第二話:行動の結果だ
探求者には向き不向きがある。種族や本人の資質もあるが、何より持っている職により得られるスキルは探求者に区分を生み出した。
近接戦闘系の職ができることは大して変わらないが、盗賊系の職は極めて鋭敏な感覚を与えるし、魔術師系の職については――その職でなければできない事もある。そして、同じ職でも更に細かくわけられる場合も多い。
クラスとはそれまで先人が歩んできた道筋を焼き付けたもの、先駆者の歩んだ道は大抵の場合一本ではなく、基礎という幹から枝分かれし発展していく技術体系を、その見た目とそこから多数の技能を得られる事から技術樹と呼ぶ。
僕達、後進の探求者は託宣師の力により焼き付けられたスキルツリーを元に研鑽を積むことで極めて効率的に技能を取得できるが、必ずしも、焼き付けられた膨大に枝分かれした道とスキルを全て己のものにできるわけではない。
《魔物使い》は俗に言う魔術師系のクラスに区分されるが、その中でも大別すると二種類の体系が存在する。
すなわち、戦場での指揮官としての役割に特化した『使役系』か、契約したスレイブの強化に特化した『育成系』か、だ。
僕は《魔物使い》のクラスをほぼほぼ極めた結果、上級職であり悪性霊体種の取り扱いに特化した《支配使い》のクラスを得るに至った。使役も育成もそれなりにできるが、それでも得意分野はどちらかというと後者になる。
この地に於いて、僕にできることは限りなく少ない。
魔導機械について僕は素人に毛が生えた程度の知識と経験しか持っていない。
その分野に於いて最も詳しいのは、種それ自体の発祥に関わるクラス――機械魔術師だろう。
上級クラスである機械魔術師につくには深い知識と経験、知的好奇心が必要だ。職を得ているという事実それ自体が有能な証。
白夜からの依頼を十全以上に達成するのには機械魔術師の協力が必要不可欠だ。
そこまで話を聞いたソウルシスター、機械魔術師のエトランジュ・セントラルドールは深々とため息をついた。
「それで…………アポイントメントも取らず、家まで来たのですか…………行動力があるというか礼儀を知らないというか……」
以前、図書館で意気投合した時に教えて貰った住所、エトランジュ・セントラルドール――エティの屋敷は、レイブンシティの中心にあった。
機械魔術師は魔導機械を生み出し操るクラスである。その家は往々にして研究スペースを兼ねている事も多く、エティの屋敷は僕が宿泊している宿よりも遥かに大きかった。
立派な屋敷だ。巨大な魔導機械を出し入れするためか、金属製の門は高さ三メートル近くもあり、異様な威圧感がある。
この街に来たばかりだと言っていたはずだが、さすがは千金を生むと言われる機械魔術師、あやかりたいものだ。
半端に開けられた扉の隙間から見えるエティの格好は以前図書館で出会った時と同じような作業着姿だった。
研究の最中だったのか、その声色と表情からは疲労が見える。髪もぼさぼさで、寝癖までついていた。
「親しき仲には礼儀なんてないんだよ」
「フィル? 貴方のスレイブがやってきた時は、必死だったから私は用件を聞いたのです。貴方にはまだ…………『貸し』があったと思うのですが……」
エティがまるで窺うような眼差しで、言葉を選んでいるかのようにゆっくりと言う。
透明な、しかし好奇心の強そうな眼がじっとこちらを見上げ、言葉を待っていた。
なるほど…………然もありなん。どうやら彼女は僕との間に何か遠慮のようなものを感じているようだ。
普通それを感じるのは僕の方であるべきだが、どうやらエティは…………奥ゆかしいようだな。
だが、断られた程度で退いていたようでは《魔物使い》なんてできない。
「でも、君は僕の可愛いスレイブを散々ぶっ殺してくれた。僕は全く気にしていないけど」
「…………」
「賄賂――お土産もあるよ」
後ろから包装された箱を取り出し、見せる。エティは呆れたように目を見開いたが、すぐに深々とため息をついた。
「わかった、わかったのです。入れてあげるのです。招待もしてしまったし――用が済んだらすぐに帰るのですよ」
§
エティの屋敷の内部は物が多く、入り組んでいた。
魔術師は得てして景観よりも実利を重んじる。ぐにゃぐにゃと天井に走る配管や奇妙な音、配線類は見る人が見れば顔を顰める事だろう。
そこかしこには空いていない箱が放置され、どうやらまだ引っ越しの後の片付けが済んでいないようだ。
だが、金属の臭い。オイルの臭い。音に見た目、その全てが僕を高揚させる。
「素敵な家だ。僕も住みたい」
「…………フィル、貴方は変わっているのです。そんな感想を抱いた人は貴方が初めてなのです」
「ん? この家に入ったのは身内以外では僕が初めてでは?」
エティはしばらく黙っていたが、やがて小さな声で言った。
「………………その通り、なのです。レイブンシティには、引っ越してきたばかりですから……」
耳が赤くなっている。言い訳がましいその言い方が少し面白い。恐らくまだ部屋が片付いていないというのも、エティが僕を家に入れるのを気乗りしなかった理由の一つなのだろう。
案内された応接室は応接室と呼ぶには余りにも雑多だった。
あちこちに得体の知れない機械が放置され、書物が山積みにされている。唯一、応接室足らしめるのはソファとテーブルだけだ。
だがなるほど、機械魔術師らしい屋敷である。《魔物使い》はコネや外聞も使わねばやっていけないほど弱い職だが、機械魔術師は全てを押し通せるような実力を持っているし、訪れてくる人もそれを目的としている。このスタンスは正しい。
「…………寝室はどこ?」
「? 寝室なら――って、寝室が関係ありますか!?」
「いや、寝室もこんな感じなのかなって」
「!? さっさと用件に入るのです!」
いや……ただの興味本位だよ。僕だって誰にでもこんな事を言うつもりはないが――生活空間には性格が出るものだ。
それに、エティはどうやら余り人付き合いが得意な方ではないようだし、少し踏み込んだ方が仲良くなれそうである。
「ところで提案なんだけど――シャワーでも浴びてきたら? その間に僕は部屋を見せてもらうから」
「は……はぁ? なんで――」
「いや、寝癖がついてるからさ。疲れているようだし、少しリフレッシュした方がいい」
「!?」
魔術師ってのはこれだから――。
僕も暇ではないが別に喫緊というわけではないし、エティの研究室はそれはそれで興味深い。疲れた相手と接するのは気を使う。
寝癖に気づいていなかったのか、エティは頻りに髪を手の平で押さえつけると、恥ずかしそうに顔を赤らめ言った。
「…………ま……魔術師の、部屋を、勝手に見ようと?」
「それは……もっともだな。でも見張りくらいつけられるだろ?」
魔術師の研究室は秘密でいっぱいだ。セキュリティは間違いなく最高クラスである。スキルや魔導機械の類で組まれているであろうセキュリティを純人が突破できるわけがないし、ここにアリスがいたとしてもぶっ壊す以外の事はできないだろう。
そもそも、機械魔術師の研究はスキルに大きく依存している。僕が研究を見たところで有効活用できる可能性はゼロだ。スパイくらいはできるかもしれないけど……。
エティはしばらく身体を縮め居心地悪そうにしていたが、すぐになにか思いついたように目を見開き、冷ややかな目つきでこちらを見た。
「そう言えばフィル――純人には警戒心を和らげる種族スキルがあるらしいですね。その力で純人は強力な種族相手に生き延びたとか」
なるほど……どうやら僕を調べたらしい。
嫌悪値増加抑制。それが、純人の持つ数少ない種族スキルの一つの名だ。
その一見してわかる弱さ故に何者の警戒も買わないというパッシブスキルは、実は他種の持つ種族スキルと比べても珍しいスキルでもある。
僕は笑みを浮かべると、エティに一歩近づいた。身長差から見下ろす形になるが、エティは険しい表情をしつつも構えない。
これが嫌悪値増加抑制のスキルだ。スキルと呼ぶよりは種族的資質である。
僕は小さく咳払いをして、努めて穏やかな口調で言った。
「確かに、純人には警戒心を和らげる種族スキルがある。だけど、僕達が生き延びた根本的理由はそれじゃない。僕達が生き延びた理由はただの――行動の結果だ」
「行動の……結果?」
嫌悪値増加抑制のスキルは純人の弱さの結果だ。一見、強力に見えるそのスキルが生存に有効に作用する機会は実は余り多くはない。
何故ならば、嫌悪値増加抑制は嫌悪に基づく攻撃衝動は緩和できるが、それ以外の攻撃衝動は緩和できないからだ。
例えば肉食の魔物が純人と他の種族と同時に相対した場合、魔物は警戒に値する他の種族を先に襲うだろう。だが、純人がたった一人で魔物と出会った場合、魔物は警戒する素振りも見せず襲いかかってくるはずだ。
そもそも、このスキルは人の思考を捻じ曲げる程の力を持たない。攻撃すれば反撃されるし、悪口を言えば悪感情もたまる。このスキルだけで生存できる程僕達は強くない。
生き延びるのにはもう少しだけ強固な理由がいる。
「僕達は他者に対して誠実に接する。あらゆる種と友好を結び、常に良き隣人としてある。裏切られても裏切らず、話を逸らす事はあっても嘘はつかない。これが原則だ。ここまで僕が生き延びる事が出来ているのがその証明だ」
リンの母親のアネットさんだって、宿が潰れ窮地に陥る可能性を考えた上で客の安全を考え、客を追い出した。
悪気は恐らくなかったとはいえ広谷に酷い事をしたリンはあのままだったら淘汰されるはずだった。
僕達は家族の、仲間の、友のために生き、そして死ぬことを義務付けられている。
冷静に考えると、これほど《魔物使い》に向いている種はないだろう。
エティはしばらく目を瞬かせ僕の言葉を咀嚼していたが、少しだけ申し訳無さそうに言った。
「それは…………何も安心できないのです」
「……どうせ君の研究を見ても僕じゃわからないよ。何時間もシャワーを浴びるわけじゃないんだろ?」
「なるほど……それは、一理あるのです」
長々と説明したのに無駄になったな……いや、友好関係を築く上でこちらを知ってもらうのは無駄にはならない。
エティは大きく欠伸をすると、くるりと背を向けた。
「それじゃ、お言葉に甘えるのです。見て回るのは構わないですが、ちょっと危ないものもあるので無闇にいじらないように――」
手を持ち上げ、手のひらをふりふりと振るエティ。先程よりは信用して貰えたのだろうか? 少なくとも、アリスの件で生じた確執は解消できただろうか? 人間関係というのは本当に難しい。
と、そこでエティがふざけた口調で言った。
「一応言っておきますが――見て回るのはオーケーと言っても、シャワーを覗くのは駄目なのです」
「…………心配しなくても、肌を見たければ覗くなんて真似せずに一緒に入るよ」
不義はしない。僕が覗くとすればそれはスレイブの観察のためだけだ。
エティは僕の言葉にしばらく沈黙していたが、やがてため息をついて出ていった。




