第三十六話:数少ない出来ることに全力を尽くすんだ
まるで殴りつけられたかのような気分だった。
アムは忌み嫌われる種族だ。パーティに入れるだけで幸福が訪れるとまで言われる善性霊体種とは全く違う。それに、アムは力がなくて悩んでいたわけではない。
反論しようとするアムの頭を、フィルが腕を伸ばし撫でてくる。
「同じ、悩みだ。だが、アムには助けが必要だったけど、セーラのあれは怠惰のようなものだ。普通の善性霊体種ならば自ずと解決できるもので、きっと放っておいても解決出来る。彼女はマスターを求めていたが、本来なら必要ないんだよ」
「そう……ですか」
色々言いたいことはあったが、その穏やかな目に何も言えなくなる。普段のアムならば感情的に声を挙げただろう。その眼差しが、ちょっとした仕草が、アムの動きをコントロールしてくるのだ。
それは、自覚していても抗えない感覚だった。
「《魔物使い》の契約は大体マスター側の都合で決まるんだ。なぜなら、《魔物使い》に出来る育成なんて微々たるものだからさ。マネージャーみたいなものだ。僕たちは少し手助けするだけで、何事も決めるのはスレイブだ。だから、僕たちは自分の数少ない出来ることに全力を尽くすんだ」
「で、でも、セーラはスレイブじゃ、ありません」
なんとかアムが出した反論に、フィルが言う。
「だから、アムのためにやった」
駄目だ。もう勝ち目がない。何も言えなくなったアムの前で、フィルが笑う。
「アム、君に宿題だ。明日もう一度、セーラの悩みを聞く。理由も確認するから、ちゃんと答えを出せるようにしておくこと。わかったね?」
§ § §
目が覚めてまず感じたのは鈍い頭痛だった。
完全に二日酔いだ。胃もムカムカしている。だるい身体を叱咤しベッドの上で起き上がる。恐らくアムが用意してくれたのだろう、サイドテーブルの水差しから水を一杯貰うと、一息つく。
体調は最悪だが気分は悪くない。《明けの戦鎚》とのコンタクトがうまくいったからだ。
酔っぱらい少し言動がハイになっていたが、そのくらいはしょうがない。僕は機械ではないのだ。
コネの構築は探求者が迅速に成功するために不可欠なものである。
探求者にとって力というのは、戦闘能力がまあ一番使い勝手がいいものだが、それだけではない。財力も権力も戦闘能力もない現状で速さを求めるのならば多少強引でも彼らの中に存在感を残さねばならない。
この地で最高クラスの探求者、ランド・グローリーの推薦があれば、高速でのランクアップが可能になるはずだ。SS等級探求者ならば二つ下――A等級までのランクアップに口利きが出来る。
もちろん、推薦した探求者が面倒事を起こせば推薦した者の格も問われる。滅多な事ではやらないはずだが、僕たちの会話を盗み聞きまでした慎重なランドならば担ってくれるはずだった。
情報屋に依頼して調べれば僕の存在がぽんとこの町に湧いてきた事はすぐにわかるだろう。そうすれば僕が聞かせた言葉にも信憑性が出てくる。
情報屋の格によっては――純人のSSS等級探求者フィル・ガーデンの情報まで聞ける可能性もある。
今の僕には一人でも多くの仲間が必要だ。
今頃アリス達は何をやっているだろうか。アムの成長に腐心しつつも、その事を忘れた事はない。
時計を確認する。既に日は大きく回っていて思わず眉を顰めるが、最近の起床時間を考えるとまだマシだろうか。
頭の中を整理しつつ身支度を整えようとした所で、寝室の扉が大きく開いた。
「もう! ようやくお目覚めですかッ!」
「…………おはよう、アム」
入って来たのは当然、アムだった。
だが、僕が一瞬詰まったのは、表情がいつもと違ったからだ。
笑みを隠しきれていない。何か良いことでもあったのだろうか?
昨日の夜の出来事を一瞬で思い返す。酔っ払っても記憶は残っている。
確か、アムに宿題を出したのだ。セーラの悩みの理由を聞くと言ってあった。アムはあまり深く物事を考える癖がないようなので、その訓練のためだ。
アムが僕の髪型を見て、何故か自慢げに言う。
「寝癖がついてますよ」
「アムにもついてるよ」
「わッ! な、なにするんですかッ!」
アムの頭をくしゃくしゃにしてやる。軽いスキンシップは取れる時に取ってやらねばならない。
ついでに髪の艶からアムの精神状態と体調を把握する。
……悪くないな。アムの声はどこか嬉しそうだ。
「うん、ちゃんと調べたみたいだね」
「調べた……?」
「宿題。出してただろ?」
「…………フィルさんにも、わからない事があるみたいですね」
アムがどこか面白いものでも見たような目を向けてくる。
そりゃ……わからないことだらけだ。僕は知識と観察と経験から心情を読み取る技術を持っているが、的中率はいいとこ三割である。アムやリンの悩みがとてもわかりやすかっただけだ。
あからさまに訝しげな表情を作り、アムに続いて部屋を出る。
そして、僕は久しぶりに凍りついた。
「…………お邪魔してるわよ」
「じゃーん、連れてきました!」
リビングのソファに腰をおろしているのは、昨日酒場で会ったセーラその人だった。
どこか傲岸不遜な表情をしているが、その瞳の奥から緊張が見える。
『小さな歯車亭』の部屋は少人数用のものだ。僕の泊まっている部屋にもリビングと寝室を除けば一室しかない。
僕は思わず、何故か自慢げな様子のアムの髪を先程よりも盛大にくしゃくしゃにしてやった。
「!? !??? な、なに。なんですか、いきなりッ! お客さんの、前ですよッ!?」
「このッ! 主が身支度も整えていないのに、部屋に客を入れる奴がいるかッ! 反省しろッ!」
「そんな、私は――ご、ごめんなさい。ごめんなさいッ!」
調べろとは言ったが本人を連れてくるとは見上げた根性だ。
あえて放っておいたとあれほど言ったのにそんな手を取るか? これは、お仕置きが必要だな。
データを取る刑に処す。そこで、セーラが慌てたように口を挟んでくる。
「ご、ごめんなさい、私が、声をかけたのッ!」
「ちょっと待ってて、身支度整えてくるから。アム、お客さんにお茶だ、一番いい奴を出してあげて」
どちらから、なんて関係ない。アムに言いつけると、僕は寝癖を取るために浴室に駆け込んだ。




