にする特殊職、《偶像》の持つ好感を集めるスキルと似て非なるスキル。他種族の好む空気を身にまとう――『博愛の帳』だ。
スキルの強さはメリットでもあり、デメリットでもある。《偶像》の持つスキルは他者の精神に作用し熱狂を与えるが、大抵の探求者には効かない。スキルは強ければ強い程、異常判定されやすく、探査スキルに引っかかったり防御スキルでレジストされるのだ。
だが、《魔物使い》の持つほんの些細なスキルはその余りの強度の低さ故に大抵の職の持つ防御・探査系スキルには引っかからない。ボールを置いても転がらない、そのくらいほんの少しだけ均衡を傾ける、そういうスキルは誰にでも有効な稀有なスキルだった。
もちろん、スキルに引っかからないという事は効果が弱いという事でもある。少しでも均衡が嫌悪に傾いていたらこのスキルは通じないが、純人の持つ嫌悪値増加抑制の種族スキルと組み合わせれば初対面時にそれなりの印象を残せるのだ。
必要スキルは種族によって別れており、今回は相手が元素精霊種なので必要なのは『ピュアネスカーテン・エレメンタル』という事になるが、これまで散々理想を追い求めスキルを習得してきた僕に隙などない。
僕の説明に、右隣を歩いていたブリュムが目を丸くする。
「へぇ……お兄さん、案外悪い人なんだね。《魔物使い》なんてマイナー職、詳しく知らなかったけど、そのスキルを使ってスレイブを捕まえるんだ?」
「日頃の行いが良いんだよ、きっと。だから、皆が僕を助けてくれる」
「よく言うよ、全く」
左側を抑えるトネールが呆れたようにため息をついた。
必要なのはできて当然だと思う事だ。この世界の大半の種族は肉体ではなく魂を見る。そして、魂――精神性は一朝一夕で磨くことはできない。
一歩前に進む度に確信を深める。自身に暗示をかける。覚悟を深める。度重なる自己暗示により強固に形作られた意志はあらゆる艱難辛苦を跳ね除け前に突き進む道標となるのだ。
きっと彼らの目には僕の魂が光量の絶対量こそ少ないものの、煌々と輝いている事が見えているだろう。そう見えるように、調整した。
セイルさんはまだ少しだけ浮かない表情をしていた。顔立ちが整っていると、曇った表情すら美しい。
種族は聞いていないが、その特徴的な耳からわかる。彼は生命種よりの精霊種――エルフだろう。人間と精霊の仲立ちを担う種であり、人間社会で活動する精霊種の近くにはだいたい彼らの姿がある。一般的な美的観点で非常に美しい容姿をしていることでも知られており、色々と話題になりやすい種族だ。
だが、彼らがふわふわ自由な精霊種と他種族の間に挟まる中間管理職的な立ち位置に苦労させられている事を知っている者は余り多くない。
視線を向けると、セイルさんは深々とため息をつき、これ見よがしと肩を竦めて見せた。
「二人が気に入ってしまったんだ、仕方ない。それに、SSS等級探求者の依頼に興味もある。私達で――力になれれば、いいのだが」
僕の目論見が完全に成立している。やはり、セイルさんはいい人だ。だが、少々強引な手を使いはしたが、僕とて彼らを害そうと思っているわけではない。
「そんなに難しい事をお願いするつもりはないよ。それにスレイブはいないけど、僕も最善は尽くすつもりだ」
「……でもお兄さん、重火器持ってないし、普通の武器も持ってないじゃん。大人しく後ろに隠れていた方がいいんじゃないの?」
唇を尖らせるトネール。その目は僕の等級を全く信用していなかった。
魔導機械技術の集大成であり、命中さえすれば大ダメージを与えられる重火器類は無能でも強力な魔物を倒し得る数少ない可能性だ。それらの武具は攻撃力が個人の資質によらず固定であり、それがメリットにもデメリットにもなっている。威力はともかく命中するかどうかは装備者の実力次第なので余り素早い相手ではどうにもならないが、恐らくこの地では弱者はそれらの重火器を操る事が常識なのだろう。
故郷の王国では弱者は支援職に回るのが常だった。どちらが正しいというわけでもなく、文化の違いが興味深い。そこで、腰に付けたツールから、アリスから回収したポーションの瓶を取り出し、トネールの前で揺らして見せる。
「汎用回復ポーションを持ってる。霊体種にも生命種にも精霊種にもよく効く強力な魔法薬だ。深い自然の中でのみ手に入る希少素材を幾つも使った品だ、この地ではまず素材が手に入らない」
「!? 全種族に効くって、それってもしかして滅茶苦茶、高いやつじゃないの?」
その通りだ。構成要素の異なる種族間で有効な魔法薬というのはほとんど存在しない。一種にしか通じない薬と比較すると、同じ程度の回復力でも目が飛び出るような値段がする。
製造に上級職のスキルを必要とし、希少素材が必要で、需要も少ないとなると、存在すら知らない人もいるだろう。ぶっちゃけ、セイルさん全員を雇うよりもこの薬一本の方が高い。
「君達が負傷したら躊躇いなく使うつもりだ。そういう時のために常備してる」
「…………凄いかどうかはおいておいて、お兄さんがお金持ちなのはわかったよ」
「…………ん」
そこで、これまで沈黙を保っていた最後のメンバー、長い青髪を垂らした、表情の乏しい女の子、スイ・ニードニードがごちゃごちゃ機械のついた小銃を押し付けてきた。
そこかしこにコイルや意味不明な部品が付けられた、ずっしりとした金属の塊だ。ギルドのショップで並んでいたのをちらりと見た記憶がある。
ブリュムがくふふとどこかおかしそうに笑った。
「ふふふ……護身用の機械銃だ。小さいけど、役に立つ。私達精霊種は機械類はなんだか嫌な感じがして使いづらいけど、お兄さんなら気にしないでしょ? もちろん、依頼を受けた以上、お兄さんには指一本触れさせないつもりだけど――また別の話として、自衛くらいはしないと」
「こんなちっぽけな銃持ってたって、君達が全滅したらどうにもならないよ」
「違いないな」
セイルさんが眉を顰め、重々しい表情で頷く。どうやら彼も例に漏れず、かなりの苦労人みたいだな。
§
【黒鉄の墓標】
それが、僕が今回セイルさん達を連れて目指す場所の名前だ。
レイブンシティから南東に四百キロ程行った所に位置する迷宮であり、この近辺で認知されている迷宮の中では中級に位置づけられている。
そして、この近辺で活動する探求者には人気のないダンジョンでもあった。
周囲や迷宮内に生息する魔物はたった一種――蚯蚓を模した魔導機械、モデル・クリーナー。大地を縦横無尽に這い回り酸を吐き出し魔導機械の残骸を溶かす、この近辺の掃除屋だ。
探求者にとっては倒す旨味の少ない魔導機械である。構成する部品に高価な物がほとんどなく、地べたを這い回り襲ってくるその特性は非常に戦いづらい。唯一都合のいい点は【黒鉄の墓標】の外にはほとんど現れない点であり、もしも広く生息していたら蛇蝎のごとく嫌われていた可能性が高い。
だが、それ故にその魔導機械には調べる価値があった。
しかし、ランナーを使わないようだが、どうやって迷宮まで移動するのだろうか?
わくわくしながら待つ僕の前で、セイルさんが短く指示を出す。
「トネール、『船』を」
「はーい!」
トネールが大きく腕を広げ、空を仰ぐ。
そのまま、唄うように呪文を唱えた。その髪が魔力で巻き上がり、強い風が渦巻く。
「ロール・リー・シップス。深き空、天の海駆ける風を我が手に授け給へ。今この地に疾風の線貫きここに至高なる天の船を。『天駆ける飛の船』」
薄水色の術式光が強く発生し、何もなかった空間に形を作っていく。
数秒経ったその時には、空中には大きな長方形の箱が浮かんでいた。
使用者が限られる元素魔法の一種、『風の船』のスキルだ。
風を圧縮して船を生み出し、それを自在に走らせる移動系の術であり、難易度的には中位だが、消費魔力は上位に匹敵する。さすが、子供っぽくても元素精霊種なだけの事はある。
負担が大きいのだろう、トネールがぜいぜいと肩で息をしながら、得意げにこちらを見上げる。
「どう? 凄いでしょ!」
「ああ、さすがだね。風の船か……一度乗ってみたかったんだ」
手放しで絶賛しつつ、透明に輝くそれを触れる。硬く冷たく、硬質であり、物質でないとは思えない。
船の広さは五人が乗ってもまだ余裕があるくらいの広さがあった。宙一メートル程度の位置を浮くそれに飛び乗る。
第一の感想は『冷たい』だった。厚めの生地でできている外套を敷いてもまだひんやりとした温度が伝わってくる。
ああ……もっと暖かい格好してくればよかったな。
だが、さすが元素精霊種とでも言うべきか、スイもセイルさんも気にした様子はない。温度の感じ方が生命種とは根本的に違うのだ。
この感覚を共有できる者はこの場には居なかった。
やばい。何か嫌な予感がする。
「じゃー出発するよ?」
「ああ……頼んだよ」
セイルさんが許可を出し、風の船が静かに宙を走りだした。




